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ミシルは目を覚ましたとき、自分がどんな状況にいるのか、まったく分からなかった。
まず、目に入ったのは自分の足だった。そして、なぜか自分を囲っている木製の檻。身をよじろうとしたが、あまり自由には動けなかった。
「な、なんなの、これ? ここはどこ?」
「お目覚めか。ここはサジェスの集落だ」
頭の後ろの方から声がして、ミシルは首をひねった。
そこには三人のエルフがいた。ミシルを捕らえた者たちだ。三人とも、ハーフ・エルフの少女を蔑むような目つきをしていた。
「あなたたち! ──っ!?」
ミシルが一言文句を言ってやろうとした途端、視界が大きく揺れた。揺れているのはミシルの方だ。こちらを見ているエルフたちの姿勢も奇妙に思えた。
「いい格好だな」
ミシルに呪文をかけたエルフが嘲笑った。その手には、眠っている間に外されたと思われるミシルの《幻惑の剣》が握られている。ミシルは改めて、自分の状況を確認した。
どうやら、ミシルは木から吊り下げられたカゴのようなものに閉じこめられているようだった。後ろに回された手と足が、ロープ代わりの木の蔦によって縛られており、頭を下にした格好で転がされている。カゴはとても小さく、ミシルが姿勢を変えるのも困難だった。
「何すんのよ!」
屈辱的な格好を見られて、ミシルは顔を真っ赤にして大きな声を出した。しかし、ミシルを見上げているエルフたちは笑うばかりだ。
「手荒なマネをしなかっただけでも感謝してもらいたいものだな」
白魔術<サモン・エレメンタル>を使うエルフが空々しく言った。この中では、彼がリーダーらしい。
「こんな不当な扱いを受ける覚えはないわ!」
高慢なエルフたちの態度にすっかり腹を立てたミシルは、猛烈に抗議した。だが、エルフたちは肩をすくめる。
「不当な扱いだって? この《神秘の森》はエルフ族以外の者は足を踏み入れてはならない。そういう不可侵の掟があることを知らないのか?」
「知ってるわよ」
「じゃあ、尋ねるが、お前は何だ? エルフか? 偏屈なドワーフか? それとも野蛮な人間か?」
「私はどれでもないわ! ハーフ・エルフよ!」
「その通り。掟には『エルフ族以外の者』とある。ハーフ・エルフはエルフじゃない」
「違うわ! 私だって、立派なエルフ族の一員よ! イスタの集落に問い合わせてもらえば分かるわ!」
イスタの集落の名前が出て、他の二人のエルフがリーダーの顔を窺った。
「アルフリード……」
それがリーダーの名前であっただろうか。
エルフ間でのもめ事や争い事は御法度であった。もし、ミシルが本当にイスタの集落の者であれば、このような扱いは大問題になるだろう。それを他のエルフたちは危惧したのだ。
しかし、アルフリードはそれをまったく意に介さなかった。
「イスタの名前を出せば、私たちがひるむと思ったか? 先程から一角獣<ユニコーン>の乗り手だとか、見え透いたウソなどつきおって!」
「ウソじゃないわ! 本当よ! 私はイスタのミシル! 傷ついた一角獣<ユニコーン>を捜して、森に迷っただけよ!」
ミシルは懸命に自分の正当性を主張した。
そこへ鈴が鳴るような笑い声を上げながら、女性のエルフが現れた。
「何か騒がしいと思ったら、また侵入者?」
「ネーア、お前には関係ない。みんなのところへ帰っていろ」
アルフリードがネーアと呼んだ女エルフに対し、突き放すように言った。するとネーアの方は反対に、艶然と微笑む。女の色香をまとったエルフだった。他の二人のエルフがかしこまる。
「別にいいじゃない、兄さん。私、ハーフ・エルフって見たことないのよね。見学させてよ」
そう兄のアルフリードに言い訳すると、ネーアはカゴの中に閉じこめられたミシルに近づいた。
ミシルは自分がまるで珍獣にでもされた気分で、恥ずかしくもあり、怒りもおさまらなかった。興味津々な様子のネーアを睨み返す。
ネーアは大袈裟に驚いてみせた。
「まあ、これがハーフ・エルフ? 見た目、私たちに似ているけど、やっぱり無粋な人間の血が混ざっているせいかしら、野蛮な印象を受けるわね。それにこの怖そうな目。今にもここから飛び出して、私の首を絞めてやろうって気かしら?」
「ううううううっ!」
「あら、ハーフ・エルフって言葉が喋れないの?」
「喋れるわよ!」
生い立ちのせいで、これまでもイスタの集落でイヤな思いをしたことはあったが、さすがのミシルもここまでの屈辱を受けたことはなかった。首を絞めるかどうかはともかく、ネーアのきれいな顔に、思い切り爪を立ててやりたい気分だ。
