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対峙するヴァルキリーと“キング”を見て、仲間たちは戸惑った。果たして、ヴァルキリーの言う通りに出口が分かったのか。彼女のひらめきは、ジョーやスカルキャップは無論のこと、マーベラスやザカリヤでさえ理解できなかった。いや、“キング”にした二つの質問の意図すら不明だ。しかも質問できる回数はあと一回残っているというのに、ヴァルキリーはそれを必要ないという。
しかし、ヴァルキリーの勝ち誇った態度は本物のように見えた。決してハッタリなどではない。
それでも中には信じない者も存在した。この部屋の主、“キング”だ。
「面白い。そこまで言うのならば通るがいい。それを邪魔立てなどせぬ。そなたの言葉が真か否か拝見しよう」
どうせ芝居だろうと侮り、“キング”は挑発した。あの程度の質問の答えで分かるはずがない、と。
だが、仮面の魔女は不敵だった。
「そうさせてもらうわ。――ジョー、手伝って」
「お、おう」
ヴァルキリーに頼まれて、ジョーは動いた。ヴァルキリーは“キング”の肖像画へと近づく。狼狽したのは“キング”だ。
「な、何をする!? この期に及んで、余を傷つけるつもりか!? そんなことをすれば、ゴーレムたちが黙って――」
「そんなつもりはないわ。ただ、ちょっと脇にどいてもらおうかと思って」
「どく――!?」
「ジョー、この絵を外すわよ。傷つけないように、慎重にね」
「了解」
「バカな! よせっ!」
“キング”はうろたえた。しかし、絵の中では逃げようがない。頼みのアイアン・ゴーレムもこれを攻撃とは見なさないのか、動き出す気配はなかった。
ヴァルキリーとジョーは、二人がかりで“キング”の大きな肖像画を外した。その途端に、ジョーが、おおっ、と驚きの声をあげる。それはヴァルキリーの予想通りの反応だった。
「そっち側に降ろすわよ。気をつけて。壁に立てかけるように――そう。これで分かったでしょ?」
絵を降ろしたヴァルキリーを見つめる仲間の目も驚きに満ちていた。何しろ、肖像画の後ろから、新たな扉が現れたからである。
その扉の脇で、壁に立てかけられた状態の“キング”は悔しそうな表情をしていた。恨みがましくヴァルキリーを見上げる。
「な、なぜだ!? なぜ分かったのだ?」
この隠し扉のことを知っているのは、彼とこの地下遺跡を造った創造主だけのはずであった。まさか見破られるとは、夢にも思わなかったのだろう。
だが、難なく隠し扉を発見したヴァルキリーからしてみれば、当然の論理から導き出された答えだった。
「私は初めから、部屋に堂々と飾られた、この肖像画が怪しいと睨んでいたのよ。ここまで、最初のジャイアント・アントの巣を別とすれば、部屋の出口は必ず反対側にあった。つまり、アントリオンの部屋からここまで、通路を含めて、この遺跡はずっと一直線になっているのよ」
「そう言えば……」
マーベラスにも思い当ったのだろう。無意識に呟いていた。
「だから、これまでパターンを踏まえるならば、出口は部屋の反対側――つまり、“キング”の後ろに隠されていると推理できたわ。そこで質問したのよ。過去にこの部屋を通り抜けた者がいるかどうか。もちろん、それはここを造り、愛する女性と通り抜けたはずの遺跡の製作者のことよ」
そのとき、ジョーはあの黒づくめの吟遊詩人が酒場の席でしていた話を思い出していた。この遺跡は男が女と駆け落ちするために造ったものだと。それが本当ならば、当然、その二人はこの遺跡を通り抜けているはずだ。
さらにヴァルキリーは続けた。
「しかも次の質問では、“キング”は出て行く姿を見なかったと答えた。これはひとつ目の質問の答えとは矛盾するわね。考えられるかしら? この部屋の奥まったところに飾られて、全体が見渡せるはずなのに出て行く姿が見えなかっただなんて。でも、“キング”はウソを言わない。言っていることは本当だとするならば、出て行く姿が“キング”から見えないところを通った、という解釈が成り立つわ。果たして、それはどこか?」
ヴァルキリーは肖像画がかかっていた位置に立った。そして、長年の間、“キング”がそうしていたように部屋の中を見渡す。
