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[第十四章/− −4−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第十四章 魔法封殺(4)


「まさか、この遺跡に入り込んでくる者がいるとはな」
 ウィルに向けた言葉とは裏腹に、あまり驚いた様子を男は見せていなかった。黒いローブを頭からすっぽりとかぶっているが、そこから覗く顔はまだ青年といった感じで若い印象を受ける。しかし、顔の作りそのものは整っているものの、とても青白い顔をしており、病的に見えた。そして、何より危険な雰囲気を漂わせている。
 その隣には、ウィルも見知った人物が立っていた。バルバロッサの四男、ソロだ。だが、いつもの狂気めいたものはまったく感じられず、まるで心ここにあらずと言った雰囲気であった。隣の男に何か術を施されているのか。まるで夢遊病者のようだ。
「オレはこの街の領主バルバロッサの息子──と言っても、死んじまったらしいがな。シュナイトという。お前もこの遺跡に興味があるのか?」
 黒いローブの男──シュナイトは、ウィルに訪ねた。だが、ウィルは黙ったまま。
「この遺跡にあるものを知っているのか? 先程のガーゴイルとの戦いを見たところでは、どうやらお前も魔術師らしいが」
「オレは吟遊詩人だ」
 ウィルはあっさりと否定した。初めて、シュナイトの表情が動く。
「吟遊詩人? では、お前がコイツの言っていた男……」
 コイツとはソロのことだろう。だが、ソロは無反応。こうやって立っているだけでも不思議なくらいだ。
「なるほど、先程の魔術の腕前を見る限り、相当の手練れらしい。オレの敵にならないうちに、始末した方がよさそうだ」
 シュナイトはパチンと指を鳴らし、ソロの暗示を解いた。ソロはハッとしたようになり、身体をぐらつかせる。
「!? オレはどうしたってんだ!?」
「ソロ、ヤツが敵なんだろ?」
「何? ──! 貴様は!」
 ソロは目の前のウィルに気づき、背中の巨大な半月刀を抜こうとした。だが、残念ながら半月刀は自分の部屋に置いてきていた。
「しまった、武器がねえ!」
「オレのダガーを貸してやる。お前には新しい能力が加わったはずだ。ヤツを殺せ!」
「新しい能力? いつの間に?」
 ソロは不可思議に思いながらも、シュナイトから小振りなダガーを受け取った。愛刀に比べれば、何とも心許ない武器だ。
 だが、そんなソロを悠長に待っているウィルではなかった。すぐさま呪文の詠唱に入る。
「バリウス!」
 真空の刃が、戸惑っているソロに襲いかかった。不意打ちだったので、跳んでかわすことは出来ない。
 勝負は一瞬でついた──ように見えた。
 真空波がソロを切り刻んだと思った刹那、驚くべきことに、その姿はいずこかへと消えていた。
 さすがのウィルも驚愕したように見えた。
「見つけられるか、吟遊詩人」
 シュナイトは、ソロが新しい能力を発揮させたのを見て、笑みを漏らした。これは、先程、シュナイトがソロの額に埋め込んだ小さな赤い球の効果だ。あの球によって、異形の怪人であったソロは、さらなる魔人へと変貌したのだ。
 ウィルは足下の気配を探った。ソロは地中に潜る能力を持っていた。しかし、それも地面の土や砂が露出したところでないと能力を発揮できないはずである。今、この回廊の床は石畳になっているが、ソロは何らかの方法で、この人工的な床の下に潜ったのだろうか。
 その憶測は外れた。ソロの気配は、予想外の所に現れたのだ。
「──!」
「こっちだ!」
 突如、ウィルの頭上にソロは姿を現した。ダガーを持った右手を振り下ろす。すっかり足下にばかり気を取られていたウィルは反応が遅れる。
 ザクッ!