ネーアはまた鈴の音のような笑い声を上げた。
「これは失礼。何しろ、ハーフ・エルフなんて珍しいものを見るのは初めてだったもので。──それで兄さん、このハーフ・エルフ、どうするの?」
「森に入って来た者は森の外へ追い返す。それが私たち《監視者》の仕事だ」
「あら、そう。──良かったわね、とりあえず、殺されずに済みそうよ」
「もっとも、あまりにも抵抗するようなら、こちらも実力行使に出るがな」
「ですって。あなたもお気をつけなさい」
ハーフ・エルフに対して偏見を持つ兄妹に、ミシルははらわたが煮えくり返った。まったく、今はこんなことをしている場合じゃないのに。
そこでミシルはハッとした。さっき、アルフリードはここがサジェスの集落だと言っていた。サジェスといえば、ミシルがダーク・エルフと戦った小川よりも森の外縁に近い場所だ。ミシルはあまり遠出をしたことがないので、森のことには詳しくないが、以前、サラフィンから地図を見せてもらったことがある。この辺をダーク・エルフが徘徊している可能性は高い。
イヤな連中ではあるが、ミシルは彼らに警告せねばと思った。
「ねえ、聞いて。この森にダーク・エルフが侵入したの!」
「ダーク・エルフ?」
突然、ミシルがそんなことを口にするので、アルフリードたちは顔を見合わせた。そして、一斉に吹き出す。
「何をそんな作り話を!」
「そんなことを言って、うまく逃げ出すつもり?」
四人のエルフはミシルの話など、まったく信じていなかった。
「本当よ! 本当なのよ! 私、そのダーク・エルフと戦ったんだから!」
ミシルは必死に言い募った。だが、アルフリードたちは取り合わない。
「お前がダーク・エルフとね! そりゃ、傑作だ!」
「同じウソをつくにしても、もっとリアリティのあるものにしなさいよ!」
「大体、私は《監視者》だ。ダーク・エルフの侵入に気づかぬわけがない。他の《監視者》も同様だ」
「でも、事実よ!」
「黙れ! セル・サリベ!」
アルフリードが呪文を唱えた。すると手を縛っていた蔦が伸び、ミシルの口を塞いだ。まるで猿ぐつわである。ミシルは完全に沈黙させられた。
「私たち《監視者》を愚弄することは許せん! 私たちはこの森の安全を常に守っているのだ。ダーク・エルフに侵入などさせるものか。──行くぞ。いつまでも、こんなハーフ・エルフに付き合っていられん。──エムニム、見張りを頼む」
カゴの中でジタバタともがくミシルに一瞥も与えず、一人のエルフだけを残して、アルフリードたちは去っていった。
ミシルは悔しかった。ハーフ・エルフというだけで、自分のすべてを否定されてしまったことに。そして、やはりサラフィンの言うとおり、森の中での単独行動は慎むべきだったと後悔した。
ミシルはアルフリードたちが去った方向を見つめた。生い茂った樹木しか見えないが、そっちにサジェスの集落があるのだろう。
辺りはすっかり夜の帳が降りて、ミシルは空腹感を募らせた。
するとそこへ、去ったはずのアルフリードが一人で戻ってきた。見張りに立っていたエルフのエムニムが怪訝そうな顔をする。
「どうしました?」
「いや、別に大したことじゃないんだが」
そう言って、アルフリードはエムニムに近づいた。そして、エムニムが手にしていた槍をつかむ。エムニムは反射的に、その手を離した。
「見張りはもういいぞ」
「え?」
次の瞬間、ミシルは悲鳴を上げそうになった。だが、口にしっかりと噛まされた蔦が、それを押し殺す。
槍を手にしたアルフリードが、仲間であるはずのエムニムをいきなり突き刺したのだ。
槍の穂はエムニムの背中まで貫き通していた。信じられぬといった表情のエムニムがアルフリードにすがろうとする。それをアルフリードは槍を引き抜くことによって避けた。
地面にエムニムが力なく倒れた。すぐに息絶える。
ミシルはその現場を目撃し、身をよじらせた。だが、カゴを揺らすばかりで、まったく身動きが取れない。
血に染まった槍を手にしたアルフリードが、吊されたミシルを見上げた。そして、残忍な笑みを向ける。先程までも、かなりイヤなヤツだとは思っていたが、今のアルフリードはさらに最悪だった。
アルフリードはミシルを見上げたまま、左手で自分の顔を撫でた。改めて現れた顔に、ミシルは驚愕する。
それは死んだはずのエムニムの顔だった。そして、そのエムニムの足下には、やはり倒れているエムニムが。
ミシルは、この殺戮者がダーク・エルフだと悟り、恐怖に目を見開いた。
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