「左右にある二つの扉。もしも、あそこから出て行った人物がいれば、“キング”はここから見えたはず。よって、どちらの扉も使われなかった。使われなかったということは、どちらも正しい出口ではないということよ。おそらく、あの向こうには罠が待ち受けているのでしょう。要するにあれは、ここへ入って来た者を惑わせるダミーね」
ヴァルキリーは“キング”に微笑んで見せた。“キング”は憮然としている。彼の役目は侵入者を罠へ誘い込むことだったのだから無理もない。その目論見は、この一人の魔女によって崩れ去った。
「私たちが探すべきものは、“キング”からは見えないところ――つまり、“キング”の死角ってことよ。それはどこか――? 探すまでもないわね。絵のかかっていた壁の裏側こそ、彼の死角に他ならないのだから」
そして、事実、扉は隠されていた。
「おのれ、あの質問にはそういう意味があったのか……」
“キング”は唇を噛んだ。聞いたときには何の意味も持たぬ質問だと思えただけに、痛烈な敗北感に打ちのめされる。
「多分、ここを通り抜けた人は、“キング”の絵を今のように扉の脇に置いたか、または裏返しにして立てかけて行ったのね。別に意図的な行為ではなかったと思うけど、それによってここから出て行く姿を“キング”に見られなかったんだわ。もしも、この扉が見える位置に“キング”が置かれていたら、さすがに私も、もう少し悩むことになったかもしれないけれど」
ここでジョーが疑問を持った。
「ところでよ、外した絵は誰がかけ直したんだ? 出てったヤツがわざわざかけ直しはしないだろ?」
「いるじゃない、それをやってくれるのが」
「どこに?」
「ゴーレムよ」
ヴァルキリーは顎をしゃくって、部屋の隅に控えているアイアン・ゴーレムを示した。無骨なゴーレムたちが絵をかけ直している光景を思い浮かべて、ジョーは滑稽な気分になる。
「これは勝手な推測だけど、そういう命令も受けていると思うの。絵が外されたときは、ある程度の時間をおいてかけ直すように」
「その通りだ。でなければ、いずれ訪れるかもしれぬ侵入者に扉をさらしてしまうことになるからな」
“キング”が観念したように認めた。
「それにしても、アイアン・ゴーレムの心理的プレッシャーには恐れ入るわ。あなたが先んじて、自分を傷つけるとアイアン・ゴーレムが襲いかかるなんて警告をするものだから、普通、それを聞いた人間はなかなか絵を調べようとは思わなくなるでしょう。これも本当の出口を見つけさせないための手口ね」
「じゃあ、あれはブラフだったのか?」
これまた疑問を口にしたのはジョーだった。しかし、ヴァルキリーはかぶりを振る。
「ううん、実際にアイアン・ゴーレムは襲ってくるはず。正しい手順を踏めない侵入者は排除するというのが、この遺跡のコンセプトみたいだから」
「なるほど、この遺跡がどういうものか見えてきたな」
ザカリヤもうなずいた。
今も残る古代魔法王国の遺跡には様々な種類がある。かつての研究施設や宝物殿、それに何の変哲もない貴族の別宅といったものだ。そういうものと比べると、この遺跡はかなり異質だと言えるだろう。何しろ、駆け落ちで逃げ込むために造られたというのだから。それだけに、内部構造に熟知していない者には様々な罠が襲い、奥への侵入を阻もうとしている。
逆に言えば、正しい進み方さえ分かれば、安全に奥へ到達できるということだ。その方法を見つけることこそが生き延びることへつながる。
「というわけで、ここは通してもらうわ、“キング”」
「……行くがよい。そして、後悔するがいい。ここで引き返さなかったことを」
「何だと!? この野郎、王様のくせして負け惜しみか!」
ジョーが息巻いた。すると、それを“キング”への敵意と解釈したものか、アイアン・ゴーレムが動き出そうとする。ジョーは慌てて矛を収めた。
自嘲気味に“キング”は言う。
「どのように受け取ろうと結構。だが、これだけは肝に銘じておくがいい。ここから先へ行った者は余の創造主たちしかおらぬ。その追っ手たちも足を踏み入れていない場所であるということをな」
それは忠告であっただろうか。
「ありがとう」
ヴァルキリーは礼を言った。
隠されていた扉を開けると、お馴染みの通路が真っ直ぐに伸びていた。そこで時間になったものか、アイアン・ゴーレムが“キング”の肖像画をかけ直そうと動き出す。
一行は“キング”の部屋を通り抜け、遺跡のさらなる奥へと進んだ。
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