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ラークがロベリアたちを助けた頃、ウィルはベギラで最も人が賑わう歓楽街《幻夜通り》を訪れていた。
ここはベギラの悪名を知らしめている場所で、いかがわしい酒場や娼館が軒を連ねている。もっとも、ここが賑わうのはもっぱら夜のことで、太陽が高く昇った今は、眠ったように静まり返っていた。
しかし、こここそ、ソロン�言い�権勢を振るっていた頃から、盗賊ギルドの隠れ家があると噂されていたところだった。真っ当な人間がまだ街に残っているのなら、《皮剥通り》同様、近づこうとはしないだろう。今、こうしてウィルが歩いていても、あらゆる闇の奥底から、警戒の視線が張り巡らされている。もちろん、ウィルほどの男が、それに気づかぬはずはなく、また、それにおびえるようなこともなかったが。
平然と歩むウィルの足は、とある一軒の店の前で止まった。《堕楽館》。それは大きな娼館だった。
日が暮れるまで閉店であるはずの娼館の玄関を、ウィルはためらうことなくくぐった。そして、薄暗い店内を見回す。
そこは客を迎え入れるロビーになっていた。営業時間内であれば、ここで商売女たちが客を歓迎し、自分を指名するよう、濃厚なアピールをする場だ。しかし、今は昼に近い。あちこちのソファから、様々な寝息が聞こえてきた。
おそらくは夜の仕事に疲れ果て、自分たちの家に帰るのも面倒になった娼婦たちだ。肌も露わな、しどけない姿が目立つ。とりあえず、ひと眠りしてから、動き出そうと思っているのだろう。娼婦たちの年頃は様々で、まだ少女のような幼さを残している者もいれば、すでに四十を越えたと思われる強者も見受けられた。
「うっ、う〜ん……誰？ お客さん？ 悪いけど、また夜に来てくれない？ 昼間はやっていないのよ」
半ば眠ったような口調で、ウィルの来訪に気づいた二十歳そこそこくらいの女が、寝たまま薄衣の肩紐を直しながら言った。そのあと、むにゃむにゃと言いながら、また寝ようとする。ウィルはそれに応えず、そのままロビーを横切ろうとした。が、突然、今、応対した女がガバッと起き上がり、その足は止められた。
「誰、アンタ？」
女はそう言ってウィルの顔を見ると、呆けたように目を見開き、しばし見つめた。そして、さらに目が剥き出される。
「ひゃっ！」
声にならない悲鳴を上げ、女は口許を覆った。その途端、寝ていたソファから転げ落ちる。その足が近くのテーブルにぶつかり、上に乗っていたガラス製の水差しがぐらりと揺れた。中の水がほとんど入っていなかったせいもあり、バランスを崩した水差しがテーブルの上から落ちる。静寂を破る大きな音を立てて、水差しは床に砕け散った。
「何よぉ、もお！」
その音を聞きつけて、ロビーで寝ていた他の女が不機嫌な声を上げた。その他の女たちも目を覚ましたらしく、次第に起き始める。ウィルは、その女たちの中心にいた。
「えっ、誰なの？」
文句を言った女が、初めてウィルの存在に気づき、声を漏らした。だが、先程の女と同様、ウィルの顔を見た途端、ぽーっとなってしまう。
その反応は、一人の例外なく、皆、同じであった。無理もない。ただのハンサムや美形を超越したウィルの相貌を見てしまっては。
だが、さすがは男扱いにかけては百戦錬磨の彼女たちである。頬を紅潮させ、瞳を潤ませながらも、ほどなくして我に返った。そして、まるで競うかのように、ウィルへと駆け寄る。ウィルはたちまち八人の娼婦たちに囲まれた。
「あ〜ら、格好いいお兄さんねえ。昼間っから、こんなところへ何のご用？」
「そんなの決まっているわよねえ。ねえ、私と楽しいことしない？ とびっきりサービスをしちゃうわよん」
「何言ってんだい！ 年増は引っ込んでな！ このお客さんと寝るなら、私の方がふさわしいわ！ ──ねっ、お客さん？ 私みたいなタイプ、好みでしょ？」
「何よ！ 決めるのはお客さんだろ？ ──ああん、そんな目で見つめられると、それだけで私、濡れちゃうわん」
「私、もうダメ！ お客さんの好きにして〜ん！」
「そんな、私を選んでよ。お代ならいらないからさ」
「ずっる〜い！ だったら、私もタダでいいわよ！」
「この際だから、私たち全員を相手にするってのはどう？ 今まで味わったこともない快楽を教えてア・ゲ・ル」
そう言って娼婦たちは口々にウィルを誘い、その肉感的な肢体をこすりつけるようにしてきた。普通の男ならば、このような誘惑に抗えるわけがない。だが、ウィルは平然としていた。
「すまないが、オレは女を求めに来たのではない」
「まっ、声も素敵」
「マダムはいるか？」
ウィルのその言葉に、一瞬、娼婦たちは固まった。そして、次に身体をくねらせるようにして、イヤイヤをする。
「ええーっ!? 目的はマダムなのーぉ!?」
「そ、そっちの趣味!?」
「やだーぁ！ 幻滅！ こんなイイ男がマダムを選ぶだなんて、世の女たちにとって、大きな損失だわ！」
それぞれ、大袈裟とも言えるリアクションで、ウィルの発言を嘆いた。だが、それでもウィルは眉ひとつ動かさない。
やがて、一番年長と思われる娼婦が、大きなため息を吐き出し、あきらめたように言った。
「しょうがないね。私たちがどうこう言えるものじゃないし。──これ、スマイル！ スマイルはいるかい!?」
店の奥に向かって、年増の娼婦が大声で呼んだ。少ししてから、慌てた様子で一人の美少年が現れる。彼もこの店の従業員なのか、さっぱりとしたウエイターのような服を着ていた。
「はい、何でしょう？」
本当ならば、まだ眠っているはずのこの時間に呼び出され、美少年は戸惑っている様子だったが、娼婦たちが勢揃いして立っていたので、やや気圧されながらも用件を伺った。
「マダムへの客だよ。伝えてきておくれ」
そこで初めて、美少年はウィルの存在に気づいた。美少年ものぼせたようになる。
それを見て、娼婦たちはおかしそうに笑った。
「見てご覧よ、あのスマイルの顔！」
「まあ、無理もないね。このお兄さんの顔を見たら！」
「まだマダムに仕込まれている最中のスマイルがねえ。もう、あっちの方に目覚めちゃったんじゃないかい？」
娼婦たちにいいようにからかわれ、スマイルは顔を真っ赤にさせた。まだ、十五歳くらいの少年だ。きっと毎日、娼婦たちの玩具となっているのだろう。
スマイルは恥ずかしさに耐えながら、精一杯の声を出した。
「申し訳ございませんが、見も知らぬ方をマダムにお会いさせるわけには参りません。用件ならば、私がお伺い致しますが？」
やんわりと断られたウィルであった。だが、
「ウィルが来た、と言ってくれ。それだけでいい」
と、告げる。益々、周囲の者たちの目が驚きに満ちた。
「マダムの知り合いかい？ ひょっとして、昔の恋人とか？」
「そんなところだ」
無表情に答えるウィルの言葉は、真実とも冗談ともつかない。
ともあれ、スマイルとしては、一応、マダムに取り次ぐ必要が出てきた。
「分かりました。ここで、少々、お待ちください」
スマイルは一礼すると、一旦、店の奥に消えた。
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