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吟遊詩人ウィル

冒された森

−15−

 アッガスはほぞを噛んだ。
(よりにもよって、こんなときに……)
 目の前に現れた奇妙な風体のエルフ──イスタの《監視者》トーラスが油断なく長槍<ロング・スピア>を構えるのを見て、アッガスは自分の不運を呪った。
 確か、昨夜──いや、ほんの数刻前にも出会ったエルフだと、アッガスは思い出していた。トーラスが捕まっていたミシルを救出しようとしたときである。あのとき、兄を殺されたと思い込んだネーアが、しきりにミシルを非難し、それをトーラスが擁護していた。そんな三人へ、火龍となったアッガスが襲いかかったのだ。
 アッガスはサジェスの集落を焼き尽くし、同時にそこで生活していたエルフたちを皆殺しにした。好きなだけ暴れるがいい、というロンダークの言葉通り、殺戮を繰り広げたのである。それはアッガスにとって無上の喜びであり、快感であった。
 だが、アッガスがまだ生き残っていた三人に襲いかかろうとした刹那、いきなりロンダークが飛び出してきて、どういうわけかネーアをかばったのだ。しかも、眼前に迫ったアッガスの火龍を見て気を失ったエルフであるネーアを、ダーク・エルフであるはずのロンダークが火の海から助け出したのには、さらに驚かされた。
「アッガス、この女も、逃げたヤツらも今は殺すな」
 ロンダークはそうアッガスに命じた。別にアッガスはロンダークの下に就いたつもりはない。しかし、その不可解な行動には何か理由があるのだろうと思い、それに従った。
 火龍からの変身を解いたアッガスは、サジェスの集落から少し離れた安全な場所で、ロンダークに事情の説明を求めようとした。
 だが、力を使ったアッガスは、思った以上に疲労していた。地に降り立ったとき、膝からくずおれたほどである。
 そんなアッガスに対し、サジェスの集落から連れ出したネーアをそっと草むらの上に横たえたロンダークが、卑下したような目で見つめた。
「どうやら、お前の能力は絶大な威力を発揮するが、その分、大きく命をすり減らしすようだな」
「う、うるさい……」
 アッガスは邪険にしたが、そのロンダークに顔すらも上げられなかった。少しでも気を抜いたら、意識を失いそうだった。そして、ロンダークが言ったことは的を射ていることに、ショックを隠せない。一つの集落を壊滅させたが、まだまだアッガスには物足りなかった。
 すっかり弱り果てたアッガスにロンダークは近づくと、しゃがんで目線を合わせようとしてきた。
「それにしても、お前はせっかく仕組んだオレの企てを台無しにするつもりだったのか?」
「く、企てだと?」
 そんなことは最初から聞かされていなかった。ロンダークが先にサジェスへ潜入したのには、何某かの企みがあってのことだとは察していたが、その内容まではまったく知らされていない。よって、ロンダークに邪魔をするなと言われるのは心外だった。
 エルフ族を皆殺しにすることしか興味のないアッガスに、ロンダークは半ば呆れたような口調で、自分の策略を話した。
「お前は認めないかもしれないが、オレたち七人でこの森のエルフたちを全滅させるのは無理だ。ここはオレたちにとって敵陣の真っ只中であり、人数的にも圧倒的に不利だからな。それに、デスバルク様が授けてくれたこの力は、オレたち自身の肉体をも蝕み、残された時間は少ない。それは今のお前が充分に実感しているだろう?」
「………」
「そこで使命を果たすためには、もっと効率のいい方法を行うべきだとオレは考えた」
「効率のいい方法?」
「そうだ。つまり、ヤツら自身の手によって、仲間を始末させるんだ」
「そ、そんなことができるのか?」
 エルフ族は人間のように、同族同士で争うようなことはない。彼らはそういった意味で、人間たちよりも精神的に成熟しているのだ。アッガスには同士討ちなど不可能に思えて仕方ない。
 しかし、ロンダークは尋ね返すアッガスにしっかりとうなずいた。
「ここのエルフたちは掟に縛られ、この森の中に閉じこもっている。一見、結束の絆が強いように見えるが、そこが付け入る隙さ。お前も知っているように、ここにはエルフたちしか立ち入ってはいけない掟になっている。迷い込んだ人間すらも追い返す徹底ぶりだ。ところが、この森には人間の血を引いたハーフ・エルフもこっそり暮らしていたのさ」
「ハーフ・エルフが?」
 そのとき、アッガスにはピンと来なかった。ハーフ・エルフでも半分はエルフだ。ダーク・エルフであるアッガスとすれば、どちらもあまり変わらない気がする。ところが、ロンダークによれば、森のエルフたちは半分が人間の血であることを重く受け止めるらしいのだ。
