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その頃、グスカのコレクション・ルームでは、二人のウィルが対面していた。両者とも、まるで鏡に近づいて行くかのように、その距離を縮めていく。そして、合図したわけでもないのに、同時に立ち止まった。
「クックックッ、どうだね? 私の作品は?」
グスカは自慢するかのように胸を反らした。と言っても、せり出すのは腹の方だが。
人形に命を吹き込むこの男は、ウィルの複製すらも作り上げたというのだろうか。
ウィルは表情を全く変えない。そして、複製も。
両者ともに隙を窺っているのだろうか。だが、この魔人たちに隙が生じることなど有り得るのか。長い沈黙がコレクション・ルームを支配した。
「自分を相手に果たして勝てるかな?」
剣の腕前も、魔法の力も、もし互角であれば、両者の戦いの結末は相討ちしかない。それを分かってか、どちらのウィルも動かなかった。
外はしんしんと雪が降り続いている。
ガラス窓を通して、外の冷気が伝わってくるかのようだ。
立ち尽くす二つの美影身。
これを壮絶なる死闘だと気づかぬ者ならば、この場面に立ち会って、感嘆を禁じ得ないはずだ。
ウィル対ウィル。
美しき二人の魔人。
──。
どこかで、積もった雪が重さに耐えかねて落ちる音がした。この沈黙の中だからこそ聞こえた小さな音。
バッ!
それが合図だったかのように、二人のウィルは同時に動いた。マントが跳ね上げられる。
「ディロ!」
短い呪文の詠唱。これもまた異口同音、しかもまったくの同時だ。
両者の右手から、マジック・ミサイルが放たれた。
どちらのウィルも、攻撃魔法の発動後、その身をマントで守るようにした。その直後、互いに放ったマジック・ミサイルが着弾する。
バチバチバチ!
二人のウィルの体が、一瞬、光ったように見えた。マジック・ミサイルをレジストしたのである。光は魔法を弾くときに生じる、自身が持っている魔力の放出だ。
人間──ひいては世界に存在するすべての生き物には、その能力の違いこそあれ、魔力が具わっていると言われている。その魔力が魔法を使うときの素養になるのだが、同時に魔法に対する抵抗力も決定づけるのだ。
ウィルは、多少、よろめいたものの、マジック・ミサイルのレジストに成功し、ほとんどダメージを受けた様子はなかった。それはウィルの魔力の高さを窺わせることでもある。
しかし、グスカが作り上げた複製ウィルもまた、完全にレジストしていた。つまり、その魔力は互角。
「まずは小手調べか? 威力が小さい魔法で攻撃し、それを受け止めてみる。賢明だな。しかし、これで分かっただろう? 私の作品は完璧だ。完全にお前をコピーしている」
「どうかな?」
得意になって喋るグスカに、ウィルは疑問を投げかけた。何か自信があるのか、それともはったりか。現に魔力は互角との結果が出たにも関わらず。
グスカは、一瞬、笑いを止めたが、すぐに嘲りを続けた。ウィルのはったりと読んだのだ。
「ならば、さらに試してみるがいい。言っておくが、コピーはただ、お前の攻撃を真似ているのではない。お前と同じように考え、行動しているのだ。だから、自然に同じ行動になる。そして、攻撃を加えれば加えるほど、お前も傷ついていくのだ!」
「では、試させてもらおう」
ウィルは腰のベルトから、短剣を抜いた。すると、その刀身は光を放ち、薄暗かった室内を明るく照らし出す。
それこそ伝説の中で謳われる《光の短剣》。世界に二つとない、ウィルの愛剣だ。
だが、複製のウィルもまた、腰のベルトから短剣を抜いた。そして、同じように刀身が光り輝く。
無二であるはずの《光の短剣》が、もう一本、存在した!
「どうだ、驚いたかね? お前をコピーした以上、武器もコピーさせてもらったよ。伝説の武器も私の手に掛かれば、造作もなく出来る。もちろん、その背中に背負っている《銀の竪琴》も再現してあるぞ」
グスカは勝ち誇ったように言った。ウィルが優位に立てるとすれば、《光の短剣》という伝説の武器だったはずだ。しかし、それすらも複製を作り上げたとは。
本当にウィルに勝機はないのか。
だが、ウィルの美しい相貌は、少しも翳りを見せることはなかった。
「本当に忠実に再現してあるのか?」
ウィルは《光の短剣》を構えた。刀身に光がなお増す。ウィルの殺気が宿ったかのようだ。
対する複製ウィルも、同じ姿勢をとった。
魔法対決の次は、武器による勝負だ。
意を決したように、黒い影が双方より走った。そのスピードも互角。
すれ違う刹那、剣と剣とが打ち鳴らされた。
カキィィィン!
影は駆け抜け、互いの位置を入れ替えて止まった。
手応えを窺うように振り向くウィル。
だが、複製ウィルは平然としており、その《光の短剣》もまた、光を損なうことはなかった。やはり、伝説の武器さえ複製されていたのだ。
「どうだね、手応えは?」
グスカは尋ねた。ウィルはうなずく。
「なるほど」
その答えにグスカは満足した。自分の人形作りの腕に自信を深めた。
しかし、そのあとに続いたウィルの言葉に、グスカは驚愕とする。
「完全には似せられなかったようだな」
「何だと!?」
グスカの顔は、すぐに険しくなった。自分の作品をけなされることは、これ以上ない屈辱だ。
「ふざけたことを言うな! 私が作った《光の短剣》は完璧だ!」
グスカは複製ウィルの《光の短剣》を指さしながら、怒鳴るように言った。確かに、複製した《光の短剣》は、本物の攻撃を受けても刃こぼれ一つしていない。
だが、ウィルの表情はこれまでとまったく変わらず、複製ウィルに向けられていた。
「次で終わりだ」
再び構えるウィル。複製ウィルも同じく攻撃態勢に入る。
またしても仕掛けたのは同時だった。風のごとく駆け抜けた黒い影が、空中で交差する。
そのとき、グスカはすぐさま異変を見抜いた。これまで寸分違わなかったウィルと複製ウィルの動きが、初めて異なったのだ。一方は交差後、優雅に着地し、もう一方は空中でバランスを崩したかのように、頭から床に落ちる。それはあるはずのない結果だった。
「バカな……!」
グスカが呻いたのも無理はない。同じ技量の者が戦えば、相討ちしか有り得ないはずである。
しかし、無情にも決着は、あっさりと言っていいほど着いた。
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