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ジャイアント・アントの巣を抜けるまで、一行は三匹と遭遇し、それらを一蹴してみせた。これまでに何度も戦っているため、ジョーもスカルキャップも手慣れたもので、ヴァルキリーの援護魔法も必要なかったくらいだ。まさに肩慣らしとはこのことで、まずは順調な滑り出しであった。
「ここは余計な危険を回避するわよ」
アントリオンの部屋まで来ると、マーベラスが念を押すように言った。すでにアントリオンはいないはずであるが、どのように遺跡の防御機能が働くかは分からない。前もって、部屋の壁際を沿うようにして歩けば安全であることが分かっている以上、他の者もそれに準じるのに異論はなかった。
それでも、
「オレたちがやっつけちまったから、もう大丈夫なんじゃねえか?」
ジョーは口に出さずにはいられなかったが、だからといってわざわざ砂地の上を横切ろうなどとは思わなかった。マーベラスにはひと睨みされただけで、大人しく隊列を守る。
ふと、部屋を観察していたヴァルキリーが言った。
「どうかしらね。でも、ここにあったはずのアントリオンの死骸がなくなっているわ。あんな大きなもの、誰が片づけたのかしら」
「そう言やぁ……」
ヴァルキリーの指摘に、ジョーも気味悪さを感じたのだろう。砂地も何事もなかったみたいに平らになっている。ひょっとすると、この下にはまた別のアントリオンがいて、新しい獲物を待ち受けているのだろうか。
それ以上は何も言わず、一行はアントリオンの部屋を後にした。ここまでは前回も来ている。これから先が未知の領域だ。
「今まで以上に気をつけろよ、マーベラス」
ザカリヤがひと声かけた。マーベラスは「了解」と返事をし、さらに警戒心を強める。
石造りの通路は、ジャイアント・アントの巣と比べものにならないくらい横幅が広く、天井も高かった。三人が横に並んでも余裕だろう。歩きやすさも格段に違った。
しかし、進むスピードは格段に落ちた。なぜなら、先頭を行くマーベラスがより慎重になったからだ。
この通路に罠が仕掛けられていないか、それを見極めるのがマーベラスの仕事であった。ここに至るまでの間にも、ジャイアント・アントやアントリオンといった侵入者を排除する仕掛けが施されていたことから、さらなる罠が用意されているであろうことは明白である。それは落とし穴であったり、壁の小さな穴から毒矢が飛んでくるような代物かもしれない。マーベラスは、それらを見落とさぬよう、天井、床、左右の壁すべてに注意を払った。もしも彼女がそれを見逃せば、誰かの命を奪うことになりかねないのだ。
じりじりとした時間が経過したが、誰も口を開かなかった。ジョーですら黙っている。今、マーベラスの集中力を削ぐようなことをしてはならないと、全員が認識していた。
ヴァルキリーが光の精霊<ウィル・オー・ウィスプ>を先行させて飛ばした限り、通路は一直線に続いているようだった。とりあえず障害となりそうなものはない。とはいえ、それは大雑把な判断であり、決して楽観はできなかった。
それからさらに時間をかけて、一行は通路の端まで辿り着いた。通路はここで終わっており、目の前に大きな扉がある。マーベラスはここでも罠がないか調べた。
「罠はなさそうよ」
マーベラスは後ろにうなずくと、その場を譲った。ここからは力仕事だ。ジョーとスカルキャップが前に出る。
「よし、開けるぞ」
ジョーは合図すると、スカルキャップとともに扉を押し開けた。待ち伏せに備え、ヴァルキリーはいつでも魔法で援護できるようにする。
重い扉が開くと、そこは大きな部屋だった。誰もいないが、真っ先に目に飛び込んでくるのは部屋の中央にある機械のようなものだ。天井から床へ垂直に通った一本の柱のような軸――シャフトに、それを回転させる歯車のようなものが人の腰くらいの高さについている。多分、このシャフトを人力で動かすためのものだろう。もっとも、それが何のためのものであるのかは、現時点で不明ではあるが。
「とりあえず中に入っても大丈夫そうだわ」
それを証明するかのように、マーベラスが一番に入った。中へ入ると、皆、部屋の中央にある巨大なシャフトに目を奪われる。
「何だ、こりゃ?」
ジョーが、至極、当然の質問をした。ザカリヤとマーベラスは部屋の中を観察する。
「これを回すことによって、何かの仕掛けが作動するのよ」
「見て。扉がもうひとつあるわ」
ヴァルキリーが入口の反対側を指差した。入口と同じような扉だ。
「あれが出口か」
ジョーが近づいて行こうとした。それを素早く、マーベラスが止める。
「ちょっと、不用意に近づかないで! 罠があったら、どうする気!?」
マーベラスはぴしゃりと言うと、ジョーを押しのけ、出口と見られる扉を調べた。ジョーはへそを曲げてしまう。
