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吟遊詩人ウィル

呪縛人形

−15−

 会場にラッパの音が鳴り響いたのは、その直後だった。
 それぞれに歓談していた招待客は喋るのをやめ、会場の前方に注目した。サリナとロムもそれにならう。すると壇上に一人の男が上がった。上下よりも横に大きい中年の男だ。
 男の登場とともに巻き起こる割れんばかりの拍手。それで肥満体の正体が誰なのか察しがついた。
「皆さん、今夜はようこそお越しくださいました」
 拍手が鳴りやむのを待ってから、球体に近い男は挨拶を始めた。この男こそ、この人形屋敷の主、グスカに違いない。
「このような大勢の方々に集まっていただき、このグスカ、大変、感謝しております。どうぞ、皆さん、今宵はよく食べ、よく飲み、そして踊り明かしてください。──なお、この日のために、特別な客人を招きました。ご紹介しましょう、旅の詩人、ウィル氏であります!」
 耳障りの良い弦の音が一同を振り向かせた。
 サリナの予想と異なり、会場の中央に彼はいた。
 吟遊詩人ウィルは。
「さあ、まずは一曲、ご披露していただきましょう」
 グスカの合図で、ウィルは《銀の竪琴》を弾き始めた。テンポの速い、身体が自然に動き出しそうな曲だ。
 そのウィルの演奏によるものか、多くの招待客がそれぞれのパートナーを決め、華麗なるダンスを踊り始めた。
 広大な会場で催される舞踏会。それはサリナが見たこともない、夢の世界だった。
「なあ」
 ただ立ちつくして眺めているサリナに、ロムが声をかけてきた。スッと大きな身体を寄せてくる。
「オレたちも踊らないか?」
 意外なロムの言葉に、サリナは目を丸くした。
「そんな……私、踊りなんか……」
 町祭りの踊りとはワケが違うのだ。ステップなど踏めるわけがない。だが──
「オレもダンスなんかやったことねえよ。でも、何だか体がムズムズして来ないか? ウィルの演奏を聴いているとよ、こう、踊り出したくなるって言うか」
 ロムの言いたいことは分かった。サリナもまた、同じ気持ちだったからだ。しかし──
「でも、やっぱり私……」
「ほら」
 ロムが右手をサリナに差し出した。何の考えもなく、反射的にサリナはつかんだ。すると、ムズムズしていた体は自然に動きだし、どちらからともなくロムとペアを組んでいた。
 ダンスなど知らない──そのはずだった。それなのに身体はリズムに乗って、互いの呼吸ぴったりに踊り出す。サリナもロムも自分で驚いていた。
 これもまた夢なのか。
 二人は初めてのダンスを見事に踊った。両手をつなぎながら一旦離れ、そして身体を引き寄せる。次は横へのステップ。示し合わせたわけでもないのに、同じ方向へ足を踏み出した。五歩行ってから、元に戻り、決めのアクション。そこから二人は回転しながら、会場を移動していく。
 周囲の招待客の邪魔にもならない。二人の動きは、周囲の動きそのものだ。ペアのダンスが、会場の人の輪をも大きく動かしていた。
 見事な舞踏会だった。それは一人の吟遊詩人の演奏がもたらしたものだと、一体、何人の者たちが気がついたか。
 ただ一人、踊らずに会場を睥睨している者がいた。この舞踏会の主催者であるグスカだ。彼は肉に埋もれた細い眼を一点に向けていた。会場の中央で気品あふれる演奏を続ける美しき吟遊詩人に。
 グスカの様子は、決して招いた吟遊詩人の演奏に満足しているといったものではなかった。むしろ強張っている。奥歯がギリリと鳴り、椅子の肘掛けをつかむ指がめり込んだ。
 グスカは少し離れた位置に立っていた執事のズウに視線を投げかけた。それは何の合図だったか。ズウはうなずくと、ひっそりと会場から出ていった。
 ウィルの演奏はクライマックスに達しようとしていた。ダンスは互いの身体を振り回すかのような激しいものに変わっている。まるで子供の戯れ事だ。サリナもロムも、いつの間にか緊張感が解け、笑顔を見せていた。
 ──!
 演奏がフィニッシュした刹那、高い天井に吊り下げられていたシャンデリアが、突如、落下した。
 サリナは偶然、その瞬間を目撃していた。声を上げる間もない。それなのにシャンデリアの落下は緩慢に見えた。
 そして、その下には──
 会場中央で演奏していたウィルが、チラリと頭上に目をやった。
 そこへシャンデリアがのしかかる!
 ガシャーーーーーン!
 派手にガラスの砕ける音が次々に響き、続いて会場のあちこちから悲鳴が轟く。
「ウィルーっ!」
 サリナは悲痛な声を上げ、ウィルの方へと駆け寄ろうとした。


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