 ソロはウィルの頭部を切り裂いた。──いや、正確には、ウィルの旅帽子<トラベラーズ・ハット>を。
 間一髪、帽子を犠牲にして、ウィルはソロの攻撃を逃れることが出来た。床を転がりながら、ウィルは反撃に転じる。
「ヴィド・ブライム!」
 まだ、床に降り立っていない空中のソロに、ウィルはファイヤー・ボールを投じた。カシオスにも大ダメージを与えた一撃だ。
 だが、またしてもソロの姿は消え、ファイヤー・ボールは目標の遙か彼方で爆発した。
 ウィルはすぐさまソロを探したが、姿はもちろんのこと、気配すらも感知できなかった。
「アイツの新しい能力、分かったか?」
 シュナイトは楽しそうに尋ねた。
 ウィルの頬に長い黒髪がかかる。
「空間移動か」
「そうだ。アイツは空間の中に自由自在に潜り込み、現れることが出来るのさ! さて、どうするかね? 空間の移動中には、アイツの気配を捉えることなど不可能だぞ」
 ウィルは答える替わりに、《光の短剣》を抜いた。周囲に眩しい閃光が満ちる。
 それを見たシュナイトは、眩しさに目を覆いながら、
「《光の短剣》だと!?」
 と、驚きを隠せなかった。
 ウィルはソロの攻撃にいつでも対処できるよう、《光の短剣》を胸の前に構えながら待った。
 ソロはそれを知ってか知らずか、容易に出てこようとはしない。
 静寂が回廊を支配した。
 ──と。
 ウィルの背後で気配が湧いた。
 ウィルの右手が迸る。が、それが到達する前に気配は消えていた。
「オレの空間移動は、地中を移動するときのスピードよりも速いぜ!」
 後ろと思えば前! 空間を渡り歩く魔人ならではのフェイント攻撃。ウィルの喉元に凶刃が迫った。
 鮮血が飛び散る!
 ウィルはとっさに左手で、ダガーの刃を握りしめていた。喉元寸前でソロの攻撃を止める。
 ウィルは痛みに表情を歪めることなく、すぐさま《光の短剣》でソロの右手に斬りつけた。
「チッ!」
 ソロは舌打ちして消えた。血痕だけが、その場に残る。《光の短剣》はソロの手を傷つけはしたものの、手応えからして皮一枚。もし、ダガーに執着して手を離さなかったら、腕を斬り落とされていただろう。対するウィルは、左手を真っ赤に染め、ダガーを握りしめたまま、指を動かすことも出来なかった。
 ウィル、苦戦。
「魔法を使い、《光の短剣》を持つ吟遊詩人か。興味深いが、そろそろ始末をつけさせてもらおう」
 シュナイトはローブのフードを脱ぐと、右腕をウィルの方へと突きだした。新しい能力を身につけたソロ一人でも苦戦しているのに、この上、シュナイトまで相手にして、ウィルに勝機はあるのか。
「見るがいい! 我が力! 《黒き炎》!」
 それは魔法と異なり、呪文を唱えたわけでも、シュナイトから発せられたようにも見えなかった。だが、突然、ウィルの黒いマントに火がついた。いや、それを火と言っていいものか。この世界に黒い色をした炎があるとすれば。
 ウィルはアッという間に、黒い炎に包まれた。熱さは赤いものと同じなのか、ウィルは身体を折り畳むようにしてもがき苦しんでいる。床を転げ回りながら、黒い炎を消そうとした。
 だが、炎はなかなか消えなかった。このままではウィルが焼け死んでしまう。
「どうだ、《黒き炎》の味は!? この炎は憎しみの炎、オレの怨念が込められた炎だ!」
 ウィルは仰向けの姿勢になると、必死に呪文を唱えようとした。
「ポル……ム……カ……」
 途切れがちな詠唱であったが、魔法は発動した。ウィルの組んだ両手から放水が行われる。それは天井にぶつかるまでには至らず、自然、ウィルの身体に降り注ぐような格好になった。全身がびしょ濡れになり、かろうじて消火に成功する。
「オレの炎に焼き尽くされなかったのは、お前が初めてだ。ならば、今度はその魔法を使えなくしてやろう!」
 シュナイトはそう言うと、ローブの袖から奇妙な道具を取り出した。それは対になった手枷のようなもので、今は解除された状態になっている。
「ヤツの魔法を封じよ!」
 シュナイトは自分の持つ手枷に命じた。すると手枷はシュナイトの手から飛び出し、ウィルの腕へ自動的に装着される。シュナイトの《黒き炎》で瀕死だったウィルには、よけることも出来ない。あっさりとウィルは拘束されてしまった。
「これでお前は、二度と魔法を使うことが出来ない。──さあ、ヤツにトドメを刺すがいい!」
 シュナイトが叫ぶや否や、ソロが姿を現した。手にはいつの間にか、愛用の半月刀を持っている。
「オレが武器をなくして、手をこまねいていると思ったか!? 空間移動とは便利だぜ! ちょっくら、自分の武器を取りに行って、帰って来られるんだからな!」
 わずかな隙に自分の愛刀を持ち出してきたソロは、勝ち誇ったようにウィルに言い放った。
「死ね!」
 ソロは容赦なく半月刀を振るった。必殺の凶刃は、ウィルの腹部を残酷なまでに抉った。

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