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吟遊詩人ウィル

冒された森

−16−

 さすがは《神秘の森》を守る《監視者》。トーラスの槍使いは素晴らしかった。
 穂先がアッガスの眼前をかすめる。アッガスは思わず、ふらつく足で後退した。
 ──できる!
 ダーク・エルフの中でも名うての戦士であるアッガスは、目の前のエルフの実力を認めた。
 もし、アッガスの体調が万全であれば、このような好敵手と巡り会うことが出来て、愉悦を感じたことだろう。だが、今のアッガスはまるで死を目前にした病人のような状態で、こうして立っているだけでも奇跡的だといえた。とてもじゃないが、戦いを楽しむような余裕はない。
 よろめく相手に対し、トーラスはまったく容赦しなかった。
 トーラスの仕事は《監視者》であり、この森の警護だ。その森を脅かすダーク・エルフを断じて許すわけにはいかない。例え、アッガスが特殊能力を得た反動で半死半生たろうとも、手を緩めるようなことはなかった。
 アッガスは苦し紛れに、フランベルジュを振るった。トーラスが長槍<ロング・スピア>を引っ込める。刃が波打つ形状をしたこの剣が、いかなる代物であるか、トーラスはよく知っていた。もし、長槍<ロング・スピア>に当たりでもすれば、真っ二つに折られるだろう。
 それを裏付けるかのように、無茶苦茶に振るったフランベルジュが木の幹を抉る光景をトーラスは目の当たりにした。大きく抉られた木片が飛ぶ。恐るべき鋭さだ。
 しかし、いかに殺傷能力の高いフランベルジュといえども、当たらなければどうということはない。しかもトーラスの武器は、距離を保ちながら戦える長槍<ロング・スピア>である。その特長を生かし、アッガスを牽制しては、隙を窺った。
 一方、アッガスにしてみれば、戦いを長引かせるのは得策ではなかった。立っているだけでも体力が消耗していく。早めに決着をつけたかった。
 それにはどうしても、フランベルジュ一本では心許なかった。やはり、火龍の力が使えればと思う。アッガスは今の自分にどれだけの力があるか計った。
 その間にも、トーラスの攻めは続く。身の丈の倍はある長槍<ロング・スピア>がアッガスの足を払おうとしてきた。アッガスはそれを軽いジャンプでかわすが、着地でよろめいてしまう。
「──!」
 その隙をトーラスは見逃さなかった。一気に踏み込んで、アッガスの胸を貫こうとする。
 シュッ!
 アッガスは上体をひねるようにして、長槍<ロング・スピア>の一撃を回避した。そのままトーラスへ接近し、フランベルジュで斬りかかる。相手の懐に飛び込んで、活路を見出そうというわけだ。
 トーラスの対応は早かった。一撃がかわされたと見るや、身体を回転させ、穂先とは反対側でアッガスの胴を打つ。
 バシッ!
「ぬあっ!?」
 アッガスは地面に転がされた。しかし、すぐにトーラスの方へ向き直ったのはさすがだ。
 トーラスは頭上で長槍<ロング・スピア>を回し、構え直した。
「どうやら、体が満足に動かないようだな」
 立ち上がろうとするアッガスに向かって、トーラスは言った。アッガスは歯ぎしりする。トーラスはアッガスの様子を窺った。
「禁呪のツケというヤツか。そこまでして、この森を滅ぼそうとするとは、オレには理解できん」
「理解してもらわなくても結構。それどころか、貴様らエルフに理解などされたくないわ」
 アッガスは強気を崩さなかった。弱味を見せては負ける。そういう信念を持っていた。
「そんな体で、オレたちを皆殺しにすることは不可能だ。すでにお前の仲間は三人死んでいる。お前を入れても、あと四人だな」
 トーラスの言葉に、アッガスはドキリとした。確かロンダークは、ヒヒトとグノーの思念が途絶えたと言っていたはずである。あとの一人とは誰のことか。まさか、ロンダークの正体が見破られたのではと危惧した。
 しかし、今はロンダークの心配などしている場合ではなかった。それに、自分はロンダークを嫌っていたではないか、と自嘲する。
 とはいえ、ロンダークや目の前にいるエルフの《監視者》が言うように、いくら禁呪の力が強大でも、こんな体ではエルフたちの掃討など難しい。やはり、ロンダークが企てた仲間割れのような策が必要かもしれないと、アッガスも思うようになった。
