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「殺せ! 殺せ!」
呪詛のような言葉を吐きながら、同胞たちがスカルキャップへと迫って来ていた。
やめろ、と大声で叫びたいスカルキャップであっただが、それはどういうわけか喉の奥に押しとどめられて出てこない。せめて出来ることといえば、彼らが近づかぬよう、ハルバードを振り回すことくらいだ。しかし、相手はそれを恐れることなく、スカルキャップへ次々と手を伸ばしてくるのだった。
それは、かつてスカルキャップが手をかけて殺した親友と同胞たちであった。自分を裏切った親友。自分を貶めた同胞。
自分が生き延びるため、スカルキャップは彼らを殺めて、生まれ育った部落から逃げ出した。もう十年以上も昔のことだ。それなのに、今また、彼らはスカルキャップの前に現れた。どうしてなのか。彼らは死んでいなかったのだろうか。
そんなはずはなかった。その証拠に、親友の髑髏は今もスカルキャップの頭の上に乗っているではないか。それとも彼らは死から甦った亡者で、奪われた自分の首を取り戻しに来たのだろうか。
「許さない……許さないぞ……お前を許すものか……」
親友たちの恨み節がおぞましかった。聞きたくない。消えて欲しい。酒でも飲んで忘れてしまいたい。
しかし、出発前にたっぷりと仕込んできたはずの酒は、さっき遭遇した巨大なサソリと戦ったときにすべてこぼしてしまっていた。何であんな化け物がこんな地下にいるのか。たった一人で戦うはめになり、ほうほうの体で逃げ出した。――いや、そんなことはどうでもいい。酒だ。とにかく酒さえあれば。
同族を殺した罪の意識に襲われたとき、いつもスカルキャップを助けてくれるのは酒であった。酒だけが苦しみから解放してくれる。どんなときでも酒と離れることはできなくなっていた。
その酒がなくなってしまった今、スカルキャップの前に過去の亡霊たちが殺しにやって来た。殺された恨みを晴らそうと。同じように首をはねてやるとでも言うように。
(来るな! 来ないでくれ! オレは……オレは悪くない!)
言葉にならない代わりに、心の中で必死に念じた。しかし、亡霊たちには届かない。いや、仮に聞こえたとしても、そんな懇願を許してはくれぬに違いなかった。
「死ぬのだ……お前も死ぬのだ……」
(嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ……!)
同胞たちが来る。
スカルキャップはムチャクチャにハルバードを振り回し、応戦した。
「くっ! 何て暴れ方だ! これなら馬や牛でも相手にした方がマシだぜ!」
ジョーは襲いかかって来るスカルキャップに対し、ほとほと手を焼いていた。向こうは駆け引きなどお構いなしに攻撃してくる。それはそれで隙もできるということなのだが、あまりにもセオリー無視の戦いぶりは、いつどこからハルバードの一撃が飛んでくるか分からないので、うかつに飛び込むのも危険な気がしてしまう。どうしても、あと一歩のところで踏み込めないもどかしさを感じていた。
しかも、ジョーは気づいていなかったが、彼とその仲間を取り巻く状況はさらに悪化していたのである。
「ジョー!」
ヴァルキリーの呼ぶ声がした。ジョーは振り返ってなどいられないと舌打ちしたくなる。今は戦いの最中なのだ。その証拠に、すぐ目の前にスカルキャップのハルバードが突き出される。それをサーベルで払いざま、ジョーはどうにかスカルキャップの死角に廻ろうと苦心していた。
「ジョー、こっち!」
もう一度、名前を呼ばれ、ジョーは苛立った。そんな場合ではない、と怒鳴りつけたくなる。
だが、チラッとヴァルキリーたちの方を見た途端、そんなことなど一遍に吹き飛んでしまった。
「なっ……!?」
