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吟遊詩人ウィル

仮面の魔女

−10−

 ヴァルキリーたちよりも先行していたらしき探索者たちは、同業者を見かけて、その表情を強張らせた。ジョーやスカルキャップ同様に、各々の武器に手を伸ばす。それが悪名高いザカリヤ一党であると見抜けば、なおさらであっただろう。
 そして、ヴァルキリーも彼らの顔に見憶えがあった。昨夜、宿屋の酒場で忠告を与えてきた三兄弟だ。
「お前ら、どうやってここまで」
 長兄のタイラーが殺気をみなぎらせながら尋ねた。両手にそれぞれ松明と短剣<ショート・ソード>を持っている。腰にはもう一本の短剣<ショート・ソード>が差してあった。
「聞くまでもないでしょ。私たちだって、この遺跡に潜っているのだから」
 マーベラスはこの三人の他に仲間がいないか注意しながら言い返した。どうやら伏兵の心配はなさそうで、タイラーたちは兄弟三人で遺跡探索をしているらしい。
 しかし、タイラーはマーベラスの言葉を鵜呑みにはしなかった。
「ふざけるな。あの複雑なジャイアント・アントの巣をそう簡単に抜けられるものか。オレたちだって、この半年間、何百回と潜って地図を作り、ここへ通じているルートを見つけたのだぞ。昨日から潜り始めたお前らに可能なはずがあるまい!」
「さすがに気づくか。ご苦労だったな、諸君。キミたちのおかげで、こうして我々も辿り着けた」
 魔法の安楽椅子<マジック・チェア>に座って一同を睥睨しながら、ザカリヤは感謝の意を述べた。無論、感情などこめられてはいないし、タイラーたちが快く受け入れるはずがない。
「やはり噂どおりに汚い野郎のようだな、ザカリヤ。遺跡の入口からオレたちの後をつけてきたか?」
「察しの通り――と言いたいところだが、正しくはその半分じゃ。我々には便利な方法があってな」
 そのとき、口笛のようなものが吹かれた。それがアルコラの仕業であると、誰が気づいたか。ほとんどの者には分からなかったはずだが、口笛の音に反応したものらしく、三兄弟の一人、マークの背負い袋から何かが飛び降り、目にも止まらぬ速さでアルコラのローブの袖元へと隠れてしまった。
 それは一瞬の出来事であり、そのすばしっこいものの正体は判然としなかったが、蜘蛛のような、それでいて軟体のタコのような、とにかく脚がいっぱいあって、一見して気持ちの悪い生物のようだった。
「な、何だ、今のは!?」
 自分の背中にくっついていたらしきものを目撃し、マークは気味悪そうにアルコラを見た。多分、生き物と思われるそれは、今もアルコラのローブの下に隠れ、息づいているのだ。そんなものを懐に入れ、平然としていられるこのローブ姿の男が、実に得体の知れぬ不気味な人物に思えた。
 その感想は、アルコラの仲間であるはずのヴァルキリーやジョーにしても同じだった。一応、一緒にパーティを組んではいるが、同行しているアルコラのことはほとんど知らない。益々、謎が強まり、疑いも向けずにはいられなかった。
 だが、そんなアルコラを雇い主であるザカリヤは信用しているのだろう。彼の働きには満足しているようだった。事実、こうしてタイラーたちの足跡を追い、最短でジャイアント・アントの巣を突破できたのは、アルコラと彼が飼っている――と思われる――謎の生き物の手柄なのだ。
「ここまでの道案内、ご苦労。あとは我々に任せたまえ。キミたちは命を落とす前に、ここから引き返した方がいいのではないかな」
 まんまとザカリヤに利用されたらしいと知ったタイラーたち兄弟は、当然のことながらこのまま引き下がってなどいられなかった。ザックは手斧<ハンド・アックス>を握り、マークは十字弓<クロスボウ>を構える。自分たちをないがしろにしてくれた連中に仕返しをしなくては腹の虫がおさまらなかった。
