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「ラカン殿、いい加減、やめたらどうです?」
口調は極めて冷静だったが、有無を言わせぬ迫力が込められていた。ベネシストだ。
ラカンはサリナの腰を抱えながら、背後を振り向いた。
「おいおい、ベネシスト。人の楽しみを邪魔するなよ」
口元は笑みを作っていたが、その眼はギラギラとした凶暴性を宿したままだ。だが、ベネシストは引き下がらない。
「やめてください、ラカン殿。このようなことをしても、サリナ殿の心は手に入りませんぞ」
諭すように言うベネシストに、ラカンは一瞬、怒りの表情を浮かべかけたが、すぐに崩した。
「そうかい、そうかい。こいつはオレがうかつだったなあ」
言いながら、ラカンは立ち上がった。ズボンを上げる。
そんなラカンの態度に、ベネシストは怪訝な顔をした。だが、ラカンは何度もうなずく。
「ベネシスト、お前が以前からサリナに気があったのは知っているんだぜ」
「な、何を……!?」
ベネシストはうろたえた。初めて見る慌てぶりだ。
「いいんだよ、ベネシスト。オレは怒っちゃいない。抱きたいんだろ? お前もサリナを。分かった、分かった。いいぜ、お前からヤッてやれよ。オレたちは仲間だ。オレのものをお前が使う権利はある。オレは認めるぜ」
ラカンは笑った。邪悪なまでに。
そんなラカンの態度に、ベネシストは憤慨した。
「失敬な! 私はそのようなこと──」
「きれい事ばかりを並べるんじゃねえ!」
ラカンは恫喝した。ベネシストに対して、初めて見せた表情だった。
「女を抱きたいなら抱けばいい。気にくわないヤツは殺せばいい。ベネシスト、お前だって、かつてはルッツ王国の竜騎士<ドラゴン・ライダー>になるという野望を持っていたはずだ。すべては地位と名誉のため、そうだろう? それをお前は、夢と共に捨ててしまったというのか? 人間の一生など、儚く短いんだ。その短い生涯の中で、オレたち人間はどれだけしたいことができるか、それが重要だと思わないのか? なぜ、自分を押し殺す? なぜ、自分の欲望に正直にならない? オレはな、そういう聖人君主ヅラしたヤツが、一番、気に入らねえんだ!」
ラカンの言葉を、ベネシストは唇を震わせながら聞いていた。そして、キッとラカンの顔を睨みつける。これもまた、以前のベネシストからは考えられなかったことだ。
「ラカン殿、あなたは間違っている……」
「何?」
「あなたには──あなたには誇りというものがないのですか!?」
訴えかけるベネシストを、ラカンは鼻で笑った。
「誇り? どうせ、お前の言う誇りと、オレが持っている誇りは違う! オレは自分の誇りを守るために何でもやる。だが、お前は違うだろう? お前は誇りのために、自分をも殺そうとする。そんなことで、すべての勝者になれるものかよ! だから、お前は負け犬なんだ! 竜騎士<ドラゴン・ライダー>にもなれなかったクズが!」
「言うな!」
ベネシストは目にも留まらぬ早業で、《カタナ》を鞘から抜き放った。
それを見切ってか、ラカンはとっさに後方へ飛び退いていた。白刃が一瞬前までラカンが立っていた場所を切り裂く。
ラカンの身体は、テーブルの向こう側へ着地した。大きな体躯にしては軽い身のこなしである。再び対峙したベネシストに向ける表情にも余裕らしきものが窺えた。
「やはり甘いな、ベネシスト」
一歩間違えれば斬られていたというのに、ラカンは笑みさえ見せていた。
「今のは手加減をした。しかし、これ以上の暴言は許せん」
口元を引き締め、《カタナ》を構えるベネシスト。だが──
「分かっていたさ。お前がわざと踏み込みを浅くすることはな」
そのラカンの言葉に、ベネシストは眉をひそめた。ラカンは続ける。
「最初の一撃は必ず威嚇だと、オレは読んでいたんだよ。でなけりゃ、お前の居合をオレなんかが避けられるわけがねえ。だが、それがお前の命取りになる。一度、剣を抜かしちまえば、居合は使えねえからな」
「!」
ラカンはおもむろに身をかがめた。その動きに、一瞬、ベネシストは気を取られる。
ラカンは目の前にあった小さなテーブルに手をかけた。そして、勢いよく持ち上げると同時に、ベネシストの方へと放り投げる。ラカンの豪腕ならではの力業だ。
迫り来るテーブルを避けるには、少し距離が短すぎた。ベネシストは回避を断念し、《カタナ》でテーブルを両断する。
ズバッ!
その切れ味の凄まじさ。木製のテーブルは、ベネシストの一刀の前に、易々と真っ二つにされた。
だが、それこそがラカンの策であったと、その刹那、ベネシストは知ることとなる。半分にされたテーブルが左右に割れた瞬間、そこから猛然と突っ込んでくるラカンの姿が見えた。ベネシストは手首を返し、もう一撃を加えようとする。そこへラカンの右手から、銀光が投じられた。どこに忍ばせてあったものか、投擲用のナイフだ。
狙いは正確。このままではベネシストの喉笛に突き刺さるであろう。ベネシストは《カタナ》でナイフを弾かねばならなくなった。
キィィィン!
ベネシストほどの手練れでなければ、この二段構えの攻撃を回避できなかったに違いない。しかし──
テーブルもナイフも、ラカンにとっては相手の隙を作るための道具にすぎなかった。ラカンが得意とするのは、その腕力──つまり、接近戦。
「おりゃああああっ!」
雄叫びと共に、ラカンはベネシストに突進してきた。もう距離はわずか。さすがのベネシストも、《カタナ》を振るうことが出来なかった。
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