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[第十四章/− −2 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第十四章 魔法封殺(2)


 まずい状況だった。
 レイフは今の自分の状況よりも、ノルノイ砦の騎士団がセルモアに汲みすることになったことを憂いていた。
 そもそも、レイフはマカリスターがセルモアを攻めると決めたときから反対していた。五百人そこそこの騎士団が、これまで何度となく王都の騎士団を撃退してきたセルモアの城壁を破れるとは思えなかったし、王都からの命令なくして動くのもためらわれたからだ。
 実際、ノルノイ砦の騎士団では歯が立たなかった。それも問題の城壁に対してではない。たった一人の男に対してだ。カシオス。全身に包帯を巻いた長髪の男は、空中に立ち、指一本動かさずに、マカリスターとレイフの身体を金縛りにさせたのだ。それは人知を超えた異形の術だった。
 さらに悪いことに、騎士団長のマカリスターが反逆者たち──つまりゴルバたちに協力することを約束してしまった。それはマカリスターばかりでなく、他の騎士たちも同じだ。今まで、小さな砦にくすぶり続けてきた彼らにとって、王国の打倒は自分たちの新たなる出世にもつながると考えたのだろう。一度は捨てた野心に火がついたわけだ。
 このままではブリトン王国は内乱に突入してしまう。ただでさえ、王宮は権力闘争が絶えないような状態だ。セルモアの兵力──ノルノイ砦の騎士団を合わせた約六百でも、さらに他の地方領主たちが呼応すれば、大きな反抗勢力になるに違いない。それらを鎮める力は、今の王都にあるとは考えにくかった。
 とにかく、一刻も早くこのことを王都に知らせ、対応策を練ってもらうしかない。それが先決だ。
 だが、今のレイフにそんなことは不可能であった。レイフは今、後ろ手に縄で縛られた状態で、両脇を二人の兵士に固められ、地下牢へと連行されるところなのだ。閉じ込められたら最後、脱出のチャンスはない。
「君たちは間違っている。領主の、父殺しのゴルバに荷担して、恥ずかしいとは思わないのか?」
 レイフは両脇の兵士たちを説得しようと試みたが、相手は無反応だった。ゴルバ直属の兵士たちなのかも知れない。
「王国に反逆すれば、君たちもただでは済まないぞ。考え直すんだ。今なら間に合う」
「喋るな。ちゃんと歩け」
 今まで黙っていた兵士も、さすがに苛ついた様子でレイフの腕を痛いくらいにつかみ、引っ張った。
 それでもレイフは続けた。
「君たちは、王に忠誠を誓って兵士になったのだろう? それに刃向かうようなマネをして、恥ずかしくはないのか!」
「黙れってんだよ!」
 頭に来た兵士の一人が、力任せにレイフの腹部を殴った。
「ぐふっ!」
 思わずレイフの身体が二つに折れる。足がよろめいた。倒れそうになる。
「口だけは達者なようだな。こんなところで寝るんじゃねえぞ」
 殴った兵士はレイフをしっかりと立たせようとした。
 その刹那、レイフの反撃は唐突だった。いきなり、レイフは殴った兵士の顔面めがけて頭突きをかましたのだ。
 ゴツッ!
 鈍い音がした。レイフの頭突きにより、兵士の頭は通路の壁に挟まれるようになって、鼻骨が砕け、後頭部をしたたかに打ちつけてしまう。兵士はたまらず昏倒した。
「貴様!」
 もう一人の兵士が気色ばんで、抜刀する。対するレイフは剣を取り上げられているし、手は後ろで縛られていて不利。兵士は剣を振り下ろした。
 ヒュン!
 レイフは腰を落とすように身を屈めた。頭上を兵士の剣先が薙ぐ。このような狭い通路で、相手が大振りしてくれたのが幸いした。
 だが、レイフはただ身を屈めて、攻撃を逃れただけではなかった。後ろに回された手で、背後で昏倒している兵士の剣をつかむ。
 とっさの行動で、もし、レイフが兵士の倒れている位置を確認してなかったり、幸運に見放されていたら、後ろ手に剣をつかむことは出来なかっただろう。まさに僥倖と言えた。
 レイフは不自然な姿勢から剣を抜き、身体を回転させるようにしながら兵士に斬りつけた。慌てて、兵士が飛び退く。
 しかし、狭い通路だ。飛び退いたところで、すぐに背中が壁についてしまう。レイフの剣は、そんな兵士の右大腿部を切り裂く。
「ぎゃあああっ!」
 大袈裟な悲鳴を兵士があげた。しかし、レイフは剣を後ろ手に持っていたし、斬りかかった姿勢も不自然だったので、傷は浅いはずである。だが、これで少しの隙が生じた。
 レイフは素早く剣を逆手に持ち返ると、手首を縛っていた縄を断ち切った。手が自由になると、再び持ち直して剣を構える。
 しかし、すでに相手は尻餅をついたような格好で、戦意を喪失していたように見えた。抵抗しない意思を表すように剣を放り出す。
 レイフもそんな兵士に構ってなどいられなかった。近づいてくる足音が複数。きっと、先程の悲鳴を聞きつけてきたに違いない。ぐずぐずしてはいられなかった。
 レイフはとりあえず足音とは反対方向へ走り出した。とは言え、もちろん領主の城へは初めて来たので、どちらが出口かなど分かりはしない。通路はすぐに終わってしまい、代わりに地下への階段が伸びていた。
 躊躇している暇はなかった。とりあえず降りてみる。もっとも、この階段が他の出口につながっているとも思えなかったが。
 階段は途中、地下牢のあるフロアに出たが、さらに下へも伸びていた。地下牢では袋のネズミになるのは自明の理なので、レイフはさらに深く潜ることにした。
 だが、今度は行けども行けども、次のフロアに辿り着かなかった。どこまで続くのか。レイフは果てしない地獄への階段を降りているような気がして不安になったが、背後から追っ手が迫っている以上、引き返すわけにもいかなかった。
 それからどれくらい下へ降りたか。ようやく階段は終着点に到達した。そこには鉄の扉が一枚だけ。
 鬼が出るか、蛇が出るか。レイフは意を決して、扉を開けた。
「! ここは!?」
 レイフは中に入って驚いた。何かの研究室なのか、レイフには分からない実験道具が所狭しとごちゃついていた。特に目を惹くのが部屋の中央に据えられた石の寝台で、禍々しい雰囲気を感じさせる。
 ここが、かつてゴルバたち兄弟を改造した魔導士が住み着き、現在はシュナイトが閉じこもる部屋だとは、部外者のレイフが知る由もない。
 最初、部屋の異様さに驚いていたレイフだったが、やがて正面の壁に開いているもう一つの出口に気がついた。扉のようなものはついていないところを見ると、どうやら隠し扉らしい。ただ、その先に続く通路は真っ暗で、どこへ通じているのか見通すことは出来なかった。
 レイフは開いていた隠し扉から一歩、中の通路に足を踏み入れた。左手を壁につける。
「!」
 すると、突然、隠し扉が閉まってしまった。真っ暗な通路に、レイフは一人、取り残されてしまう。
 左手で壁に触ったときに、何かの仕掛けを働かしてしまったのだろうか。レイフは慌てずに同じ様なところを手で探ってみたが、何も発見できなかった。
 レイフはため息をついた。
 こうなっては仕方がない。あとは進むだけだ。
 レイフは壁に手をつけながら、慎重に闇の通路を進み始めた。


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