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「二人とも逃げろ!」
ラークは立っているだけでも精一杯だというのに、コナーとドリスを守るようにして、ドッグたち盗賊ギルドに対した。いくらか動かすことのできる右腕で、長剣<ロング・ソード>を鞘から抜く。それを見て、ドッグはせせら笑った。
「そんな体で、そいつらを守ろうというのか? 《涸れ井戸》のときもそうだったが、どこまでも無謀なヤツだ」
ドッグはそう言うと、後ろに控えていた手下たちに無言の合図を送った。二人の手下は、短剣<ショート・ソード>を手に、ドッグよりも前に進み出て、ラークを威嚇した。
確かに、ラークの体は完全ではなかった。しかし、だからといって、コナーたちを見殺しにできるはずもない。出来る限り、彼らの盾として持ちこたえ、逃げる時間を稼ぐつもりだった。
「今のうちだ。早く逃げろ!」
ラークは背中の少年少女に命じた。だが、と彼らは躊躇する。
「そんな体で何が出来るって言うんだよ?」
「そうです。逃げるなら、みんなで一緒に」
コナーとドリスの言葉に、ラークはかぶりを振った。
「いいや、キミたちだけで逃げるんだ。キミたちに何かがあったら、それこそロベリアに申し訳ない。それにだ、今、命の危険にさらされているのは、ロベリアも同じだ。誰かがそれを知らせに行かないと、ロベリアも危ない!」
ラークに言われ、二人はハッとした。ロベリアの家の鍵を持っていたコナーが、ラークを匿っていたという事実が分かってしまった以上、盗賊ギルドがその追及をロベリアへ向けるのは自明の理だ。こうしている間にも、ロベリアへ魔の手が伸びているかもしれない。
「オレ、ロベリアのところへ行ってくる!」
「コナー!?」
意を翻したコナーに、ドリスは信じられないといった表情を見せた。ドリスはあくまでもロベリアに言われたとおり、ラークを守るべきだと考えているに違いない。
しかし、コナーはもっと現実的な考えを持っていた。
「ドリス! オレたちが出来ることは何だ? こいつと一緒に戦うことか? 違うだろ? ロベリアにこのことを知らせることだって大事さ! それにデイジーはどうすんだよ?」
コナーはドリスの背中にいる赤ん坊の名前を持ち出した。デイジーはこの騒ぎですっかり目を覚まし、まだ泣いてはいないものの、手足をばたつかせて、ぐずり始めている。今にも火がついたように泣き喚きそうだ。ドリスは赤ん坊を預かっている自らの責任を思い出した。
「……分かったわ。──ラークさん、でしたよね? くれぐれもムチャはしないでください」
ドリスは無念そうにそれだけを告げた。ラークはうなずく。もちろん、それは約束できることではなかったが。
「キミたちも気をつけて」
目の前の敵から注意をそらさずに、ラークは言った。
だが、その会話を黙って聞いていたドッグは、不敵に笑った。
「オレたちを前にして、逃げるだって? よく、そんなことが言えるものだ。お前たちはここで死ぬ運命なんだよ。──ただし、お前だけは生きてアッシュ様の元へ連れてくるよう言われているからな。まあ、死なない程度に痛めつけてやる」
ドッグが言い終わるのと同時に、旧下水道の反対側からも、こちらへ近づいてくる足音が聞こえてきた。それを耳にしたラークたち三人は、身を硬くする。コナーがこの旧下水道へ逃げ込んだ時点で、外へ出られないよう、反対側からも部下を送り込んで、挟み撃ちにしたのだろう。こうなってしまうと、迷路のような旧下水道も袋小路と同じだ。
「こうなったら仕方ない! 二人とも、オレから離れるなよ!」
ラークは自らを鼓舞するように大きな声を出して、旧下水道の壁に背中を向けた。その後ろにコナーとドリスを隠すようにする。戦いになって、後ろに回りこまれたら厄介だった。
ドッグは簡単に手出ししなかった。仲間が到着するのを待つつもりだ。そうやって、じわじわと相手に恐怖を与え、いたぶるように殺すのがドッグの手口であった。普段は毒で動きを止め、徐々に切り刻んでいく。
それを知ってか、コナーとドリスは抱き合うように怯えた。いくらラークが剣の達人でも、人殺しを重ねてきた盗賊ギルド数名をすべて相手に出来るとは思えない。状況は絶望的だった。
反対側から近づく足音は、急ぐでもなく、しかし、確実に大きくなっていた。そして、闇の中からシルエットが浮かび上がる。
「おい、もったいぶってねえで──」
ドッグは遅れてきた部下たちに、そう声をかけようとして、突然、言葉を呑み込んだ。斜視の目が大きく見開かれる。
やってきたのは、ドッグの部下たちではなかった。
「貴様は!?」
「案内、ご苦労だった」
反対側から現れた人影は、闇よりも黒いマントを身につけていた。対して、その相貌は目立って白い。美しさが光を放っているようだった。
吟遊詩人ウィル。
静かなる魔人。
案内と言われ、ドッグは屈辱に紅潮した。ウィルは《涸れ井戸》を出て行ったとみせかけて、ラークの捜索に動き出したドッグたちを尾行したに違いない。それは盗賊のプライドを傷つける行為に他ならなかった。そして、今、ウィルが現れた方向から仲間たちが姿を現さなかったことからしても、難なく片付けられてしまった可能性が高い。
「ふざけやがって!」
ドッグは吠えた。そして、口にしていた爪楊枝をウィルへ飛ばす。
「!」
ラークは警告を発しようとしたが、一瞬のことで、間に合わなかった。ラークのときと同様、あの爪楊枝の先には毒が塗ってあるはずだ。
だが、ウィルは飛来した爪楊枝を易々とマントをはらいのけることによって、弾き飛ばしてしまった。続いて、繊細な五指が広げられた手がドッグたちに向かって突き出される。
「ディノン!」
短い詠唱。それは白魔法<サモン・エレメンタル>のひとつ、マジック・ミサイルの呪文だった。
三条の光の矢は、真っ直ぐに狙い違わず、ドッグと二人のギルド構成員たちを直撃した。その衝撃に三つの肉体は後方へ吹っ飛ぶ。それは鮮やかな攻撃であった。
「ぐはっ……ぐうっ……」
ドッグはマジック・ミサイルが痛打した胸をかきむしりながら、苦悶の表情を歪めた。どうやら、ウィルの魔法は手加減してあったらしいが、他の二人が完全に気絶しているところを見ると、ドッグもまた骨のある男のようだ。
しかし、ウィルはそれに一瞥も与えず、まだ固まった状態のラークたちへ歩み寄った。
「お前がラークだな?」
ウィルは静かに尋ねた。
問われたラークはといえば、ウィルの超絶な美貌と、一瞬にして三人を倒してしまった強さを目の当たりにして、完全に飲まれていた。
だが、ウィルの次の言葉に、ラークは我に返った。
「オレの名はウィル。お前を探して連れ戻してほしいと、クリステルに頼まれた」
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