「すぐに他のヤツらも地獄へ送ってやるぜ!」
 トーラスが再び仕掛けた。
 アッガスは慌てて立ち上がった。長槍<ロング・スピア>をやっとのことでかわす。つまずきそうになりながら、大木の陰に身を隠した。
「おいおい、逃げるのか?」
 トーラスが不満げな声を上げた。ダーク・エルフは卑怯な手を使うが、決して臆病ではない。だからアッガスの動きは意外だった。
 それに一番腹立たしい思いをしているのはアッガスだった。同族の中でも戦士として敬われた自分が敵に対して背中を見せるなど、屈辱でしかない。それでも、何とかトーラスを斃す方法を模索した。
「チクショウ、力さえ使えれば……」
 アッガスは左手の平を握ったり、開いたりした。そこに炎を作り出すイメージをする。ほんの少しだが、力が流れるのを感じた。
(一発くらいなら出来るか……?)
 火龍への変身は無理だが、火炎弾なら一発放つことができそうだ。アッガスは木の陰からトーラスの方を窺った。
 ところが、トーラスの姿はいずこかへ消えていた。一体どこへ。
 ガサガサガサッ
 頭上で木の葉のこすれる音がした。アッガスはそれを確認するよりも早く、その場から離れる。一瞬遅れて、トーラスが上から飛び降りてきた。
 木へ登ることも、飛び移ることも、《監視者》であるトーラスにとっては容易いことだった。それに隠れている相手を探すには、上から見下ろすに限る。
 判断が良かったアッガスは、トーラスの奇襲から免れることが出来た。再び対峙する二人。
 アッガスの息は完全に上がっていた。もう長くは立っていられそうにない。
 とうとうアッガスは勝負に出た。
「やああっ!」
 フランベルジュを振りかざし、トーラスへと突っ込むアッガス。
 トーラスは長槍<ロング・スピア>の手元をギリギリのところで握ると、そのリーチの長さを最大限に生かし、アッガスに向かって振り回した。
 その刹那、アッガスの左手がトーラスに向けられる。
「死ね!」
 火炎弾が発射された。白魔法<サモン・エレメンタル>のファイヤー・ボールに匹敵する大きさだ。トーラスの目が見開かれた。
 ドォォォォォォォォン!
 トーラスがいたところを中心にして爆発が起こった。そばに立っていた木が根元近くから千切れ飛ぶ。たった一発ながら、恐るべき威力だった。
「ハッハッハッハッ、どうだ!」
 苦しい戦いを逆転で制し、アッガスは感情を弾けさせた。残った力を使って、今にも倒れそうだが、そんなことも気にならない。
 煙が晴れると、無惨な爆発の痕が現れた。周囲の草木は飛び散り、地面まで抉られている。トーラスの姿は跡形もない。
 アッガスは死体を確認しようと、着弾地点へ近づこうとした。
「やはり、そんな奥の手を持っていたか」
「──っ!?」
 聞き覚えのある声に、アッガスは自分の耳を疑った。まさか、あの世からの恨み言か。
「どこだ!?」
 アッガスは振り返った。
「こっちだ」
 さらに前に向き直ると、そこにトーラスが立っていた。長槍<ロング・スピア>をまるで天秤のように肩に担いだ格好で。
 信じられなかった。トーラスに逃げる暇など、なかったはずだ。
 もう火炎弾を発射する力は残されていない。アッガスはフランベルジュでトーラスに斬りつけた。
 そんなアッガスに対し、トーラスはなぜか一歩も動かなかった。不敵な笑みを浮かべるのみ。
 フランベルジュがトーラスを斬り裂いた。
 次の瞬間、水しぶきがあがるのと不思議な手応えに、アッガスは驚愕した。まるで水たまりを叩いたような感触だ。
 そして、トーラスの姿は、また消えていた。
 いつの間にか、周囲に霧が立ちこめ始めていることに、アッガスは気づいた。
 どこからか、トーラスの声が響いてくる。
「お前は炎の使い手らしいが、オレが得意とするのは水の魔法。お前が攻撃したのは、霧のスクリーンに映し出されたオレの幻影だ」
 そう言うや否や、アッガスの周りを取り囲むように、いくつものトーラスの姿が映し出された。
「この《万槍幻霧陣》、破れるか?」


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