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大ムカデが現れた坑道を進んで行くと、その先に仄暗い明かりが見えてきた。陽光のような眩しさはないが、真っ暗な坑道の中では極めて明るい。ウィルは一度立ち止まり、様子を探ってみたが、また大ムカデが現れるような気配はなかった。それを確認して、再び歩み始める。
ドワーフの鉱山夫によれば、この坑道の先が何者かが造った回廊に通じてしまったらしいとのことだ。それは、まだセルモアでは存在が確認されていない古代遺跡であるかも知れず、だとすれば、これは大変な発見であることに間違いはなかった。何より、まだ手つかずの魔法の品が眠っている可能性が高く、その価値は計り知れない。このような遺跡は、大抵、魔術師ギルドによって管理され、研究や調査がなされるのだが、それよりも前に盗掘目的の輩が貴重な過去の遺産を荒らしてしまうことが多く、そうなると《枯れた遺跡》になってしまう。保存状態のいい遺跡など稀であった。
この先が古代遺跡に通じているとして、果たしてウィルの目的は何なのか。キーツには、歌の題材を探すと言っていたが、ウィルも魔法の使い手。古代遺跡に関して博識であるのは疑いようがない。そもそも彼の旅の目的は何なのか。ただの吟遊詩人にしては謎が多すぎた。
やがて坑道が終わり、左右へ走る回廊の途中に出た。正面には巨大な柱がそびえ立っている。人間が横に手をつなぎ、ぐるりと囲んでも、十人は必要な太さだ。そんな巨大な柱が支えている天井も高い。まるでドラゴンも歩けそうなくらいの回廊だ。このようなものを人間の手が造り上げたのならば、驚嘆するしかない迫力であった。
柱はその回廊の両端に並んでおり、巨大な天井を支えていた。ドワーフたちが偶然に作り上げた入口は、丁度、その柱の陰になっており、回廊の中央からは死角になるようだった。
ウィルは周囲に注意を払いながら、影のように回廊へ滑り出た。
どうやら古代遺跡の中であることは確かなようだ。このような巨大な回廊を、太古の魔術師でもなければ造り上げられるわけがない。それに回廊を照らしているのは、たいまつなどの炎の明かりではなく、魔法による永続的なものだった。これらは呪文を解かない限り、永久に照らし続けている。他の古代遺跡でも数多く見られた造りだ。
回廊はまっすぐに伸び、どちらの先も見通すことが出来ないほど、果てしなく続いていた。普通の者ならば、どちらがどの方角か戸惑うところだが、ウィルには尋常ならざる超感覚が備わっている。坑道の穴を背にして、右が領主の城の方角、左が《取り残された湖》──ラ・ソラディアータ湖だということをウィルは易々と認識していた。
ウィルは左──つまり、《取り残された湖》の方向へ歩き出した。もちろん、こちらの方角を選んだのには理由がある。セルモアに伝わる伝承によれば、太古の昔、魔法都市は現在の《取り残された湖》がある場所に存在したという。つまり、遺跡の中枢は湖の方向にこそあるというわけだ。
ウィルは黙然と回廊の中央を歩み続けた。
やがて、回廊の柱が変化していることにウィルは気づいた。大きさや材質などは先程と変わらないのだが、柱の上部、ほとんど常人の目が届かないような高さに、四角くくり抜かれた穴が開いている。それはただくり抜かれただけではなく、中に彫像らしきものが、左右の柱に向かい合うようにして鎮座していた。その彫像も尋常ではない。何かの怪物を模したのか、額には短い角が一本突き出し、目は吊り上がって、口からは鋭い牙を覗かし、腕は細く長く、鉤爪を尖らせ、背中にはコウモリに似た翼を折りたたみ、尻尾の先には大小のトゲを備えている。古代遺跡に潜る者たちは、皆、その存在を知っており、そして警戒していた。
「キシャアアアアアッ!」
聞くにもおぞましい鳴き声を上げて、怪物の彫像が宙に羽ばたいた。それは石で出来ているにも関わらず、だ。
一匹が飛翔すると、次々と柱から怪物の彫像が高い天井を舞い始めた。まるで夢魔のごとく、頭上より侵入者に狙いを定める。
ガーゴイル。
この不気味なモンスターこそ遺跡の守護者であった。
ガーゴイルは魔術師が作り出すゴーレムの一種で、無機質である彫像に仮の生命を宿らすことによって、簡単な命令を実行させる。すなわち、侵入者に死を!
遺跡の探索者たちにとっては、ポピュラーなモンスターであった。しかし、だからと言って侮ることは出来ない。ガーゴイルは元が石の彫像であるにも関わらず、その動きは敏捷で、おまけに飛翔もする厄介な敵なのだ。まず、剣一本で戦うことなど出来ない。ガーゴイルを葬るには、強力な威力を持つ飛び道具か──
「ディノン!」
魔術師の魔法攻撃こそが対抗手段となり得た。
ウィルの唱えた呪文マジック・ミサイルは、五つの光の矢となって、狙い違わずにガーゴイルたちを粉砕した。バラバラと頭上から石片が降り注ぐ。しかし、そんな攻撃にもガーゴイルたちはひるむことがない。その数は増え続けていった。
「シャアアアッ!」
長い腕と鋭い鉤爪を武器に、空中からガーゴイルたちが切り裂きにかかる。それをウィルは優雅とも思える動きで回避した。
「ヴィド・ブライム!」
頭上の敵に、ウィルはファイヤー・ボールを発射した。巨大な火球はガーゴイル三体を巻き込み、回廊の壁にまで達し、大爆発を起こす。その威力で回廊が揺らぎ、天井から埃などが落下した。
「バリウス!」
背後の敵には、大ムカデも真っ二つにした真空波の呪文だ。ガーゴイルの体を吹き飛ばしながら、粉々にしていく。
だが、それでもガーゴイルたちが攻撃の手を緩めることはなかった。彼らは生みの親である魔術師の忠実な下僕であり、恐怖はもちろん、感情などとは一切、無縁なのだ。彼ら全てが倒されるか、攻撃中止の命令が下されるまで戦い続けることになっている。
「ドローマ・ム・クム・ダリーア」
突如、ガーゴイルたちは反転を始めた。それぞれの柱へと戻っていく。今の奇妙なワードが、ガーゴイルの命令語であることは明らかだった。
ウィルは、声の主の方へ振り向いた。