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ウィルとドリスが出て行ったボート小屋には、ラークとコナーの二人が取り残された。ウィルからは、くれぐれも外を出歩かないよう言われている。しかし、ただひたすら待つというのは退屈だった。
最初は、盗賊ギルドの追跡を警戒して、窓の隙間からジッと外を窺っていたコナーだが、ほどなくして飽き始め、今では窓にしがみついた格好のまま、居眠りをしていた。旧下水道で、殺されるかも知れないという恐ろしい体験をしたのだ。緊張の糸が切れ、疲れが出てしまったというのも、コナーの年頃を考えれば無理からぬことであった。
ラークは、そんなコナーを起こさないよう気遣いながら、自分の身体を確認した。
盗賊ギルドのドッグが使った毒は、遅効性の麻痺毒で、ラークの体の自由を奪っていたが、ようやく、その効果も薄れてきたようだった。まだ、傷口のある左腕にはしびれが残っているが、その他は動きに支障がない。
試しに長剣<ロング・ソード>を鞘からは抜かず、右手だけで持ってみた。そして、重さを感じながら、ゆっくりと振ってみる。違和感はない。いけそうだ。
コナーの方を気にしながら、ラークは立ち上がった。長剣<ロング・ソード>を帯剣する。その表情は険しく、引き締まった。
ウィルが話をつけてくると出て行ったが、それを大人しく待っているつもりはなかった。盗賊ギルドとの決着は自分でつける。ラークの心は決まっていた。
それに、盗賊ギルドはロベリアの裏切りに気づいたのだ。このままではロベリアにまで危害が及ぶだろう。その前にウィルが間に合うかどうかは、何とも言えない。ラークの命の恩人でもある彼女を見殺しには出来なかった。
ラークは、もう一度、コナーが起きはしないか窺ってから、そっとボート小屋を出た。
とりあえず向かう先は、ロベリアと初めて出会った路地である。毎朝、子供たちにパンを配っていることを考えれば、あの近くにロベリアの家があるに違いない。ラークは、そう考えたのだ。
当然、盗賊ギルドもラークの行方を探しているはずで、いつどこで発見されるか分からない危険をはらんでいた。だが、だからといって、自分だけが安全なところで身を隠しているのは、ラークの気質に合わない。むしろ、ギルドの目を自分に向けさせることによってロベリアを救うことが出来るなら、それに越したことはなかった。
リルムンド王国の出身でもないラークにとって、ここベギラの土地勘はないに等しい。しかし、一昨日、街に到着した時点で色々と見て回り、ある程度は把握したつもりであった。先程の使われていないボート小屋を見つけたのも、そのときだ。だから、目的の場所へも迷うことなかった。
途中、盗賊ギルドの連中に見つからない幸運に恵まれながら、ラークはロベリアの家の近くと思われる所まで辿り着いた。細い路地を注意しながら進む。ふと、横手の道に目をやると、数人が争っているような場面に遭遇した。注視すると、ロベリアとドリスが、三人の男たちに囲まれているところだと分かった。危惧していたとおり、ギルドの連中に襲われているのだ。
三人の男たちに詰め寄られながらも、ロベリアは気丈さを失っていなかった。ドリスを守ろうと抱えるようにしながら、男たちを睨み返している。
「彼女を帰してくれるなら、大人しく従うわ! でも、そうでないのなら、大声を出すわよ!」
ロベリアの頑強な抵抗にも、男たちの下卑た笑いは止まらなかった。いくら気丈に振る舞っていても、しょせんは女だという侮りがある。腰の短剣<ショート・ソード>すら鞘に収めたままだった。
「交渉なんて出来る立場だと思っているのか? こんなところで、誰が助けに来る? オレたちは盗賊ギルドだぜ」
「それがどうした?」
思いもかけぬ方角から声がし、男は振り返った。そこへ猛然とラークが突っ込んでくる。他の二人も、ロベリアの方ばかりに気を取られていて、気づくのが遅れた。
「はぁあ!」
ラークは剣の柄に手をかけたまま、左肩からタックルを仕掛けた。男は吹っ飛ばされ、ちょうど、その後ろにいた仲間にぶつかり、諸共に倒れ込む。
「ラーク!」
驚いたのはロベリアだ。思わず声を上げる。
「貴様ぁ!」
無事だったギルドのもう一人は、ラークの奇襲にひるみもせず、腰の短剣<ショート・ソード>を抜いて、応戦しようとした。だが、それよりもラークの動きの方が素早い。
体当たりをかましたラークは、その勢いのまま、身体を回転させ、それを利用しながら長剣<ロング・ソード>を抜いた。鋭い横薙ぎの一撃。男は剣を振り上げた姿勢のまま、腹部を切り裂かれた。
「ギャーッ!」
男の悲鳴とおびただしい血。ロベリアはとっさにドリスを抱き寄せるようにして、その惨殺の光景を見せまいとした。
「ひっ!」
仲間が殺られたのを見て、倒されたならず者がすくみ上がる。しかし、ラークは容赦なかった。
取って返す長剣<ロング・ソード>で、まだ倒れている一人の首の付け根に一撃を浴びせ、さらにその下敷きになっていた男の心臓を目がけ、剣を突き立てる。一瞬にして、二人は絶命した。
ラークは物凄い形相をして、荒い呼吸をした。ロベリアたちを助けるためだったとはいえ、三人もの命を奪うことになり、本人も興奮を抑えられないのだろう。ロベリアはそんなラークに感謝するよりも、痛ましい目で見つめた。
「ラーク……」
放心状態のラークは、ロベリアの声で我に返った。剣に着いた血を死体の衣服で拭い、鞘に戻す。そして、ロベリアを真っ直ぐに見た。
「行こう!」
ラークはそう言って、右手をロベリアに伸ばした。その手を取ろうとして、ロベリアが躊躇する。まるでラークの手が血塗れだと思えたかのように。
「早く逃げるんだ! このままではロベリア、あなたも危ない」
促すようにラークが言う。
ロベリアはもう一度、足下に転がっている三つの死体を見た。
ラークが駆けつけなければ、こうなっていたのは自分とドリスかも知れない。
そんなことを考えると、ロベリアは首筋が寒くなった。
「行こう!」
ラークがまた言った。今度はロベリアもうなずく。
三人は、さらなる追跡者の影におびえながら、裏路地を走り始めた。
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