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[第十四章/−1 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第十四章 魔法封殺(1)


 領主の城はノルノイ砦の騎士団を迎え入れて、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。元々、百人程度の兵士が常駐している小さな城なので、その五倍を数えるノルノイ砦の騎士たち全てを受け入れるのは困難だった。結局、ほとんどのノルノイ砦の騎士たちは城の周囲に野営をするはめになった。
「一気に大所帯になりましたな」
 そんな部下たちの姿を領主の執務室の窓から見下ろしながら、マカリスターは後ろでワインのコルクを抜いているゴルバに話しかけた。当初は、ゴルバたちに屈することになり、騎士団長として命を奪われるのではと怯えていたのだが、ゴルバにはそのつもりがないと分かり、今ではすっかり安心した様子であった。むしろ、ゴルバはマカリスターを含めたノルノイ砦の騎士団を盟友として迎え入れてくれており、そのことは彼の直属の部下たちにも重々、念を押されていた。
 もちろん、ゴルバの父バルバロッサの頃から仕えてきた兵士たちの中には、そのことを不服に思う者も少なからずいたが、それを表に出すほどの不満は今のところ噴出していない。かえって、同等の立場の者が増えたことによって、これまでのように安穏としておられず、ゴルバに自分たちの働きを見せなくてはならないと言う、いい意味での競争意識が芽生えていた。ゴルバもそれには満足していて、この士気の高さを持って、一気にミスリル銀鉱山、そして、このセルモアの街を掌握してしまおうかと考えを巡らせていた。
「これもマカリスター卿のお陰です」
 グラスにワインを注ぎながら、ゴルバは礼を述べた。無骨そうなこの男にそう言われると、本当に感謝されているような気分になってくる。これが気位の高い者なら嫌みに聞こえたことだろう。
「いや。命を救われたのはこちらの方です。それどころか、剣を向けた私を登用してくださるとは」
 マカリスターは窓から離れて、ワインが注がれたグラスを手に取った。
「これから、よろしく頼みますぞ」
 ゴルバもグラスを掲げる。二人は乾杯し、一気に飲み干した。
「……ところで」
 マカリスターは空になったグラスを置いて、ゴルバを見た。
「父上であり、前領主のバルバロッサ候が亡くなられたことは、すでに王都にも知らせが行っております。それも、本来はゴルバ殿たちの方から知らせなくてはならないものを、意図的に隠蔽していると伝わるでしょう。実際、街の者たちには、まだお知らせになっていないわけですが……。きっと我々がセルモアに進軍したように、ゴルバ殿たちを反逆者として、王都も軍を差し向けてくるでしょう。そのときは少なく見積もっても五千の兵を送ってくるに違いない。そんな大軍を、この街の城塞だけで受けきれるかどうか」
 マカリスターの心配はもっともである。ゴルバはそのマカリスターの不安を払拭させてやらねばならなかった。
「街の入口となる場所は、マカリスター卿もご存じの通り、一度に大軍が押し寄せて来られないよう狭くなっています。いくら数が多かろうとも、その力は半減どころか、ごく微量しか発揮できません。父の代より、このセルモアはそうやって王都の大軍を撃退してきました。案ずることはありません。ただ──」
「ただ?」
 ゴルバのもったいぶった言いぐさに、マカリスターは眉根を寄せた。
「まだ、こちらもセルモアを掌握したわけではありません。鉱山にはドワーフたちがいます。彼らが中立を保つならばそれでいいのですが、反抗することにでもなったら……。それに弟のデイビッド! アイツを何とかしなくては、いつ足場を崩されるか分かったものじゃない!」
「つまり、王都の大軍がやって来る前に、こちらの決着を着けたいということですな」
「そうです。それも早いうちに。──マカリスター卿、もし王都から軍が差し向けられるとしたら、あとどのくらいでやって来るでしょうか?」
 ゴルバの問いに、マカリスターは腕を組んで考え込んだ。
「普通に、王都とここの距離を考えれば、すでに昨日あたりに出立して、三日後には到着するでしょう。しかし、現在はダラス二世が病に倒れられ、王宮は混乱しております。そんなに迅速な対応は出来ないかも知れません。もっと大幅に遅れる可能性はあります」
「なるほど。時間的余裕はありそうですな。有り難い。──ところでマカリスター卿、よろしいのですかな?」
「何がでしょう?」
 再びワインを注ぎながら話題を転じるゴルバの手元を見ながら、マカリスターは問い返した。
「名前を何と言ったか──若い騎士がおりましたな」
 マカリスターは忌々しい青年騎士の顔を思い出して、鼻息を荒くした。
「レイフですか。世間知らずの青二才ですよ」
「真っ直ぐないい目をしていた。正義を信じて疑わない目だった」
「今さら、力を失った王国に忠誠を誓ったところで、何の得がありましょう。口を開けば、私に具申ばかりする生意気な小僧です」
 吐き捨てるマカリスターを見て、ゴルバはつい笑いそうになった。
「若いときは世の中の汚いもの全てを許せないのですよ。しかし、歳を取っていけば、自分も垢にまみれていく。それが分からない」
「ゴルバ殿、あいつを許してやろうなどと考えぬ方がいいですぞ。あいつが我々の味方になるわけがない。いや、こうして地下牢に閉じ込めておこうなどという考えは甘いかも知れませぬぞ。いっそのこと、首をはねてしまえば、後腐れがなくていいというものです」
 ゴルバは思わず、若い青年騎士と弟のデイビッドに重ね合わせていた。歳は離れているが、何となく似ている気がした。
「そうかも知れないですな……」
 ゴルバはもう一杯、ワインをあおった。


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