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吟遊詩人ウィル

呪縛人形

−22−

 ウィルは疾風のごとき速さで、人形屋敷の廊下を駆けていた。
 いずこかへ姿をくらましたグスカを追って。
 広大な人形屋敷の廊下は、どこまでも続いているように思えた。
 そのウィルの行く手に、グスカの執事であるズウが現れた。だが、ズウは舞踏会の会場で、ウィルによって倒されたのではなかったか。
 いや、そのような不可思議さは無意味だった。
 今、ウィルの行く手に現れたズウは五人。先程と同じく、手にはボウガンを所持していた。
 きっと、このズウたちもグスカが作り上げた人形に違いない。
 ウィルはスピードを緩めず、待ち受ける五人のズウへと突進していった。
 チャッ!
 一斉に、五つのボウガンがウィルへ向けられる。躊躇なく引き金が引かれた。
 バシュッ!
 命中、間違いなし。五本の矢は真っ直ぐ、美しき吟遊詩人へと飛来した。
 対するウィルは──
「バリウス!」
 疾走しながらの呪文の詠唱。たちまち、ウィルから五人のズウたちへ突風が巻き起こった。
 その風は五本の矢の軌道を逸らした。驚愕するズウたち。だが、魔法の効果はそれだけではない。
 ズババッ!
 風は見えない刃となって、ズウたちの五体を切り刻んだ。首が飛び、手首を切断され、胴を切り裂く。廊下という逃げ場のない場所で、五人のズウたちはウィルの魔法攻撃の餌食となった。
 バラバラにされたズウの肉片は、いつの間にか紙吹雪に変じ、廊下の床に舞い落ちた。その上を漆黒の魔人が駆け抜けていく。ひるがえるマントが再び紙片を舞い上がらせ、やがて戦いの痕跡は跡形もなくなった。
 一瞬にして五人の敵を屠った吟遊詩人。
 この魔人の行く手には、何者も障害になり得なかった。
 やがて、ウィルは一つの扉の前に辿り着いた。これまで廊下に並んでいた扉とは、大きさも作りも特別に見える。ここが主の部屋なのか。
 ウィルは無警戒とも思える仕種で、扉の取っ手に手をかけた。
 重そうな扉には鍵はかかっておらず、苦もなく開いた。中は薄暗い照明が灯され、カーテンが開け放たれた大きな窓からは、外の雪景色が浮かび上がるようにして見える。ウィルは静かに入室した。
「ようこそ、我がコレクション・ルームへ」
 部屋の左手奥から声がかかった。そこには、この人形屋敷の主グスカが、執務用の大きな机に、それでもはみ出しそうな体を沈めていた。その傍らには、執事のズウも控えている。自分を追いつめた敵の登場だと言うのに、グスカの態度からは余裕すら感じられた。
 ウィルは黙ったまま、グスカの方へと近づいた。分厚い絨毯が足音を吸収する。
 それを見て、執事のズウが動こうとした。すると、それをグスカが制する。
「待て。お前が敵うような相手ではない。下がっていろ」
「はっ」
 ズウは一礼すると、隣室とつながっているらしい背後の扉から静かに退出していった。
 これで、この部屋にはウィルとグスカだけが残される。
 おもむろにグスカは、ウィルが入ってきた扉側の壁に視線を向けた。
「どうだね、我がコレクションは?」
 グスカに促され、ウィルは一瞥を向けた。そこには壁一面を埋め尽くす巨大な棚が置かれていた。ガラス扉がついた、ショーケースのような棚だ。そこに様々な人形が飾られていた。
「ここに飾ってあるのは、特に私が気に入っているものばかりだ。大陸中から集めてね、どれもその価値は人形の域を超えている。芸術品と言ってもいい。しかし、何しろコレクションの数が多すぎてね。他のは、屋敷の色々なところに飾ってある」
「………」
「だが、一番の自慢の品は、この人形たちではない。そっちの窓側にあるヤツがそうだ」
 グスカの言葉に従って、ウィルは反対側の窓の方へ首を巡らせた。
