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《黄色い鶏》亭までウィルの肩を借りて戻ったロムは不機嫌だった。ウィルとサリナに置いて行かれ、その上、サリナの母を診ていなくてはならなかったのである。ウィルたちが戻ってくるまで、ロムは気が気じゃなかった。もっとも、全身麻痺の患者が、ロムに迷惑をかけることは一つもなかったが。
サリナは薬店から買ってきた解毒薬を、早速、母親に飲ませていた。ウィルの話によれば、効果が現れてくるのは翌日くらいだと言う。ウィルは、また明日、様子を見に来ると言い、安酒で歓待されたロムを連れ、引き上げてきた。
サリナはウィルとロムに泊まっていって欲しそうだったが、狭くて余分なベッドもないのでは無理に引き止めるわけにもいかず、黙って見送ってくれた。その瞳の哀しげな翳り。それがウィルに対してのものだと知り、ロムはピーンときた。
──まあ、あの美形じゃ無理もねえけどな。
宿屋まで来ると、ウィルが自分も泊まると言いだした。この一言で、ロムの機嫌がコロッと直る。
「ならよ、オレと相部屋ってことにしようじゃねえか」
半ば強引に宿屋のオヤジを脅しつけて、ロムはベッドが二つある部屋に移り、ウィルと相部屋にした。
その夜。
ロムは大いびきを豪快にかきながら眠っていた。
そしてウィルは──ベッドに横たわっているものの、熟睡しているかどうかは分からない。旅帽子<トラベラーズ・ハット>が顔に覆われていた。
二人の眠りを妨げないように、ドアの方で微かな音がした。
部屋のカギはかけてある。なのに──
ドアの前に怪しい人影が、おもむろに立ち上がった。
どこから入ったのか。
ドアを開けて侵入してきたのではない。それは突然、現れたとしか言いようがなかった。
深夜の訪問者は、右手に鈍く光る短刀<ダガー>を握っていた。そして、ウィルへと近づく。その姿をランプの弱々しい明かりが映し出す。
ウィルは動かない。
短刀<ダガー>が振り上げられた。
──!
突然、黒い突風が起きた。寝ていたはずのウィルが凶刃を回避したのだ。短刀<ダガー>は枕とベッドを切り裂き、中身である綿が部屋中を舞った。
侵入者は振り向いた。
ウィルは部屋の入口を背にして立った。ゆっくりとした動作で、腰のベルトに挟んである短剣の柄に手を伸ばす。だが、途中で止めた。
侵入者は体ごとウィルへ突っ込んだ。
ウィルが跳ぶ。が、天井は低い。
ぶつかるすれすれにすり抜け、ウィルは再びベッドの上に着地した。
突っ込んで行った侵入者は、そのままドアにぶち当たり、派手な音を立てた。
ここに至って、ようやくロムが騒ぎに気づき、目を覚ました。
「なんだ、うるせえ」
などと、ブツブツ呟いている。薄目を開けると、ウィルと対峙する侵入者の人影が見えた。一気に目が覚める。
「てめえ、誰だ!?」
ロムが怒声を飛ばす。
侵入者はそれに構わず、再びウィルに襲いかかろうとした。
バッ!
そこへ、一枚のシーツがかぶせられたのは、次の刹那だった。もちろん、ロムの機転である。
侵入者はシーツをかぶせられ、目標を見失ったはずだった。だが、そのままウィルへと突進していく。
「ウィル、危ねえ!」
叫ぶロム。
ウィルは素早く印を結び、呪文を唱えた。右手が突き出される。
「ディノン!」
三発の光弾が放たれた。いずれも白いシーツをかぶった侵入者の胸部を貫く。と、同時にシーツが舞った。
ロムは知らないが、これは白魔法<サモン・エレメンタル>のマジック・ミサイルである。決して狙いは外さない。
舞い上がったシーツは、床に落ちると力なく潰れた。マジック・ミサイルに射抜かれた侵入者の姿は、どこにもない。
ロムは周囲を見回しながら、落ちたシーツをはねのけた。
「一体、何がどうなってやがるんだ? ひょっとして、ラカンのヤツが仕返しに来たのか?」
ベネシストとの一件は、ロムも伝え聞いていた。そう考えるのは当然かも知れない。
だが、肝心の侵入者はどこへ行ってしまったのか。相手も魔法を使えるなら別だが。
ウィルは床に視線を落とした。シーツが落ちた場所だ。そこには、人型に切り抜かれた小さな白い紙が落ちていた。ウィルがそれをつまみあげる。
「第一、どこから入って来た? ドアか? 窓からか? いやいや、鍵はオレがちゃんとかけたんだ。そんなはずはねえ。──ウィル、アンタはどう思う?」
「ドアの隙間からだろう」
「あん?」
人型をした紙には、三つの穴が開けられていた。
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