[←前頁] [RED文庫] [「吟遊詩人ウィル」TOP] [新・読書感想文] [次頁→]
ここは何と言っても古代魔法王国時代に残された遺跡。その中に現在では考えられないような不思議な品々があったとしても当然だ。たとえ喋る肖像画であっても、驚くに値しない。
肖像画の人物は実際の人間よりもいくらか大きく、その全身が精細な筆致で描き尽されていた。王錫を持ち、真紅のマントをまとって立つ姿は威風堂々としており、かつての支配者がいかに偉大であったかが窺われる。
ヴァルキリーだけでなく、他の五人も部屋の中へと入って来た。だからといって、警戒心を解いたわけではない。むしろ、部屋の隅にはアイアン・ゴーレムが待機しているため、いつ襲いかかって来るか、気が気ではなかった。
そんな様子を見て、肖像画の王――自称“キング”が含み笑いを漏らした。油絵の具が使われているはずなのに、表情が自然に変化するのは、やはり魔法の作用によるものか。
「安心せよ。騙し討ちなどせぬ。ただし、余を傷つけようとすれば、ただちに動き出すと心得よ」
“キング”の警告に、一同は緊張した面持ちになった。
そんな中、ヴァルキリーが他の者よりも前に出た。彼女に緊張はないのか。仮面のせいで、その心情は読み難い。
「“キング”よ。私たちは奥へと行きたいだけ。危害を加えるつもりはないわ」
「ならば行くがいい。余に、それを止める権利はない。しかしながら、万が一、間違えた道を選べば、確実に死が訪れることを忠告しておこう」
「げっ! マジかよ!?」
冷酷な宣告にジョーは顔を引きつらせ、左右の壁に一枚ずつある扉を見比べた。しかし、穴があくほど眺めても、どちらも同じにしか見えない。
「マーベラス」
ザカリヤは扉を調べるよう目配せした。マーベラスはすぐに両方の扉を調べる。だが、彼女ほどの眼力をもってしても、芳しい発見はなかった。
「どっちも普通の扉だわ。罠はなし。あるとしたら扉の向こう側か、その先ね」
「つまり、ここからでは判断できないというわけか」
「案ずるな。余が手助けしてやろう」
それは思いもかけぬ言葉であった。一同は目を丸くし、“キング”を見つめる。絵画の中の“キング”は笑っていたが、目には何かを企むような光が潜んでいた。
「とは申せ、どれが正しき道かは答えられぬ。余の創造主より、そのように戒められているのでな」
“キング”の指す創造主とは、この喋る肖像画の作者という意味か。とすれば、それはこの遺跡を造った者――ロイ・バークレーなのかもしれない。
「この野郎、ふざけやがって!」
ジョーはカッとなって、思わずサーベルを抜いた。すると、途端に部屋の隅に片膝をついていたアイアン・ゴーレムが立ちあがる。ジョーが武器を手にしたので、動き出したのだ。
「ジョー、やめて!」
強敵アイアン・ゴーレムを相手にして、一行が死力を尽くせば勝てないことはないだろうが、こちらもまず無事ではいられないだろう。それくらいの難敵であることは、全員が理解していた。ヴァルキリーは武器を収めるよう、ジョーを促す。さすがの血気盛んな傭兵も、これには渋々ながら従った。
敵意なしと判断するや、アイアン・ゴーレムも元の位置に戻った。やはり、お飾りではなく、本物のゴーレムだと分かり、一同は肝を冷やす。ここは何とかして正しい出口を選択した方が得策だ。
“キング”は手も足も出ない一行を見渡し、口髭を撫でた。
「争いばかりが解決策ではないぞ、蛮族の諸君」
「くっ、こいつ、言わせておけば……」
ジョーは腸が煮えくり返ったが、どうにか自重した。古代王国時代、魔法が使えぬ者は蛮族と卑しめられ、そのほとんどが奴隷扱いだったのだ。それゆえ、“キング”にも悪意はなかったのだろう。
「さて、話が途中になってしまったが、正しい道については教えられぬものの、それ以外の質問ならば、三つまで答えようではないか」
「三つ……」
「そうだ。もちろん、偽りなど申さぬゆえ、安心するがよいぞ。うまくすれば、お主たちの良き判断材料になるであろう」
「まるで『森の魔女』の話みたいね」
ヴァルキリーが独りごちた。
『森の魔女』というのは、よく幼い子供に話して聞かせる謎かけみたいなもので、森をさまよっていた兄と妹が分かれ道で二人の魔女と出会い、どっちに行けば家に帰れるか尋ねるという内容だ。魔女は、一方が正直者で、もう一方が嘘つきなのだが、どちらにも質問は一回だけしかできない。無事、家に帰るためには、どういう質問をしたらいいか。それを子供に考えさせるのだ。
もっとも今回の場合は、『森の魔女』の話とは色々と状況が違う。答える者は一名であり、質問は三回までできるが、正しい出口については、直接、答えてはくれない。どうやって正しい答えを導くかが問題だ。
“キング”は、久しぶりに訪れた人間が困惑するのを見て、口髭をピクピクさせた。どうやら、この状況をとても楽しんでいるらしい。ずっと遺跡が埋もれていたことを考えれば、おそらくヴァルキリーたちがこうして来訪したのは、二千年ぶりのことなのだろう。愚かな人間がどう引っかかるか、内心、ほくそ笑んでいるに違いない。
