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振り仰ぐウィル。
頭上からの襲撃者は、見慣れぬ黒装束の男だった。片刃の短剣のような武器を振り下ろしてくる。
ウィルは横へステップするように避けた。そこへ黒装束の男が着地する。
男は頭巾のような物をかぶり、眼の部分だけが覗いていた。鋭い眼光をウィルへと向ける。それはギルドの刺客フィアーを彷彿とさせた。
ウィルは攻撃魔法を仕掛けようとした。だが、黒装束の男はその隙を与えない。素早く次の攻撃を繰り出してくる。
突き出される小太刀の一撃は鋭かった。さすがのウィルも紙一重。小太刀がマントをかすめる。
両者は体を入れ替えた。だが、息つく暇もない。黒装束の男は、振り向きざまに左手を閃かせた。
黒装束の袖口から分銅付きの鎖がウィルへと伸びる。狙いは首だ。ウィルはかろうじて右手で払ったが、鎖はその右腕に巻きついた。
ジャラッ!
鎖はウィルの右腕の自由を奪い、グッと引かれた。ウィルは引っ張られないよう、懸命に堪える。黒装束の男の右手には、小太刀が握られたままだ。そして、左手の鎖を自分の腕に巻きつけるようにして、徐々にたぐり寄せていく。引き寄せたところを小太刀でトドメを刺す気だ。
そんな死闘が始まったのも顧みず、ロベリアは気絶しているラークを揺すっていた。死んではいない。呼吸は正常だ。
「ラーク、しっかりして! ラーク!」
ロベリアが頬をはたくと、ラークは眉間を歪め、首を動かした。そして、
「うっ、うーん……」
という、うめき声が漏れる。
「ラーク……」
安堵と同時に涙が出た。
アッシュたちに痛めつけられたのだろう。顔は腫れ上がり、手など肌が露出している部分には、打撲による変色も見られた。その痛々しい姿に、ロベリアは思わずしがみつく。
「ごめんなさい! 私があんなことさえしなければ……!」
悔恨の言葉が口をついた。そしてラークの胸で泣く。
クリステルが毒を飲み、失明した責任は自分にある。ただ盗むだけでなく、クリステルの好意を卑劣にも利用したのだ。ラークが盗賊ギルドへ乗り込んできたのも、マジック・アイテム《恭順の耳》を取り戻すということよりは、妹の悔しさを晴らすためだったに違いない。
ラークが真実を知ったら、どう思うだろう。その光景を想像して、ロベリアは目を閉じた。きっと許されないだろう。自分も弟マイケルを殺され、あれだけピットを憎み続けたのだ。同じ立場なら、決して許すことは出来ない。
そんな泣き続けるロベリアの頬を優しく撫でるものがあった。ラークの手だ。ロベリアはラークの顔を見上げた。
まだ、何となく朦朧とした目で、ロベリアを見つめるラーク。
「ラーク……」
ロベリアは真実を告白しようと思った。その結果、たとえラークに許されなくても。
だが──
「──!」
頬に触れていたラークの指先は、ロベリアの首筋へと移った。両手で頚部を圧迫してくる。
ロベリアは信じられないといった顔でラークを見た。ラークの形相が変わっている。
「死ねぇ!」
ゾッとするような言葉をラークは吐きだした。その顔は目が吊り上がり、歯がむき出しになっている。こんなラークを見たのは初めてだった。アッシュに相対したときでさえ、ここまでの表情を見せていない。
「ら、ラー……ク……」
ロベリアはラークの手首をつかんで、引き剥がそうとしたが、まったく動かなかった。その間にもラークの爪が首筋に食い込んでくる。息が出来ない。次第に視界がぼやけ、耳鳴りがした。
まさか、ラークは真実を知ったのではないだろうか。すべてを知っているアッシュが喋ったとしても不思議はない。それでロベリアを……。
もちろん、ロベリアの窮地をウィルが気づかぬはずがなかった。だが、目の前の黒装束の男を何とかしなければ助けにも行けない。危機打開のチャンスを窺った。
右腕を封じられているウィルは、魔法を使う隙も与えられず、一本の鎖によるせめぎ合いが続いていた。黒装束の男はかなりの手練れだ。隙がない。
しかし、隙を見いだせないのならば、作り出せばよい。逆にウィルの方から動いた。おもむろに黒装束の男へ突進する。
互いに引っ張っていた力が消失し、黒装束の男は一瞬だけバランスを崩した。すぐに立て直したのはさすが。だが、ウィルの速攻が襲いかかる。
ウィルは黒装束の男の頭上を飛び越え、鎖を相手の首に巻きつけようとした。その狙いに気づいた黒装束の男は、鎖が巻きつかないよう身体を回転させながら、着地したウィルへの距離を詰める。
ヒュッ!
襲いかかる小太刀。
その刃が顔に突き立てられる寸前、反対にウィルは鎖を両手に握って防御した。小太刀が鎖に食い込む。だが、切断には至らない。
黒装束の男は、一旦、身を引いた。そして、今度はウィルの腹部を狙ってくる。
ウィルは最小限の動きで、横に飛び退くようにして回避した。と、同時に、右腕に巻きついたままの鎖を黒装束の男の顔面目がけ振るう。
ジャラッ!
ムチのようにしなった鎖は、頭巾の顔を痛打した。思わず黒装束の男がひるむ。その隙に、今度は小太刀を持つ右腕に素早く鎖を絡め、自由を奪った。
だが、黒装束の男の武器は、小太刀と鎖だけではなかった。両手を封じられている男が、踵で床を叩くと、爪先から鋭い刃が飛び出る。
鋭い蹴りがウィルを襲った。ほとんどもつれ合うような格好で、間合いなど皆無。離れようにも、鎖の長さが足りなさすぎた。
ウィル危うし! が、その刹那──
黒い美影身が宙に躍った。
黒装束の男は虚を突かれたに違いない。爪先の刃を唯一逃れられる場所。黒装束の男の頭の上に倒立して回避するとは。
空中静止。その瞬間、ウィルは時間を稼ぐことが出来た。
「ディロ!」
ウィルの必殺魔法。それはゼロ距離発射によるマジック・ミサイルだった。
魔力の込められたマジック・ミサイルは、黒装束の男の頭を見事に吹き飛ばした。
一回転するように、男の背後に着地したウィル。それに対し、首がなくなった黒装束の男は、砂上の楼閣のように灰となって崩れ去った。
多分、アッシュの《灰燼剣》によって、操られていたのだろう。だが、そんな詮索をしている暇はなかった。
その間にも、ロベリアはラークによって絞め殺されかけていた。すでに意識を失い、身体から力が抜けてしまっている。
ウィルは駆けた。黒いつむじ風。ラークの首筋に手刀を叩き込んだ。
「うっ!」
ラークは白目を剥いて倒れた。ロベリアもその場に崩れる。首にはラークの指の痕がくっきりと残っていた。
だが、間一髪、ロベリアは助かった。もう少し助けるのが遅ければ、命を落としていたかも知れない。
倒れたラークの耳から、小さな巻き貝のようなものがこぼれ落ちた。ウィルがそれをつまみ上げる。そして、ギュッと握りしめた。
それはラークが追っていたマジック・アイテム──《恭順の耳》だった。
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