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吟遊詩人ウィル

呪縛人形

−26−

「くっくっくっ」
 醜悪な体を揺すりながら、グスカは笑いを止めなかった。そして、二体の人形をつぶした両手をゆっくりと開いていく。
 ウィルは見た。グスカの手の平に乗った人形の変化を。
 粘土で出来た人形は、互いの肩をくっつけるようにした、一体の奇妙な人形に作り替えられていた。まさにこのとき、ここより離れたところにある小さな応接室では、ラカンとベネシストがこの人形と同じく一体化されていたのである。グスカの人形使いの能力は、人間の支配のみならず、その存在すらも自由に作り替えることが出来るのだった。
「どうだね? この彼ら──いや、今は一人の人間になったのだから、“彼”と呼ぶのがふさわしいだろう──この“彼”の姿を作り替えた私の力。まさに神そのものではないかね?」
 グスカは酔いしれたように言った。だが、ウィルは静かに相手を見据えるだけ。
「お前が神なら、それは狂った神だ」
「ハッハッハッ、いいとも! 狂っていようとも、私が神であると認めてくれるなら! 今、私の力はこの町一つ──いや、今はお前のお陰でこの屋敷内にしか及ばないが、いずれは一国を、そして大陸全土を、さらにはこの世界のすべてを、私が管理、統治する! そうすれば、誰もが平和に暮らせる理想郷が訪れるのだ! どうだ? これほど素晴らしいことはないだろう?」
 グスカはそう言って、手にしていた人形を机の上に立てた。気に入った玩具を手に入れて、いかにも満足そうだ。
 対してウィルは、マントをはねのけ、右手を突き出した。
「狂った神が人間の平和を保証できるのか? 飽きられた人形は捨てられる運命。神に見捨てられた人間はどうなる?」
「ふん、知ったことか! 今の人間にしたって、神に見捨てられているようなものだろう?」
 グスカの言葉に、ウィルは首を横に振った。
「神とは母のような存在だ。そして、その子たる人間は、やがて自立する!」
 ウィルはそのまま呪文の詠唱に入った。魔力が集束される。
 だが、グスカにはまだ切り札が残されていた。上着のポケットから一体の人形を何気なく取り出す。それは他の人形と同じく粘土で出来ており、白いドレスを着た女性を型取っていた。
 それが誰であるか、ウィルは瞬時に悟った。呪文の詠唱を中断し、魔法をキャンセルする。
 そんなウィルを見て、グスカはまた体を揺すった。
「どうした? 手も足も出ないか? 察したとおり、人形を傷つければ、対象になっている人間も傷つく。戦いに対しては冷徹な男かと思っていたが、案外と情け深いようだな」
「………」
 人形はサリナに違いなかった。サリナをこの舞踏会に招いたのは、自分の影響下に人質を置いておくためだったのだ。
 こちらから手出しできなくなったウィルは、相手の出方を窺った。それをグスカは見抜いていた。
「心配するな。お前の相手は用意してある。それも特別製をな。いやはや、私の作品の中でも傑作と言えるだろう。気に入っていただけるといいのだが」
 そう言うや否や、先程、ズウが退室していったドアから、黒い影が入り込んできた。黒い影、というのは比喩ではなく、全身が黒ずくめであるためだ。頭には黒い鍔広の旅帽子<トラベラーズ・ハット>、そして闇夜を染めたようなマント。上下の服装も、履いているブーツも黒かった。それはまるで──
「くっくっくっ、驚いたかね?」
 それは紛うことなく、ウィルと瓜二つの人物──もう一人のウィルであった。


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