そんな人間でもない、魔法で造られた存在にすっかりとからかわれ、ジョーでなくとも腹立たしさを覚える一行であったが、ここは黙って“キング”の言うルールに準じるしかなかった。実力行使に出るのは最後の手段だ。
「では、私が代表で質問させてもらいます」
ヴァルキリーが敢然と名乗り出た。皆の視線が仮面の魔女に集まる。
「勝算はあるのだろうな?」
ザカリヤが尋ねた。ヴァルキリーは静かにうなずく。他の者たちも異を唱えなかった。知能に関して言えば、魔術師である彼女が一番なのは誰もが認めているからだ。
五人の承認を得て、ヴァルキリーは進み出た。
「それでは、一つ目の質問です」
「うむ」
「まず――」
ヴァルキリーのする質問に、皆が注目した。どんな問いかけをすれば、正解へのヒントが得られるのか。考えもつかぬ問題だけに、緊張の糸が張り詰める。
「“キング”にお尋ねしますが、これまでにこの部屋を訪れて、ここから奥へ行った者はいらっしゃいますか?」
あまりにも当たり前な質問に思えて、見守る五人は顎を落としかけた。むしろ、この質問がどのような重要性を持っているのか、まったく理解できない。いや、それどころか、こんなことは訊かなくてもいい事柄にしか思えず、せっかくの質問をひとつムダにしたような気がしてならなかった。
「ああ、おるとも」
答えは簡潔明瞭であった。しかも、それは予想した通りのもの。両者の質疑応答を聞いていた者たちは頭を抱えたくなった。
「お、おい、ヴァルキリー。大丈夫か!?」
思わず、ジョーは心配を口にせずにはいられなかった。気持ち的には、他の四人も同じであっただろう。
しかし、ヴァルキリーは落ち着いたものだった。後ろを振り返って、うなずいて見せる。口許には微笑さえ浮かべて。
「ええ。任せて」
確かにここはヴァルキリーに任せるしかないのだが、それでも不安は拭えなかった。こんなことで正しい扉が判明するのかどうか、疑念は否が応にも増す。
「では、二つ目」
一同はもっとまともな質問をしてくれるよう祈った。残りは二つ。
「あなたはここから出て行く人の姿をご覧になりましたか?」
「いいや。見てはおらぬ」
“キング”はニヤリとして答えた。反対に、ジョーたちは顔面蒼白になる。
「なっ――! 一体、これはどういう――!?」
一行は混乱した。一つ目の質問で、この部屋を訪れ、出て行った者はいるという。しかし、今の二つ目の質問では、その姿を“キング”は見なかったというのだ。そんなバカげた話があるだろうか。では、どうやって訪れた者は出て行ったのか。
ジョーはまたしてもサーベルを抜いた。
「やいっ! てめえっ、オレたちをはめるつもりだな! 適当に答えておいて、結局は罠に誘い込もうって魂胆だろう!」
再びアイアン・ゴーレムが動き出していたが、今度は剣を引くつもりはなかった。ジョーは“キング”の肖像画を切り裂いてやろうと大股で近づいて行く。
ウソつき呼ばわりされて、“キング”も憤慨していた。
「無礼な。余はウソなど言わぬ。余はどちらの質問にも正直に答えたぞ」
「やかましい! そんなもん、信用できるかっ!」
「待って、ジョー。そんなことをする必要はないわ。出口は分かったから」
ヴァルキリーの思わぬ言葉に、ジョーはピタリと足を止めた。信じられないといった顔つきで、ヴァルキリーを振り返る。
「ホントかよ!?」
「ええ。だから、すぐに剣をしまって。ゴーレムを止めるのよ」
ジョーは言われたとおりにした。すると、アイアン・ゴーレムも攻撃を中止する。とりあえず最悪の事態は回避されることとなり、一同はホッと胸を撫で下ろした。
一度ならず二度までも戦いになりかけ、“キング”はかなり呆れていた。
「まったく血にのぼせおって。これだから蛮族は始末に負えないのだ」
「私たちを蛮族と卑下するのはやめていただきましょう。あなたを生み出した魔法王国とて、千年以上も前に滅んだのです。魔法がすべてではありません」
ヴァルキリーは決然と言い放った。“キング”は訝る。
「滅んだ? 魔法王国が?」
《大変動》の前からこの地に留め置かれ、時代の移ろいも知らぬまま、二千年ぶりの邂逅を果たした“キング”には、すでに魔法王国が滅んでしまったことなど信じられるはずがなかった。彼にとっては、今も地上には魔法王国が君臨し、その栄華を永久のものとしているとしか思えぬのだ。魔法によって生み出された偽りの生命ゆえの悲しい性か。
だが、そんな“キング”に対する感傷など、ヴァルキリーたちは持ち合わせていなかった。
「とにかく、出口が分かった以上、ここにいる必要はないわ。行きましょう」
ヴァルキリーの言葉に眉をひそめたのは、ジョーはもちろん、仲間たち全員であった。そして、“キング”も。
「本当に出口が分かったと申すのか? たった、あれだけの質問で?」
「ええ」
「まだ二つだぞ。三つ目の質問は?」
「必要ないわ」
「バカを申せ。そんな簡単に分かるわけが――」
「いいえ。前もって私が睨んでいた通り、それを裏づける答えを得られたわ。この部屋から出て行った人はいるけど、その姿をあなたが見ていないのが何よりの証拠。悪いけど、ここは通させてもらうから」
そう言うと、仮面の魔女は悠然と微笑んだ。
[←前頁] [RED文庫] [「吟遊詩人ウィル」TOP] [新・読書感想文] [次頁→]