背後では、迷路の組み換えによって新しくできた通路より、ジャイアント・スコーピオンが姿を現すところだった。それはちょうど、ヴァルキリーたちと自分とを分断する形になり、ジョーの顔色を青ざめさせる。前にスカルキャップ、後ろにジャイアント・スコーピオンという、まさに雪隠詰めの状況だった。
ジャイアント・スコーピオンの再登場には、無論、ヴァルキリーたちも色を失った。ましてや、今はジョーとスカルキャップが死闘を演じている最中だ。そこへ新たなる敵の乱入というのは、さらなる混乱への拍車としか言いようがなかった。
ただ、ジョーにとって幸いだったのは、ジャイアント・スコーピオンがヴァルキリーたちの方へ向かって行ったことだ。もしも、こちらに向かって来られていたら、スカルキャップとの挟み撃ちに遭い、あえなく、どちらかの餌食になっていただろう。
自分たちを標的に定めたジャイアント・スコーピオンを見て、ヴァルキリーたちは後ずさった。三人が持つ武器で傷ひとつつけられないのは明白だ。となれば、頼りになるのは、やはりヴァルキリーの魔法ということになるが、ジャイアント・スコーピオンの後ろではジョーとスカルキャップが戦っているため、広範囲に効果が及ぶファイヤー・ボールや貫通力のあるライトニング・ボルトのような威力の高い攻撃魔法を用いるのはためらわれた。
仕方なく、ヴァルキリーはマジック・ミサイルを選択した。威力という点で劣るのは承知が、こちらは絶対に目標へ着弾する。
「ディル・ディノン!」
無数とも思える光の矢がジャイアント・スコーピオンへ撃ち出された。光のシャワーに、さしものジャイアント・スコーピオンもたじろいだように見える。だが、相変わらず外殻は鉄のように硬く、マジック・ミサイルの乱射すら耐えきった。
「さすがに硬いわね」
ヴァルキリーは感想を漏らしたが、仮面の上からでも分かるくらい表情は引きつっていた。
これで撃ち止めか、と判断したジャイアント・スコーピオンは、しゃらくさい攻撃をしてくれた相手に向って攻勢に転じた。八本の脚を蠢かせ、猛然とヴァルキリーたちへと突進する。
「下がって!」
ヴァルキリーは細身の剣<レイピア>を抜きながら、後ろのザカリヤとマーベラスに言った。全身を鎧で固めたようなジャイアント・スコーピオンに、このように華奢な細身の剣<レイピア>など簡単にへし折られてしまうのは目に見えていたが、何も持たないよりはマシである。ジャイアント・スコーピオンの巨大なハサミが眼前に迫った。
白魔術<サモン・エレメンタル>を得意とする女魔術師である一方、ヴァルキリーにはいささか剣術の心得もあった。その実力は、ケーンたち村の不良どもをあしらってみせたとおりである。そのため、ジャイアント・スコーピオンの攻撃に対しても、ヴァルキリーは難なく体を躱してみせた。軽やかなステップを踏む。
しかし、いくら逃げ回ろうとも、ジャイアント・スコーピオンを仕留められないのでは意味がない。何か逆転の秘策がなければ。
「ヴァルキリー!」
一行と離れて戦うジョーは、ヴァルキリーの身を案じたが、目の前のスカルキャップを放っておいて駆けつけるわけにもいかなかった。スカルキャップの猛攻は、相変わらず凄まじい。まるで疲れを知らないような戦いぶりだった。
最早、スカルキャップを説得することは不可能だろう。こうなったら、ジョーも相手を殺すつもりで戦うしかない。情けなど無用だ。ジョーは傭兵である。これまでにも言葉では尽くせないくらい汚い仕事もしてきた。仲間であった者を手にかけることくらい、ジョーにとってはなんでもない。
とにかく、ヴァルキリーたちが危ないのだ。早く片をつけなければならない。ジョーは非情なる決断を下した。
「おっさん、悪いがここで終わりだ。恨むなよ」
チラッと後ろを振り返り、ジャイアント・スコーピオンの巨体のせいでヴァルキリーたちがこちらを見ていないことを確認してから、ジョーは“奥の手”を出した。
