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「さあ、そろそろ正体を明かしてもらおうか」
ウィルが一歩近づくだけで、その威圧感は相当なものだった。グスカの顔色が蒼白になる。
「貴様、どこまでこの町の秘密を知っているのだ?」
グスカはウィルに問うた。
美しき吟遊詩人は表情を変えず、もう一歩、踏み出した。
「さあな。だが、宿屋への刺客といい、事故に見せかけて殺そうとした今の手口といい、オレを抹殺しようとしていることは確かだろう。そんなにオレが邪魔か?」
「ああ、邪魔さ」
グスカは色を失っている様子だが、精一杯の抵抗を試みているようだった。重たい尻を引きずって、少しでも逃れようとしている。
「この町は私のモノだ。そして、町の人間たちもな。貴様のような余所者の吟遊詩人に邪魔されてたまるか」
そんなグスカに対し、ウィルはマントの下から右腕を出した。そして、その手をグスカに向ける。
「町の人たちは自由だ。何者にも束縛されることはない。解放しろ」
「拒否したら?」
「………」
ウィルは呪文の詠唱に入りかけた。
「グスカ様ーっ!」
突然、第三者の声が会場に響いた。グスカの忠実な執事ズウだ。彼はボウガンをウィルに向けていた。
「今のうちです! お逃げください!」
ズウはボウガンを発射した。ボウガンの矢が一直線にウィルへ飛ぶ。
バサッ!
命中する寸前、ウィルは左腕でマントを払った。そのマントが飛来するボウガンの矢を弾き飛ばす。神業だ。
「ディロ!」
続けてウィルの魔法攻撃。グスカに向けられていたものが、ズウに放たれた。
今度は光の弾丸がズウを射抜いた。
「ぐあああああっ!」
ズウの胸部をマジック・ミサイルが直撃した刹那、その体は一瞬にして消滅してしまったかに見えた。マジック・ミサイルの効果にしては強烈すぎる。
だが、そうではなかった。ズウの体は攻撃を受けたことにより、一枚の小さな紙切れになってしまったのだ。人型に切り抜かれた紙切れに。それは、昨夜、宿屋でウィルを襲った刺客と同じだった。
ウィルはそれについて、特別、驚いた様子はなかった。まるで最初から承知していたかのように。
ウィルは油断なく、再び攻撃目標をグスカに戻した。
だが、ズウの捨て身の援護は、グスカにほんの少しの時間を作ることが出来た。グスカは重たげな肉体を立ち上がらせると、出口の方へと走り出していたのだ。
もちろん、それを見逃すウィルではない。振り向きざま、再び魔法を唱える構えを取った。
パチン!
ウィルの詠唱よりも早く、グスカの指が鳴らされた。
すると、周囲では異変が起こり始めた。
シャンデリアの落下で累々たる屍となった招待客たちが、先程のズウ同様、その身を小さな紙切れに変えたのだ。彼らもまた、グスカがかりそめの命を与えた紙人形にすぎなかったのである。
しかし、それだけではなかった。小さな紙人形たちは舞い上がると、小鳥が群をなすようにはばたき、ウィル目がけて襲いかかってきたのだ。
ウィルは飛び退くようにして、紙人形の群を交わした。だが、一瞬、体を逸らすのが遅れ、ウィルの横顔を掠めていく。紙はときとして鋭い刃物となる。掠めた紙人形はウィルの長い黒髪を数本、散らした。
そのとき、美しき魔人の眼は鋭さに細められた。
文字通り、紙一重で攻撃を交わされた紙人形は、天井で方向転換をすると、再度、ウィルに向かって突撃してきた。
ウィルが呪文を唱える。
「ヴィド・ブライム!」
ウィルの両手が大きな火球を生んだ。ファイヤー・ボールだ。そのまま紙人形の群に向けて発射される。
ゴオオオオッ!
ウィルのファイヤー・ボールの前に、紙人形たちはあっけなく木っ端微塵にされた。火の粉が盛大に飛び散るが、それも一瞬。跡形すら残らなかった。
だが、この隙に乗じて、グスカはどこかに姿を消していた。動きが鈍そうな肥満体の割に、意外と素早い。
だが、ウィルにはグスカの逃げ道が分かっているらしかった。マントをひるがえし、何の躊躇もなく、近くの出口へと走る。それは黒いつむじ風となって会場を横切り、人形屋敷の謎の主人グスカを追跡した。
獲物にとって、これほどに恐ろしい狩人はいないであろう。追いつめられるのは時間の問題だった。
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