 そこにはダブル・ベッドよりもひと回り大きそうなテーブルが置かれ、その上は色々な物が乗せてあり、非常に雑然として見えた。いや、薄暗がりに目が慣れてくれば、それが何なのか判然としてくる。
 ウィルも興味を持ったらしく、その大きなテーブルへと足を向けた。
 それはよく出来た町の模型だった。市場や広場、そしてバラックのような住居、果ては木々の一本一本に至るまで、よく再現してあった。その模型の上には、まるで雪のように白い粉がまんべんなく蒔かれている。そして、その町の形に見覚えがあった。
 ドールの町だ。
 グスカは喉の奥で笑うようにして、ウィルの元へやって来た。
「よく出来ているだろう? このドールの町を百分の一のサイズで再現してみた。もちろん、この町に住む人間一人一人もね」
 模型の家の中を覗くと、同サイズに作られた人形がベッドで寝ていた。この人形たちは紙ではなく、どうやら粘土のようなもので作られているらしい。皆、小さいながら精巧に出来ていた。
「私はこの模型で遊ぶのが大好きだ。この模型の上で起こる出来事は、すべて町でも再現される。やってみれば、これほど面白い遊びはないよ」
 嬉々と喋るグスカに、ウィルは鋭い視線を投げかけた。
「お前は神にでもなったつもりか?」
 その問いは、グスカが望んでいたものだった。
「神? そうとも、私は神だ! このドールの町の神だよ! 神は世界で生きるものすべてを慈しみ、守ってやらねばならない。この町の外は危険だ。大国ルッツとスパルキア公国との戦にいつも苛まれ、国そのものの存続すら危うい。だが、このドールの町で暮らしている限りは安全だ。なぜなら、私が神として、町の者たちを守っているからだ。彼らも、きっと感謝しているはずさ」
「………」
「だが、その平和を君が破った」
「………」
「この町の結界を破り、私の力を及ばなくした。何という愚かなことを! 彼らは私なしには生きられぬのだ! このままでは、いずれ滅びてしまう! 私が──私だけが、彼らを救うことが出来るのだ!」
 グスカの熱弁にも、ウィルの表情は冷たく冴えていた。ウィルは告げる。
「神は人間を支配すべきではない。彼らの運命は、彼らに選ばせろ」
 と。
 グスカの細い眼が、カッと見開かれた。憤怒に顔色が赤く染まる。
「この町は私が作ったものだ! 私の好き勝手にして、何が悪い!」
 グスカは腕を振り上げた。それをドールの町の模型に振り下ろそうとする。
 間髪を入れず、ウィルは右拳をグスカの腹部にめり込ませた。その衝撃に、グスカの肥大した肉体が吹っ飛ぶ。重そうな肉の塊は宙を浮き、執務机の近くに落下した。思わず、床にドシンという重い振動が響く。
 ウィルは何事もなかったかのように、ゆっくりとグスカに近づいた。
「お前にこの町を好きにしていい権限などない」
「な、何を……!?」
 グスカはダメージを受けた肉体を、必死に起きあがらせようとした。執務机に手をかけ、寄りかかるようにして立ち上がる。
「私はこの町の神……私がいなくなったら、この町はどうなる?」
「別にどうもならない。他の町と同様に、彼らは自分たちで考え、そして生活する」
「いいや、そんなことをすれば不幸を招くだけだ。人間が好き勝手に生きれば、すぐに滅んでしまう。現に見ろ! こいつらを!」
 グスカは机の上にあった二つの人形を見せた。その二つの人形に、ウィルは見覚えがあった。
「貴様がこの町の結界を解いたがために、この町の者は勝手な行動を取り始めた! この二人もそうだ! 勝手に私の屋敷を訪れおって!」
 グスカは怒りにまかせて、二つの人形を両の手で握りつぶすようにした。ウィルの表情がサッと変わる。
「よせ!」
「くっくっくっ……私は……私は神だあああああっ!」
 グスカの叫びが室内に轟いた。


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