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吟遊詩人ウィル

呪縛人形

−18−

 大きな男を肩に担いでの歩行は、決して体格に恵まれたわけでもないサリナにとって重労働と言えた。百歩も歩けば、息が切れた。ヒールの高い靴のせいで爪先が痛くなってくる。サリナは途中で脱ぎ捨てて、裸足になった。もはや淑女の格好ではない。だが、そんなことを気にしてはいられなかった。ロムを安全な所まで運ぶ。それだけだ。
「手を貸そうか?」
 不意に声をかけられ、サリナは顔を上げた。その表情がまたしても固まる。
 そんなサリナの表情を見て、ラカンはニッと笑った。その後ろにはベネシストもいる。
「あなたたち……!」
「また会ったな、サリナ。どうやら舞踏会はとんでもないことになっちまったようだが」
「まさか──あなたたちが仕組んだの!?」
 サリナは気色ばんだ。
 対して、ラカンが愉快そうに笑う。
「とんでもない。オレたちがそんな大それたことをするもんか。第一、ここはあの男の屋敷だぜ」
 このドールの町の人間ならば、グスカに盾突くようなことはしない。それは暗黙の了解だ。
「じゃあ、あれは……?」
「さあな。まあ、オレたちにしてみれば、都合のいいことさ。その男、ケガしたんだろ?」
 ラカンはサリナの後ろのロムに目を向けた。
 サリナにはラカンがしようとしていることが分かった。
「ラカン、やめて。この人は大ケガをしているのよ」
 するとラカンは大仰に驚いて見せた。
「それはそれはかわいそうに! さぞ、痛かろうよ!」
「て、てめえ……」
 ロムはギロッとラカンを睨みつけたが、女の背中におぶさっていては迫力も半分だ。案の定、ラカンは余裕を崩さない。
 そんなラカンを見ながら、サリナは唇を噛んだ。
「分かったわ、ラカン。私があなたについて行けばいいんでしょ?」
「お、おい」
 サリナの決意に、背中のロムは声を上げかけた。だが、その前にサリナはロムを廊下の床に横たえる。それが自分を助けるためなのだと悟り、ロムはケガの痛みよりも自分のふがいなさに顔を歪ませた。
「ごめんなさい」
 サリナはそうロムに言い残すと、ラカンの方へと歩み出た。ラカンは思い通りに事が運び、満足そうだ。大袈裟に腕を広げて出迎える。
「それでいいんだよ、サリナ」
「ラカン。この人には手を触れないで。それが私の条件よ」
「ああ、分かっているさ。そいつには何もしない。さあ、来るんだ」
 サリナはもう一度、ロムの方を振り返ってから、ラカンに近づいた。ラカンは待ちかねたように手を伸ばし、そばへ来たサリナの腕を痛いくらいにつかむ。思わずサリナは顔をしかめた。
「初めから、オレと一緒にいれば良かったんだよ、サリナ。──ベネシスト」
 ロムは後ろに控えていた元傭兵に合図した。ベネシストが《カタナ》をすらりと抜き放つ。それを見て、サリナの顔が強張った。
「ラカン、約束が違うわ!」
 サリナの非難をラカンは鼻で笑った。
「約束? オレは何もしてねえぜ。やるのはベネシストだ」
 ベネシストはラカンとサリナの隣をすれ違い、何とか立ち上がろうともがいているロムへゆっくりと近づいていった。
「人でなし! ──ベネシスト、やめて! その人は怪我人なのよ!」
「うるせえ! このオレに歯向かうヤツは、誰であろうと許せねえ! ──ベネシスト、せめて苦しまねえようにしてやれ!」
 ラカンの言葉にベネシストは返事をしなかったが、代わりに《カタナ》を振り上げた。
「ロムさん!」
 サリナは願うように叫んだ。だが、ロムは深手を負っているせいか、動きが緩慢である。
 ビュッ!
 白刃が振り下ろされた。
 ガッ!
 間一髪、ロムは横に転がるようにして、ベネシストの攻撃を回避した。だが、それだけの動作でも体がきついらしく、顔面には脂汗がにじみ、息づかいも荒くなっている。
 それを見たラカンが口笛を吹いた。
「ハッハッハッ、しぶといな! だが、いつまで交わすことが出来る?」
 ロムは再び《カタナ》を構えなおしたベネシストを見上げた。ベネシストはじりじりと近づく。回避するタイミングを誤れば、一巻の終わりだ。
「やめて! やめなさい!」
 見かねてサリナは駆け寄ろうとした。だが、その腕はラカンにガッチリとつかまれている。
「どこへ行く、サリナ!」
「離して! そんなこと、私がさせないわ!」
 だが、所詮は女の細腕、ラカンの力に抗うことは出来なかった。
「お前はオレが可愛がってやる! そして、二度と歯向かえないよう教えてやるぜ! ──ベネシスト、後は任せたぞ」
 ラカンは抵抗を続けるサリナを引きずるようにして、その場から立ち去っていった。
 残されたのはロムとベネシスト。
「悪く思うなよ」
 今から斬ろうというのに、ベネシストはあくまでも静かに言った。
 ロムは必死に回避する術を探した。
 だが、そのような隙も与えてくれず、ベネシストの《カタナ》が再びロムを襲った。


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