「待って!」
 一触即発の険悪な雰囲気の中、ヴァルキリーは一行の先頭に躍り出ると、タイラーたちの前に立ちふさがった。
「おい、ヴァルキリー!」
 ジョーはあまりにも無防備すぎる行動に肩をつかんで下がらせようとしたが、ヴァルキリーは振り払うようにして、それに抗った。そして、両手を広げるようにして、タイラーたちに訴えかける。
「こんなところで私たちが争ってもしょうがないわ! ムダな血を流すだけよ!」
「こんな汚いマネをされて、黙っていられるかってんだ! ケンカを売ってきたのはそっちだろうが!」
 タイラーは吼えた。まるで怒り狂った野獣だ。彼らの怒りはヴァルキリーにも、充分、理解できた。
「この半年間、オレたちがどんな苦労をしてここまで辿り着いたか知るまい! あの複雑なジャイアント・アントの巣を地図に描き起こした一番下の弟ベスは、アリ地獄に落ちてアントリオンに食われちまった! あいつは泣き叫びながら死んでいったんだ! 地図を残してくれたあいつのためにも、オレたちはここで諦めるわけにはいかねえ! 特にザカリヤ、てめえのような悪党の前ではな!」
「だからって――!」
「うるせえんだよ、この仮面女!」
 仲裁しようとしているヴァルキリーに向けて、マークが問答無用で十字弓<クロスボウ>を撃った。反射的にジョーがヴァルキリーを突き飛ばす。
「あぶねえ!」
 間一髪、矢はヴァルキリーをかすめた。ジョーが突き飛ばしてくれていなければ、急所はともかく、身体のどこかに刺さっていただろう。
「この野郎、やりやがったな!」
 大切なヴァルキリーを傷つけられそうになり、ジョーもまた堪忍袋の緒が切れた。サーベルを抜き、十字弓<クロスボウ>を撃ったマークへ斬りかかる。
 その弟を守るため、タイラーも動いた。ジョーに向って、持っていた松明を投げつける。ジョーはそれをサーベルと叩き落としたが、その間にタイラーはもう一本の短剣<ショート・ソード>を抜いていた。
「オレが相手だ!」
「二刀流か。面白えっ!」
 ジョーとタイラーは真っ向から斬り合った。ジョーのサーベルをタイラーの交差させた短剣<ショート・ソード>が受け止める。力比べとなり、両者は火花を散らすように睨み合った。
 その隙にマークは二射目を撃った。次の狙いはドワーフのスカルキャップだ。今度は狙い違わず、矢は鎖帷子<チェイン・メイル>を貫いて、右肩に突き刺さる。床に倒れ込んでいたヴァルキリーは、これでどちらかが犠牲者を出すまで戦いを止められなくなったと悟り、悔んだ。
 矢を受けたスカルキャップは呻き声ひとつあげず、仁王立ちになりながらマークを睨んだ。その痛みこそが、この狂戦士<バーサーカー>の闘志に火をつけたに違いない。スカルキャップはハルバードを持ち、マークへと突進した。
「こいつを喰らいやがれ!」
 身長こそ低いが、重戦車のようなスカルキャップに正面からぶつかっても勝ち目はないと見たか、ザックが腰のポーチから何か丸い物を取り出し、投げつけた。それはまんまとスカルキャップの顔に命中し、砕けて、パッと粉のようなものを飛び散らせる。その途端、スカルキャップの足が止まった。
 粉まみれになったスカルキャップの顔はしかめられ、つむった目からは涙が流れていた。おそらく、ザックが投げたのは中身を抜いた玉子で、中に刺激物となるようなものを詰めておいたのだろう。目にしみるらしく、スカルキャップはしきりに手で擦ったが、そんなことをしてもムダだった。
「今だ! 撃て、マーク!」
 ザックの指示で、マークはまた十字弓<クロスボウ>で狙いを定めた。今度は頭を狙っている。これが当たれば、さしものスカルキャップも無事では済むまい。
