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[序 章/−−3−−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

序  章  (3)


 バルバロッサは深夜になっても起きていた。過去に類を見ないほどの嵐のせいもあるが、そんな神経質な男ではない。夕食後から胸騒ぎがしており、とても熟睡できる状態ではなかったのだ。
 そして、その胸騒ぎは的中した。
 階下より騒ぎが聞こえていた。先程から、兵たちが雨水の対処に奔走しており、水音と怒声がしていたが、今はそれと違う。剣戟の音。耳慣れた戦いの音だ。
 ついに、という感慨に似たものが、バルバロッサの胸中を満たした。
 すでにバルバロッサは甲冑に身を固めていた。大人しく殺られるつもりは毛頭ない。一矢を報いようとか、そういう愁傷さでもない。立ちふさがる敵は打ち倒す。これがバルバロッサの生き様であった。
 王国を敵に回し、いくつもの戦いを経験してきた猛者だ。今日のセルモアを築いたのは、他ならぬ自分であるという自負がある。姿見に自分の姿を写してみても、まだまだ老いさらばえる年齢ではない。その視線だけで敵を射抜く眼光の鋭さ、甲冑の上からも分かる鍛えられた肉体、そして、いつまでも兵たちを鼓舞し続けられる大きな声量。まだまだ百人の雑兵を相手に斬り結ぶ自信がある。自分の首を狙う者に思い知らせるつもりだった。
 だが、一方で安全も確保しておかなくてはいけないだろう。自分のではない。息子であるデイビッドのだ。
 デイビッドは今年十歳になったばかり。他の四人の息子たちに比べ、バルバロッサが一番、溺愛している子供だ。十歳にして聡明で、誰からも愛されている。セルモアの領民たちからもだ。五人の兄弟の中では一番年下になるが、バルバロッサは常々、デイビッドに後を継がせようと考えていた。
 デイビッドだけは守らなくてはならない。
 腹心の部下たちに、今夜、寝所に近づく者は誰であろうとも斬れ、と命令してある。撃退することは無理でも、時間稼ぎにはなるだろう。いずれにせよ、急ぐに越したことはない。
 バルバロッサは扉一枚でつながっている、デイビッドの寝所をノックした。
「デイビッド。私だ。すぐにこちらに来なさい」
 寝所にはバルバロッサの妻であり、デイビッドの母であるパメラがいる。とっくに階下の異変には気がついており、デイビッドに支度をさせているだろう。返事を待たず、バルバロッサは扉を開けた。
「ああ、あなた……!」
 妻のパメラはバルバロッサの武装した姿を見て、言葉を飲み込んだ。思わず口許を押さえる。
「デイビッドの支度は?」
 答えを待つまでもなく、デイビッドは領民たちの子供のような服装を着ていた。以前から脱出を想定して用意していたものである。
「父上……」
 デイビッドは不安そうな表情で、バルバロッサを見つめた。その足下には白い仔犬がキャンキャンと鳴いている。一月ほど前に城の中に迷い込んでいたのをデイビッドが拾ってきたヤツで、名前は……何度も聞いていたはずだが忘れた。城の中ではひとりぼっちのデイビッドにとって、恰好の遊び相手となっている。
 不安そうなデイビッドは仔犬を抱き上げた。
「来なさい、デイビッド」
 有無を言わせずにデイビッドを促す。デイビッドは黙ったまま、扉をくぐった。
 それに続いてパメラも入ってこようとしたが、それはバルバロッサが押しとどめた。
「お前はここにいろ」
「そんな……! 私も──」
「黙れ。命令だ」
 バルバロッサは冷徹に言い放つと、扉を閉めた。念のため、鍵もかけておく。
 バルバロッサはデイビッドと二人だけになると、膝をついて、真っ正面からデイビッドの眼を見つめた。
「いいか、デイビッド。これから私が言うことをちゃんと聞くんだ。いいな?」
 デイビッドはコクンとうなずいた。



 二度三度、木が砕ける音がしたかと思うと、すぐに扉は破壊された。真っ黒な刃が容赦なく破砕していく。そこから凄惨な男の顔が覗いた。
「来たか、ゴルバ」
 鞘から剣を抜きながら、寝所に侵入してくる大男をバルバロッサは迎えた。その眼に殺気が宿る。
「どうやら、気がついていたようだな。父上」
 大男──ゴルバも臆せずに相対した。その身体には多くの返り血を浴びている。
 ゴルバが「父上」と呼んだように、この深夜の侵入者はバルバロッサの息子であった。五兄弟の長兄に当たる。
「父に刃を向けるか?」
 バルバロッサは剣を構え、ジリジリと前へ進み出る。ゴルバは笑った。
「今さら父親ヅラか? デイビッドを除いたオレたち兄弟が、どれほど貴様に虐げられてきたか、今さら言うまでもないだろう?」
「そのようなデカい図体になって恨み言か? まったく、器量が知れるというものだ」
「ほざけ! 貴様が今まで犯してきた罪を償わせてやる!」
 二人は親子というだけあって、非常によく似ていた。体格は息子ゴルバの方がいいが、バルバロッサも引けを取らない。髭面の顔つきもそっくりで、遠目からだと兄弟として見られるだろう。
 親子は真っ向から対峙した。
「ゴルバ、例え息子でも容赦はしないぞ」
「フン! 下で部下たちに殺すよう命令を出しておいてよく言う!」
「そのような手斧一本で、私が倒せると思うな」
「これがただの手斧かどうか、よく見てみろ!」
「!」
 バルバロッサの顔が、初めて驚愕に引きつった。
 真っ黒なひと振りの手斧。
「それは、悪魔の斧<デビル・アックス>……!」
 封印された忌まわしき武具。
「そうさ! 宝は使わないことには意味がない!」
 ゴルバは高らかに笑った。
「貴様、そこまでして!」
 バルバロッサが唇を噛む。血が滲み出そうだった。
「さあ、この悪魔の斧<デビル・アックス>を取り返してみろ!」
 挑発するゴルバに、バルバロッサは猛然と斬りかかった。鋭い斬撃。それをゴルバは、小さな手斧一本で受け止めた。


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