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「笑止!」
ゴルバの二の腕の筋肉が盛り上がった。片腕だけでバルバロッサの剣を押し返す。
「くぬっ!」
バルバロッサは表情を歪めた。
力比べは望むところのはずであった。それが明らかに力負けしている。これも悪魔の斧<デビル・アックス>の魔力によるものか、まるでゴルバに力を貸しているかのようだ。バルバロッサの額に汗が滲んだ。
「どうした、その程度か!?」
ゴルバは父の剣を弾いた。バルバロッサの体勢が崩れる。
だが、すぐに立て直したのは歴戦の猛者である証明だった。バルバロッサは足を踏ん張らせ、横から剣を薙ぎ払う。
「さかしい!」
ゴルバもそれは読んでいた。悪魔の斧<デビル・アックス>で防ごうとする。
しかし、それはバルバロッサのフェイントであった。剣技には一日の長がある。すぐに剣先を変化させ、ゴルバの太腿を切り裂く。
「ぐあっ!」
もっと深く踏み出していたら、脚一本、切り落とされていたかもしれない。それでも深手には違いなかった。
ゴルバが膝を落とす。
その頭上からバルバロッサの剣が振り下ろされた。それをかろうじて跳ね返すゴルバ。
だが、ゴルバの劣勢は明らかであった。動けなければ殺られるのは時間の問題だ。
「覚悟!」
バルバロッサの剣が再び振り上げられた。
ゴルバはとっさに口を開いた。そして、黒い霧のようなものを吐き出す。それは瞬く間に寝所を満たした。
「ゴルバ!」
バルバロッサは黒い霧の中で叫んだ。何も見えない。
「ハッハッハ! オレの特技を忘れたか?」
形勢逆転、ゴルバの笑い声が黒い霧の中で響いた。バルバロッサは闇雲に剣を突き出すが、もちろん効果はない。
「オレの姿が見えないだろう? だがな、この黒い霧のもうひとつの効果を忘れちゃいないか?」
突如、バルバロッサは咳き込み、口許を押さえた。指の間から吐血する。
ゴルバの吐き出す黒い霧は、毒霧であった。
今度はバルバロッサが膝を折る番だった。暗闇の中で、呼吸もままならず、意識が朦朧としていく。
「どうやら覚悟するのは、貴様の方らしいな」
バルバロッサの背後でゴルバの声がした。だが、バルバロッサには、もう振り返る余力さえない。
「死ね!」
ブン!
空気が唸る音がして、悪魔の斧<デビル・アックス>が振り下ろされた。
ガッ!
バルバロッサの頭がざくろのように爆ぜ、身体が力無く倒れた。おびただしい量の血が寝所の床を濡らす。
ゴルバは荒い息を繰り返していたが、やがて大きく息を吸い込んだ。すると寝所に充満していた黒い毒霧が吸い込まれ、視界が晴れ始めた。
むごたらしいバルバロッサの死体に冷たい一瞥を投げた後、ゴルバは隣の寝所に通じている扉を開いた。中にはパメラが怯えたようにうずくまっている。
「デイビッドは?」
ゴルバはパメラに凄んだ。パメラは首を横に振る。
ゴルバはそれ以上、追求せず、バルバロッサの寝所に戻った。ぐるりと部屋を見回す。
その眼が暖炉のところで止まった。暖炉の炎は消えており、そこから風が吹き込んでいる。
ゴルバは血相を変えた。
抜け穴から外へ出ると、激しい雨粒と横殴りの風がデイビッドを出迎えた。胸にはしっかりと仔犬を抱きかかえている。
雨の影響もあって、どっちがどっちだか、方向感覚が分からなかった。しばらく、その場に立っているだけで、たちまちずぶ濡れになる。身体が冷やされ、デイビッドは身を縮めた。
風の音に混じって、何かが聞こえてきた。仔犬の耳がそれに敏感に反応する。キャンキャンと鳴き始めた。
「デイビッド様ーっ!」
それは誰かがデイビッドを呼ぶ声だった。一つだけではない。大勢の声だった。
遠くの方で、小さな明かりが揺れて見えた。きっとデイビッドを探しに来たのだろう。
デイビッドが外に出たことを知っているとなれば、それはゴルバの手下に違いなかった。
仔犬が吠える。デイビッドはハッとしたように動き始めた。
とりあえず街がある下へと降りていく。真っ暗で、足下も見えない。それでも進んだ。
「デイビッド様!」
声は近づいているようだった。子供の脚と大人の脚というハンデはもちろんだが、向こうには明かりがあるのだ。分の悪さは否めない。
それでもデイビッドは下へ下へと急いだ。途中、何度も転びそうになる。
明かりが複数に増え、ハッキリと見え始めた。
「いたぞ! こっちだ!」
追っ手たちの声。
デイビッドは追いつめられていた。確実に。
焦りのせいか、強風に身体をあおられた。足場の悪さも手伝ってバランスが取れない。デイビッドは尻餅を突くようにして倒れた。そのまま身体が斜面を滑っていく。止まる気配はなかった。
ザザザザザッ!
所々、木の根などがぶつかり、身体を傷つけた。
それでもデイビッドは悲鳴を上げなかった。代わりに抱いていた仔犬を強く抱きしめる。
デイビッドの身体は激流に翻弄される丸太のように滑り落ちた。その耳に、雨とは違う水音が聞こえてきた。
川だ。
一度、デイビッドの身体が大きくバウンドした。空中に放り投げられる。
次の瞬間、デイビッドは仔犬を抱いたまま、増水した川へと落下した。