←前頁]  [RED文庫]  [「吟遊詩人ウィル」TOP]  [新・読書感想文]  [次頁→



吟遊詩人ウィル

呪縛人形

−27−

「うああああああっ!」
 グスカによって、体を合成されたラカンとベネシストは、パニック状態に陥りながら、狂ったように暴れた。特にラカンは《カタナ》を手にしたままなので、周囲の被害は甚大である。サイドボードに置かれていた人形を薙ぎ払い、壁に刀身をめり込ますという有様だ。
 その足下にいるサリナは、体を丸めるようにして、うずくまることしかできなかった。下手に立てば、ラカンが振り回す《カタナ》の餌食になってしまう。だが、このままでもやり過ごすのは危険だった。隙を見て、廊下へ逃げるしかない。
 ラカンと一体化してしまったベネシストもまた、強烈なショックを受けていたが、何とかラカンを止めようと、抵抗を試みていた。だが、力という点では、ラカンの方に分があり、また、無理に抗おうとすると、全身が裂けるような痛みに襲われた。
 そこへ飛び込んできた男がいた。
「な、何だ、こりゃ!?」
 それはロムだった。まだ、背中に受けた傷のせいで、やっと動けるような状態だが、ラカンに連れ去られたサリナを助けるため、このように追ってきたのだ。だが、室内の凄まじい様子に、目を丸くする。それに暴れ続けるラカンとベネシストの姿が、また衝撃的だった。
「ロムさん!」
 床から顔を上げたサリナが、ロムの姿を見て、泣きだしそうに表情を崩した。ロムはてっきりベネシストによって殺されたとばかり思っていたのだから、無理もない。同時に、救いの主が現れたことによる安堵感もあった。
 暴れ回っていたラカンが振り向いた。
「お前は!?」
 即座に横のベネシストの顔を見た。ベネシストの口元が引き締まる。
「ラカン殿、もうやめるんだ」
「ベネシスト!」
 始末しろと命じたロムまで助けたベネシストに、ラカンは憤怒の形相を浮かべた。そして、持っていた《カタナ》を振り上げる。それは自らに斬りかかるという、狂気の行為でもあった。
 ベネシストは使える左手を精一杯伸ばし、ラカンの右手首をつかんだ。力の拮抗により、《カタナ》が二人の目の前で細かく震える。ラカンの力はベネシストを圧倒しかけたが、それを必死にこらえた。
「い、今のうちだ! 二人で逃げろ!」
 ベネシストはサリナとロムに叫んだ。だが、二人は躊躇する。このまま、放っておいていいものかと。
 すると、ラカンが頭を振って、ベネシストのこめかみに頭突きを喰らわせた。
「がっ!」
 ベネシストはまともにダメージを喰らい、その場に倒れた。だが、ラカンの身体もつながっているため、二人とも床に転倒する。これはラカンも誤算だったに違いない。ラカンとベネシストは床でもつれ合った。
「ベネシスト!」
 サリナは思わず、ベネシストの名を呼んでいた。ベネシストはこれまでのことを改心し、サリナを助けに来てくれたのだ。その恩人の安否が気にかかった。
「早く行け! 行くんだ!」
 ラカンの頭突きに危うく気を失いかけたベネシストであったが、どうにか意識を保つことができた。だが、ラカンはなおもベネシストを黙らせようと、《カタナ》を突き立てようとしてくる。二人の体勢から、それは難しかったが、ラカンと体を共にしている以上、逃れることもできない。せめて、サリナには逃げ延びて欲しかった。
「サリナ殿、オレに構わず行ってくれ!」
「うるせえ! 黙れ、貴様!」
 二人の死闘は、なおも続いた。
 サリナは自分に何か出来ないかと必死に考えた。すると、その腕がつかまれる。ロムだ。
「行くぞ」
 ロムは促した。しかし、とサリナは首を横に振る。
「ベネシストが!」
「どうして、あんな姿になっちまったのかオレは知らねえが、あれをどう助けられるって言うんだ? オレたちには、ヤツの気持ちを受け取ってやることしかできねえ。それはここから脱出することだろ?」
 ロムはつかむ手に力を込めながら、サリナを説得した。サリナは一瞬、考え、そして、うなずく。
「ベネシスト、死ぬなよ!」
 ロムは精一杯の一声を残すと、サリナの手を引きながら、応接室から廊下へと駆けだした。
 サリナは最後、ベネシストの姿をせめて見ようと振り返ったが、ソファの陰に邪魔され、それすらも叶わなかった。ただ、心の中で無事を祈る。
 サリナに逃げられたラカンは逆上した。
「サリナ、待てー! 戻って来い!」
 ラカンは追いかけるべく、立ち上がろうとしたが、ベネシストに阻まれた。
「行かせはしない!」
「邪魔するな!」
 ラカンは再び、ベネシストに斬りかかった。ベネシストはそれを横に身を投げ出すようにして避ける。体が一体化しているため、ラカンにもその反動が及んだ。ラカンは全身を引っ張られるようにして、攻撃を封じられた。
「チクショウ!」
 自分の体のもどかしさに、ラカンは悪態をついた。今、武器を持っているのは自分であって、圧倒的に有利なはずなのに。
 だが、ベネシストもまた、このままではいずれ殺られると考えていた。逆転を狙うには、こちらも武器が必要である。無意識に指が床を探った。
「!?」
 絨毯の上に、何か固い物が落ちており、それに指先が触れた。ベネシストは反射的に手にしようとした。
 その刹那、ラカンが強引に体を起きあがらせた。ベネシストの背中が浮く。一体化されている以上、瞬時に抵抗できない。ラカンはベネシストの胸に《カタナ》を突き立てようと待ちかまえていた。
「死ねえええええっ!」
「!」
 ベネシストは床に落ちている何かを、まだ拾い上げることが出来なかった。もう一度、必死に腕を伸ばす。
 その眼前に凶刃が迫った。
 ザクッ!
 次の瞬間、おびただしい鮮血が噴き上がり、視界が暗転した。


<次頁へ>


←前頁]  [RED文庫]  [「吟遊詩人ウィル」TOP]  [新・読書感想文]  [次頁→