 ヴァルキリーにしてみれば、タイラーたちと戦うのは本意ではなかったが、だからといって犠牲を出すのも見過ごせなかった。素早く呪文を唱え、マントを払う。
「ヴァイツァー!」
 無風状態であるはずの通路を突風が吹き抜けた。ヴァルキリーが風の精霊に働きかけ、巻き起こしたものだ。それによって発射された十字弓<クロスボウ>の矢は狙いをそらされ、スカルキャップの危機を救った。
「おのれ、魔法使いか!」
 ただでさえ人数で劣っているところへ、魔法の援護まであっては勝てないと見てか、ザックは手斧<ハンド・アックス>を振りかざし、仮面の魔女に襲いかかった。ヴァルキリーも自分の細身の剣<レイピア>を手にする。
 さすがに小振りとはいえ、手斧<ハンド・アックス>を細身の剣<レイピア>で受け止めるのは無理があるので、ヴァルキリーはステップを利かして、ザックの攻撃を回避した。そして、牽制の突き。できれば多少の手傷を負わせたところで戦意を奪いたいところだが、相手もこれまでジャイアント・アントと戦い、実戦慣れしているのであろう。村の若者たちを相手にしたときのようにはいかない。
 すっかりと混戦となったジョーたちをよそに、ザカリヤとマーベラス、それにアルコラの三名は、少し後方に下がって戦況を眺めた。
 ジョーと戦っているタイラーは、さすがに長兄だけあって、なかなかの剣の使い手であるらしかった。名うての傭兵相手に、ほとんど五分の勝負に持ち込んでいる。ヴァルキリーとザックの戦いも伯仲したものだ。もっとも、ヴァルキリーに殺すまでの必死さがないため、巧みに逃げ回っているようにしか見えない。一方、目を潰されたスカルキャップは、マークの飛び道具に苦戦を強いられている。
「しぶといんだよ、ドワーフが!」
 マークは十字弓<クロスボウ>を撃ち続けていた。スカルキャップはハルバードを風車のように回し、その攻撃を弾き返しているが、中にはすり抜けた矢が刺さってしまっている。幸い、十字弓<クロスボウ>は連射が効かず、ドワーフの体力も並ではないので持ち堪えていられるが、このままではジリ貧だ。
 かといって、ヴァルキリーもジョーも目の前の相手と戦うのに精一杯である。スカルキャップを助けに行く余裕などない。
 やがて、この膠着状態に業を煮やしたものか、スカルキャップは気配を頼りにハルバードを薙ぎ払った。その破れかぶれの攻撃に巻き込まれそうになり、ヴァルキリーは後ろに飛び退く。ザックも身の危険を感じ、一対一の戦いは水を差された。
「今のうちに! ――ディロ!」
 ザックが離れてくれた隙に、ヴァルキリーはマークに向けて魔法を放った。一発必中のマジック・ミサイルはマークの右手に当たり、持っていた十字弓<クロスボウ>を叩き落とすことに成功する。
「チクショウ、やってくれたな!」
 右手を押さえたザックは、すぐに十字弓<クロスボウ>を拾うと、矢をセットしようとした。しかし、手を痛めているせいでうまくいかない。ヴァルキリーはそんなマークを無力化しようと、次の呪文を唱えかけたが――
「はっ! スカルキャップ、やめて!」
 マークの発した声で、忌々しい射手のいる位置を特定したらしいスカルキャップは、猛然と突進していた。赤鬼のようなドワーフの形相に、マークの目が恐怖に見開かれる。
「く、来るなぁ!」
 あくまでも十字弓<クロスボウ>に執着したせいで、マークは逃げ遅れた。多分、スカルキャップの目は見えていなかったのだから、少しでも横に避ければ助かったであろう。
「マーク、逃げろ!」
 兄タイラーの声は遅かった。
 ハルバードの一撃がマークの胴体を真っ二つにした瞬間、ヴァルキリーは目を閉じた。


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