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吟遊詩人ウィル

呪縛人形

−25−

 両者はもつれるようにして、床の上に倒れ込んだ。ラカンが体格差を生かして、ベネシストに乗りかかる。ベネシストは何とか《カタナ》を用いようとするが、ラカンに手首を押さえ込まれ、身動きを封じられてしまった。
「どうだ、ベネシスト! これでお前は負けたも同然だ!」
「くっ!」
「だから言っただろう? 最初の一撃でオレを斬っていれば、良かったものを! あの世で、自分の甘さを呪うんだな!」
 ラカンは《カタナ》を封じているのとは逆の手で、ベネシストの喉をつかんだ。一瞬にして窒息してしまいそうな圧迫感。ベネシストは苦鳴をあげた。
「残念だが、死んでもらうぞ!」
「ぐあっ……があああっ……」
 苦しさに、ベネシストは手足を動かしたが、その程度ではラカンから逃れることは出来なかった。それどころか、徐々に意識が薄れていく。目の前が真っ暗になり、耳鳴りがした。やがて、抵抗は弱々しいものへと変わっていき、手にしていた《カタナ》も離してしまう。
 そんなベネシストの様子に、ラカンは残忍な笑みを浮かべていた。これまで友と言い続けてきた者に対して、普通の人間が出来る行為とは思えない。
 完全に勝ち誇ったラカン。だが、その背後に人影がふらりと立ち上がった。それは──
「ラカン!」
 背後から絶叫を浴びせ、ベネシストが両断したテーブルの一方を持ち上げたのは、先程までラカンに暴行されていたサリナだった。眼を血走らせ、物凄い形相で、壊れたテーブルを振り上げる。
「!」
 ベネシストを絞め殺すのに夢中で、ラカンは気づくのが遅れた。その頭にサリナが振り下ろした壊れたテーブルが直撃する。
「うわああああっ!」
 ラカンはベネシストに覆い被さるようにして倒れ込んだ。それを見下ろして、サリナは荒い息をつく。
「このケダモノ!」
 サリナはなおも攻撃を加えようと、ラカンに近づいた。
 だが、頑強なラカンは、サリナの一撃に気を失うこともなく、すぐに反撃に転じた。ベネシストが落とした《カタナ》を拾い上げ、振り向きざまに払うようにする。
「キャッ!」
 サリナは短い悲鳴を上げ、とっさに持ち上げていたテーブルでガードした。しかし、《カタナ》の切れ味は凄まじく、さらにテーブルを二つにしてしまう。ラカンが闇雲に《カタナ》を振るった分だけ、サリナはケガを免れることができた。
 だが、立ち上がったラカンの手には凶器となる《カタナ》が握られていた。その切れ味とラカンの凶悪さを考えると、最悪とも言える組み合わせだ。
「サリナ〜ぁ!」
 ラカンは振り向いた。すでに、その眼は据わっている。また、額からは血を流し、そのダメージのせいか、身体はよろめいていた。だが、サリナの方をしっかりと睨んでいる。サリナは思わず後ずさった。
「サリナ〜ぁ!」
 ラカンはもう一度、サリナの名を呼んだ。そして、ふらつく足取りで、一歩、踏み出す。
「さ、サリナ殿……逃げるんだ」
 そのラカンの足下で、かろうじて命を取り留めたベネシストが言った。どうやら、気を失わずに済んだらしい。そして、自ら力を振り絞るようにして、ラカンの脚をつかむ。だが──
「どけーっ!」
 ラカンは激情に任せて、《カタナ》を振るった。その切っ先は、ラカンの足首を握っていたベネシストの右腕を肘から斬り飛ばす。
「ぐあああああっ!」
 耳を覆いたくなるような悲鳴を上げ、ベネシストは床を転げ回った。血が辺りに撒き散らされる。
「ベネシスト!」
 悲痛な表情をにじませながら声をかけるサリナ。だが、次に狙われるのは彼女の方だった。ラカンが改めて、サリナの方へ向き直る。《カタナ》が振り上げられた。
 サリナは死を覚悟した。が──
 次の刹那、信じられないような光景をサリナは目にした。床に倒れていたはずのベネシストがバネ仕掛けのように起きあがり、右肩からラカンに体当たりするような格好になったのだ。だが、もっと驚くべきことは、それがベネシストの意志によって行われた行為ではなかったことだ。まるで見えざる巨大な手によって仕組まれたかのように。
「うわああああっ!」
「何だ、これは!?」
 激突した二つの肉体は、一瞬にして、溶け合うように一体となった。まるで熱したロウソクを二本、つなぎ合わせたかのようだ。それを目撃したサリナは、自分の目を疑った。
 一体、何が起きたのか。その場にいた誰にも説明は出来なかった。サリナはもちろん、当事者であるラカンもベネシストも。
 それは奇妙で、滑稽とも言える姿だった。ラカンとベネシストが互いの肩を組んだような格好で、文字通り一体化していたのだ。離れようにも、最初からくっついていたかのように離れることは出来ない。ラカンは左腕を、ベネシストは右腕を失い、代わりに互いを自らの半身としていた。
「一体、どうなってやがるんだ!? ベネシスト、お前の仕業か!?」
「オレにも分からん! どうして、こんなことに!?」
 頭が二つ、腕は二本、そして脚は四本という奇形態に、当人たちが一番、ショックを受けていた。そして、サリナも思わず腰を抜かした。
「な、何!? 何が起きているの!? イヤよ……イヤァァァァァッ!」
 目の前の怪異が自分にも訪れるのではないかという恐怖が、サリナを恐慌に陥れた。
 悲鳴は広い人形屋敷に長く響いた。


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