ひと通り見て、特に罠は発見できなかった。
「どうやら仕掛けはないみたい」
「だろ? ちょっと神経質になり過ぎじゃねえか?」
自分が正しかったとばかりに、ジョーは口を尖らせた。あんたが無神経なだけなのよ、とマーベラスは悪態をつき、あとはジョーに任せる。ジョーは全体重をかけて扉を押してみた。
「ふんぬっ!」
ところが、扉はびくともしなかった。
「その扉、引くんじゃないの?」
ヴァルキリーが扉の造りに気づいた。そう言われて、ジョーは改めて扉を見直す。
「引く? そりゃ、無理だろ。取っ手もねえ、この重そうな扉をどうやって引けってんだよ?」
ジョーの言う通り、扉には取っ手らしきものはなかった。入ってきた扉と造りは同じだが、向こうは押すことができたので、取っ手は必要なかったのだ。
「となると、やっぱりこれを回すのね」
再び一行の目は、部屋の中央にあるシャフトに向けられた。
「よーし、早速、廻してみようぜ」
何も考えずに、ジョーが意気込んだ。マーベラスは、もう少し脳味噌を使ったらどうかと言いたくなる。
「あのねえ、これが罠かもしれないって、少しは疑ってかかってよ。私が調べ終わるまで、この部屋のどこにも手を触れないで!」
すっかりとマーベラスの機嫌を損ねてしまい、ジョーは両手を上げ、何もしないことを示した。そして、ヴァルキリーの顔を見て、肩をすくめる。ヴァルキリーは苦笑するしかなかった。もちろん、マーベラスに同情するつもりで。
マーベラスは入念に調べた。問題のシャフトばかりではない。部屋の天井から床、壁に至るまで。こちらはやって来た通路とは違い、いろいろな発見があった。
「ふむふむ、なるほどね。やっぱり、このシャフトが鍵みたい。他に仕掛けを作動させるようなものは見当たらないわ」
ザカリヤも魔法の安楽椅子<マジック・チェア>に座ったまま動かなかったが、しっかりと見るべきものは見ていた。そして、愛弟子の意見に同意する。
「よし、廻せ」
指示を受けたジョーとスカルキャップは、歯車から八方に伸びたレバーを握った。その前に、とマーベラスが他の者に声をかける。
「何が起きるか分からないわ。みんな、バラバラにならずに固まって」
「いいか? 廻すぞ」
ぺっ、と掌に唾を吐き、ジョーはシャフトを廻し始めた。左回りだ。シャフトは長年動かさないでいたせいか、最初、びくともしないかと思われたが、徐々に動き出した。
どこかで、カラクリが動き出す機械音がした。果たして、シャフトを廻すことによって扉は開くのか。
変化は出口となる扉ではなく、入口の扉で見られた。開け放たれた扉が独りでに動き、閉まって行くのだ。焦ったのはシャフトを廻していたジョーだ。
「お、おい、オレたちが来た扉が――」
「まず、あっちを閉めないと、こちらが開かないのかもしれない。とにかく続けて」
マーベラスの指示に、ジョーとスカルキャップは従った。さらに廻すと、とうとう入口であった扉が閉ざされてしまう。部屋は完全な密室となった。
「何か、悪い予感がするんだが……」
ジョーはぼやいたが、引き続きシャフトを廻した。
すると、どこかでゴトンという音がした。出口の扉が開き始めたのかと思いきや、そんな様子は見られない。さらに廻すと、扉ではなく、予想もしていなかった天井の隅が開いた。
「何だぁ?」
不思議に思って見ていると、その天井から水が流れてきた。その水量は見る間に増加し、密閉した部屋に注ぎ込まれる。ジョーが驚いたのも無理はなかった。
「水だ! 水が落ちてきたぞ!」
部屋はかなりの広さであるにも関わらず、尋常ではない水量のせいか、たちまちのうちに水はくるぶしまで達した。このままではどんどん水かさが増し、いずれは部屋の中を満たすであろう。そうなれば溺れ死ぬだけだ。
「ヤベぇ! おい、おっさん! こいつを元に戻すぜ!」
パニックに陥ったジョーは、シャフトを逆方向――右回りで廻そうとした。ところがシャフトは微動だにしない。どんなに力を振り絞っても同じだった。
「ダメだ! チクショウ、廻らねえ! なんてこった、ここでお陀仏かよ!」
膝まで水に浸かりかけながら、ジョーは喚き散らした。もっとも、そんなことをしてもどうにもならない。
すると、マーベラスがシャフトに取りついた。
「これしかないのよ! 他に作動させるスイッチなんてなかったんだから!」
「わっ! よせ、バカ!」
マーベラスが左回りでシャフトを廻したので、ジョーは慌てて止めようとした。天井の穴はさらに大きくなり、滝のように水が落ちてくる。二人は足を滑らせ、水中に没した。
二人が顔を出しても、状況はまったく改善されなかった。水は怒涛のごとく降り注ぐ。万事休すなのか。天井から流れ落ちる水を見上げながら、六人は身を寄せ合った。
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