「このことは、ハーフ・エルフを匿っているイスタのエルフしか知らない秘密だ。もし、これがバレたらどうなる? 身内に掟破りのエルフがいるということだ。しかも、そのハーフ・エルフは殺人まで犯していると分かれば、さすがのヤツらも色めき立つ」
「何、本当か?」
 アッガスが真偽のほどを尋ねると、ロンダークが意味ありげな笑みを浮かべたので、すぐにどういうことなのか悟った。ロンダークのことだ、ハーフ・エルフに変身し、エルフ殺害をわざと見せたに違いなかった。つくづく悪知恵が働く男だと思う。
「そのハーフ・エルフがさっき逃げたヤツであり、殺しを目撃したのがこの女──まあ、そのときはすでに殺したあとで、オレは一芝居打っただけ──というわけだ。しかも死んだのは、この女の兄。ハーフ・エルフが仇だと思い切り信じ込んでやがるぜ」
 心を読めるロンダークは、ネーアのことを完全に見抜いていた。ロンダークの恐ろしさは、その変身術と読心術の両方を持っていることだと、アッガスは改めて思った。
「あとはこの女がエルフどもに助けられ、そのことを話して聞かせれば、ヤツらは勝手に仲間割れしてくれるだろう。ハーフ・エルフを匿っているのは誰かってな。しかも、お前がこうやって暴れ回ってくれたお陰で、ヤツらはすっかりナーバスになっている。掟を絶対視するエルフたちは、きっとハーフ・エルフをかばおうとする者を排除しようとするだろう」
「なるほど。この先は、大体、読めたぜ。お前はその不仲を利用して、さらに疑心暗鬼に陥らせ、エルフどもが同士討ちするよう仕向けようってわけだな」
「ようやく分かったか」
 そう言ってロンダークは立ち上がると、一人のエルフに変身した。ロンダークがアルフリードの前に殺したエムニムという若いエルフである。あの大火の中では、誰が死んだものか分からないだろう。
「オレは集落の生き残りとして、この女を連れ、他のエルフたちと接触する。細工は流々、仕上げをご覧じろ、さ」
 こうしてロンダークは、ネーアを連れて、消火活動に集まり始めてきたエルフたちの元へ去った。
 一方、一人残されたアッガスは、立って歩くことも出来なかったため、また近くの茂みで身を潜ませ、休むことにした。こんなところをエルフに発見されたら大変だが、かといってロンダークに一緒に連れて行ってくれとも言えない。アッガスは不死王<ノーライフ・キング>デスバルクによって選ばれた戦士だ。いつでも死ぬ覚悟は出来ているし、今のアッガスではロンダークの足手まといになる。ロンダークは気にくわないヤツだが、デスバルクの命で動く以上、その邪魔をするのははばかられた。
 かくして、朝は訪れた。アッガスをめざとく見つけたエルフの《監視者》と共に。
「お前がサジェスの集落を襲ったのか?」
 トーラスは殺気のこもった目つきで、アッガスをねめつけた。アッガスはふらつく体を何とか立て直そうとする。
「そうだと言ったら、どうする?」
 少し休んだお陰で、アッガスは強気の姿勢を保てた。しかし、火龍へ変身するのは、まだ無理そうだ。
「イスタの《監視者》として、この場で処断する!」
 それは言うまでもなく、命を奪うという宣言だった。
 アッガスは笑った。こうして見つかってしまったのは不運だが、もし、このまま茂みの中で朽ち果てたらどうしようかと思っていたところだ。昨夜からアッガスが、一番、恐れていたことである。しかし、願ってもいない死に場所が見つかった。やはり戦いの中で死んでこそ、ダーク・エルフの戦士だと思う。
「そう簡単に、この命をやりはしないぞ!」
 アッガスは腰から両手用の長剣を抜きはなった。奇妙な形の刀身。まるで波を打ったような刃で、一見、立ち昇る火柱にも見えた。
 フランベルジュ。
 その美しい見かけとは裏腹に、独特な形をしている刃に斬りつけられれば、肉片を抉り取られ、無惨な傷口を作る、とても殺傷能力の高い剣だ。
 デスバルクから火龍の力を授かるまで、アッガスはこのフランベルジュで多くのエルフを殺してきた。体調は思わしくないが、剣技には自信を持っている。両手でフランベルジュをしっかりと握り、トーラスを見据えた。
 対するトーラスも、気迫負けはしなかった。
「もう一度、訊く。お前がサジェスを襲ったのか?」
「そうだ。連中、面白いように燃えたぜ。ギャーギャー喚きながら逃げまどってな。だが、オレの炎に巻かれた連中は、逃げ場を失い、バタバタと虫けらのように死んでいったぜ! じきにお前の住んでいる集落も炎の海にしてやる! その前に、お前を先に送ってやろうか!?」
「き、貴様ーぁ!」
 その言葉に怒りを爆発させたトーラスは、同胞たちの仇へ向かって、敢然と突進した。


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