それは疾風のような早業――
次の刹那、あれだけ暴れていたスカルキャップの動きがぴたりと止まった。手からハルバードが滑り落ちる。身体がガクンと傾いた瞬間、首が胴体から離れた。
どすん、とスカルキャップの生首が床に落ちた。その上に乗っていたトレードマークの髑髏が乾いた音を立てて転がる。それはすれ違いざまにスカルキャップの首を切断したジョーの足下にぶつかった。
恐るべき早業であった。誰もその瞬間を目撃する者はいなかったが、もし見ていたとしても、その動きを捉えられたかどうか。
スカルキャップの死屍を振り返ったジョーの顔には、何の感慨も浮かんでいなかった。弔いの言葉もない。ただ、結果だけを確認する。
ドワーフの狂戦士<バーサーカー>、スカルキャップは死んだ。
「う、うおおおおおおおおっ!」
ジョーは亡き戦友のハルバードを拾い上げると、雄叫びをあげながらジャイアント・スコーピオンに挑んで行った。ジャイアント・スコーピオンはあちら向き。こちらには気づいていない。
ハルバードの戦斧を振り上げたジョーは、尻尾の先端を狙ってスイングした。ジャイアント・スコーピオンの脅威は、何よりも毒針を持つ尻尾だ。想像するに、スカルキャップもそれにやられたに違いない。生命力の強いドワーフは死に至ることはなかったが、人間であればひとたまりもないだろう。
ジョーの一撃は、狙い通り尻尾の先端に食い込んだ。が、切断には失敗してしまう。常に尻尾を持ち上げた格好をしているため、充分に力が伝わらなかったせいだ。口惜しいことに、刃は半ばで止まっていた。
尻尾を狙われたジャイアント・スコーピオンは怒り狂った。乱暴に尻尾を振り回す。ジャイアント・スコーピオンの尻尾に食い込んだままのハルバードをつかんでいたジョーの身体は、そのまま持ち上げられた。
「うわああああああっ!」
ハルバードが尻尾から抜けた拍子に、ジョーもまた放り出されていた。それはジャイアント・スコーピオンを飛び越えるような形になり、そのまま落下する。ヴァルキリーたちの目の前に一矢を報いた勇敢な傭兵が降って来た。
「ぐはっ!」
背中から叩きつけられ、さすがのジョーも呻き声をあげた。そこへすかさず、ジャイアント・スコーピオンのハサミが襲いかかる。今度はジョーが首をチョン切られる番だった。
「ベルクカザーン!」
間一髪、ヴァルキリーの援護魔法が飛んだ。青白い閃光のライトニング・ボルトがジャイアント・スコーピオンに直撃する。一瞬のひるんだ隙に、ジョーは身体を転がしながら窮地からの離脱を図った。
「ぜえ、ぜえ……、死ぬかと思ったぜ」
あわやのところをかろうじて救われ、ジョーは肩を上下させて喘いだ。今度ばかりはヤバかったと自分でも思う。
「ジョー、スカルキャップは!?」
手を貸して助け起こしてやりながら、ヴァルキリーは尋ねた。ジョーは黙って、首を横に振る。それだけで通じた。
「そう」
それはやむを得なかったことだと思いながらも、ヴァルキリーはスカルキャップの死を悼んだ。せっかく再会できたと思ったのに、結局、彼を救うことはできなかった。
しかし、今は感傷に浸っている場合ではない。戦闘は継続している。ジャイアント・スコーピオンは、攻撃の手を休めてなどくれなかった。
「ヴァルキリー、何とかあの尻尾を吹き飛ばせないか!? もうちょっとで切断できそうだったんだが」
「分かった。やってみるわ」
ヴァルキリーは魔力をコントロールした。あまり威力の大きい魔法は、遺跡ごと吹き飛ばす可能性が否めない。意識を集中させ、ピンポイントでの攻撃を試みる。
「ヴィド・ブライム!」
小さなファイヤー・ボールは見事に命中すると、ジャイアント・スコーピオンの尻尾の先端を吹き飛ばした。
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