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「クリステルに頼まれたと言ったな？」
ラークはようやく落ち着ける場所に腰を下ろし、助けてくれたウィルに向かって言った。
今、ラークたちがいるのは、ベギラの街に流れるアポロポス河の上流、複数の小さな船が係留されている船着き場の倉庫だった。ここはラークがベギラを訪れた際、最初に隠れ家にしようと考えていた場所だ。昔は街の水上交通として利用されていたようだが、今はもう少し下流へ行ったところに出来た大きな船着き場のせいで、半ば打ち捨てられたようになっている。係留されている小舟も河に水没しているような有様だった。
しかし、倉庫の中には、まだ乗ることができそうな船が一艘、埃をかぶって保管されている。ラークはアッシュとの取引のとき、この船を使うつもりでいた。
この倉庫には、ラークとウィルと他に、コナーと、デイジーをおぶったままのドリスがいた。旧下水道から逃げてきた彼らにとって、とりあえず一息つける場所になるだろう。ウィルの魔法攻撃により、ドッグたち盗賊ギルドの追っ手は撃退されたが、アッシュが簡単に捜索をあきらめるとも思えなかった。
ウィルは細く開けた窓の隙間から外を窺いながら、そうだ、と答え、ラークの方を振り返った。
その美貌を改めて直視すると、ラークの勢いは失われた。それはコナーやドリスも同じである。圧倒的な強さと魔性のような美しさ。目の前の吟遊詩人は、とても自分たちと同じ人間だとは思えなかった。
「すべては彼女から聞いた。彼女が望んでいるのは、お前が無事に戻ってくることだ。彼女をこれ以上、悲しませるな」
ウィルに見つめられながら言われると、ラークは反論する気力が萎えるようだった。しかし、何とか気持ちを奮い起こす。
「このまま何もしないで帰れだと？ できるわけないだろう、そんなこと。クリステルがあんな目にあって、しかも《耳》まで奪われたんだぞ。オレは絶対に《耳》を取り戻す！ そして、あのアッシュという男を、このベギラの盗賊ギルドを許さない！」
ラークの強い意志に、コナーとドリスは呑まれたように立ち尽くしていた。このベギラで生まれ育ってきた二人にとって、盗賊ギルドに歯向かうことは死を意味する。それをラークは恐れもせずに、ハッキリと口にしているのだ。何が彼を駆り立てるのか、不思議でならなかった。
「《耳》──《恭順の耳》のことか？」
呟くように言うウィルに、ラークは視線を投げた。そして、うなずく。
「そうだ。クリステルのことも許せないが、あの《恭順の耳》をヤツらが悪用したら、どんなことが起こるか」
「な、何？ その、なんとかの《耳》って？」
つい興味を覚えて、コナーが話に割り込んできた。ドリスに横から小突かれて、たしなめられるが、その程度では引っ込まない性格だ。
ラークはコナーの方に目線を移した。
「《恭順の耳》ってのは、《銀黎＜ぎんれい＞の時代》に作れられたマジック・アイテムさ。大きさは小指の先くらい、二対の巻き貝みたいな形をしている」
「へえ」
コナーは思わず、自分の小指と見比べた。隣のドリスも、ついつい、それにならう。
「その巻き貝みたいなものを人間の耳に押し込むと、他人の命令に何でも従うようになるんだ」
「何でも？」
「そうさ。誰かを殺せと命じられれば、その人物を殺すまで追いかけるし、自分の命を絶てと言われれば、望むと望まないとに関わらず自殺してしまう、といった具合にな」
ラークの説明に、コナーとドリスは顔を見合わせた。マジック・アイテムの知識がない二人でも、《恭順の耳》が使い方次第で、どんなに恐ろしい代物か分かったらしい。
「それを手に入れた盗賊ギルドが、もし、現国王のソロン�言い忙箸辰燭蕕匹Δ覆襪�？ 王様が盗賊ギルドの思いのままに操られたら？ 王様の命令によって、多くの家臣や騎士たちが動き、隣国に戦争を仕掛け、多くの血が流されるようなことになるかもしれない」
「うわぁ……」
コナーは大きく口を開けて、言葉を飲み込んだ。それはドリスも同じだ。
だが、それに異を唱える者がいた。ウィルだ。
「果たして、盗賊ギルドがそこまでのことをするかな？」
落ち着いた声音に、ラークはいささか険しい表情を向けた。
「どういう意味だ？」
「盗賊ギルドは国の支配など考えていない。ヤツらの目的は、多くの人々から利益を得るということだ。国を滅ぼし、民を根絶やしにしては、ヤツらがかすめ、搾り取る富がなくなってしまう。ヤツらは国に棲みついている寄生虫だ。宿主を死に至らせるようことはしない」
ウィルの説明に、ラークは反論できなくなった。確かに、ウィルの言うとおりかもしれない。
「じゃあ、一体、ヤツらは何の目的で《耳》を盗んでいったんだ？」
それにはあっさりと、ウィルはかぶりを振った。
「さあな。誰か他に手に入れたい人物がいて、そいつに売るためだったのか、あるいは……。これは少し調べてみる必要があるだろう」
「調べるって、どうやって？ アッシュのヤツをとっつかまえて、吐かせようってのか？」
ラークはいぶかりながらも、この吟遊詩人ならば何でも成し遂げてしまいそうな気がしていた。
「これ以上、盗賊ギルドを刺激しない方が得策だ。オレが話をつけてこよう」
「なっ!?」
ウィルの思いもしない言葉に、ラークは目を剥いた。コナーたちも驚く。
「お前はここで待っていろ。一緒に着いてこられると、話が面倒なことになりそうだ」
すっかり邪魔者扱いされ、ラークは悔しさに顔を真っ赤にした。抗議しようと立ち上がりかけるが、ウィルに人差し指一本で額を突かれ、そのまま腰を落としてしまう。
「どのみち、その体では無理だ。ここで休んでいろ」
にべもなく言われ、ラークは沈黙した。
「あっ、私もデイジーを返しに行かないと」
ドリスが、その場の重い空気を嫌って、取り繕うように言った。実際、デイジーを母親の元へ送り届ける時間は、とっくに過ぎている。
「オレが送っていこう。昼過ぎには、ここへ戻ってくる」
ウィルはそう言うと、ドリスをともなって、倉庫を出ていった。
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