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ストーンフッドの小屋にキーツが戻ってくるなり、作業場からひと振りの剣を探し出した。キーツがストーンフッドに鍛え直してもらっていた剣である。まだ作業の途中であったはずだが、キーツはそれを持ち出し、黙って小屋を出て行こうとした。
「ちょっと、どこへ行くのよ?」
それを見咎めたのはアイナであった。小屋の中はマインたちの襲撃ですっかりと荒らされ、グラハム神父もチックの吹き矢で眠らされた状態だ。それを見て、何も言わずに出て行こうとするキーツの様子は明らかにおかしい。
だが、キーツはアイナの声など耳に入らない様子だった。
「キーツ?」
出て行こうとしたキーツであったが、扉の所でちょうど戻ってきたストーンフッドに塞がれた格好になった。ストーンフッドの後ろには、デイビッドたちもいる。
「デイビッド、キャロル、無事だったのね?」
二人の無事な姿を見て、アイナはホッと胸を撫で下ろした。予想外の山賊たちの襲撃。おそらくは鉱山で起きた騒動に乗じて仕掛けてきたのだろうが、危うくデイビッドを連れ去られるところだった。それをどうにか防ぐことが出来たのは、思いもしなかったデイビッドの逆襲があればこそで、その点では幸運に恵まれたというべきだろう。その後も山賊たちは二人を追って行き、どうなったのか心配していたのだが、こうして無事に戻ってきてくれて何よりだった。
「キーツやドワーフさんたちが助けてくれたの」
そう話してくれるキャロルだったが、どんなときでも明るい彼女にしては、その表情は暗い。それがキーツのおかしな様子と関係があるのだとアイナは察した。
「何かあったの?」
「どけよ」
苛立ちのこもったキーツの言葉に、アイナはドキッとした。それはアイナに対しての言葉ではなく、目の前のストーンフッドに対してのものだったが、ここまで語気を荒げたことはない。アイナも初めて見るキーツだった。
「いいとも。その前に手にしている剣を置いていってもらおうか」
頑固なドワーフはたじろぎもせずにキーツを見つめていた。こちらも眼光が鋭い。
「これはオレの剣だ。アンタに許可をもらう筋合いはないね」
「ワシも職人だ。一度、引き受けた仕事を途中で投げ出すようなことはせん。どんな理由だろうともな」
「依頼人に逆らうつもりか?」
「ワシは最初に受けた依頼をこなすだけだ」
一歩も引かぬストーンフッドに、思わずキーツの手が剣の柄に伸びかけた。
「ちょ、ちょっと待ってよ! どういうことなのよ!」
アイナは両者の仲裁に入るようにして事情を尋ねた。だが、両者は睨み合ったまま動かない。
「キーツはカタキを討ちに行こうとしているの……」
見かねたキャロルが思わず漏らした。その顔は今にも泣き出しそうだ。
「カタキ? 誰の?」
「キーツの恋人だった人……」
「キャロル、黙ってろ!」
キーツの怒声にキャロルは身をすくませた。こらえきれず、泣き出してしまう。
アイナはカッとなった。
パーン!
言葉よりも先にアイナの平手打ちがキーツの頬に飛んだ。
キーツに凄まれた。だが、アイナは毅然と、
「子供にそんな口をきかないでよ!」
と、厳しく非難した。
「嬢ちゃんの言う通りだ」
ストーンフッドもアイナに賛同した。キーツは少し後悔したのか、苦い顔をする。
「とにかくオレの問題だ。どいてくれ」
キーツはストーンフッドの脇を通り抜けようとしたが、剣の鞘をつかまれ、突破を阻まれた。振り払おうとするが、ドワーフの腕はテコでも動かない。
「爺さん!?」
「今から敵を追いかけたってムダだ。それとも領主の城まで行くつもりか?」
「だったら、どうだってんだよ?」
「一人で乗り込んでどうなる? アッという間に囲まれて、斬り殺されるのがオチだぞ。無駄死にするつもりか? 少しは頭を冷やせ」
「………」
「お前が許せないのはカタキか? それとも自分自身か?」
「………」
キーツは悔しさに唇を噛むと、剣から手を離し、ストーンフッドを押しのけるようにして小屋から出て行った。アイナもキャロルも、フッと息を吐き出す。ストーンフッドはかぶりを振りながら、剣を作業場に戻した。
アイナはストーンフッドに尋ねた。
「カタキって、どういうことです?」
「さあな。ワシもその子に聞いただけだから、詳しいことは知らない。だが、カタキが現れて、のぼせているようじゃ」
「あの体の大きな悪い人、キーツの昔の仲間だったんだって」
涙を拭きながら説明してくれたのはキャロルだった。仔犬が心配そうに見上げている。
「キーツはあの人に裏切られて、恋人を亡くしたの。キーツはそれをさっき知ったのよ。かわいそう……」
「あの男がキーツのカタキ……」
アイナはマインの顔を思い出しながら呟いた。確かにキーツよりも大柄な男で、山賊というイメージよりは傭兵と言われた方がしっくりくる。武器も大きな段平を振り回していた。
「それよりも敵がここを嗅ぎつけたことの方が問題だ」
ストーンフッドは深刻な表情を作った。それはアイナも考えていたことだ。今回の襲撃は少人数だったが、城の兵たちが押し寄せてきたらどうなることやら。
「簡単には手を出してこないと思うが」
「だといいんですけど」
「念のため、こちらもそれなりの備えをしないといけないだろう」
「と言うと?」
「うむ。仲間たちにその子のことを話しておこうと思う」
「デイビッドのことを?」
「そうじゃ。前にも言ったと思うが、我々、ドワーフにとって、バルバロッサは大切な友人だった。その子供であるあの子を守るというのであれば、皆、協力してくれると思うのじゃよ。ましてや敵は、そのバルバロッサを殺して、領主の座を奪ったと思われるゴルバたちだ。戦う理由としては充分だろう」
「しかし、それでは皆さんと城のヤツらとの全面衝突は避けられなくなるんじゃ……」
「もちろん、覚悟の上じゃよ。どうせ、ヤツらとて、このミスリル銀鉱山を狙っておるのじゃろう。いずれにしても戦いは時間の問題だ」
「そうですか……」
これ以上、争いを拡大させるのはアイナの本意ではなかったが、ストーンフッドの言うように、これは避けては通れぬ道なのかも知れない。しかし、戦いが拡大されれば犠牲者が増えるのも必然。それを考えるとアイナはつらかった。出来れば、敵の親玉であるゴルバたち兄弟だけを倒して、無用な犠牲は出したくないところだ。だが、単身、敵地に乗り込んでそんな真似が出来るのはウィルくらいしかいない。
そこでハッとアイナは気がついた。
「そう言えば、ウィルは?」
昼間から美麗の吟遊詩人を見かけていなかった。
「ああ、ヤツなら地下遺跡に興味を示して、探索に向かったぞ」
「なにそれ?」
アイナに問い返され、ストーンフッドは鉱山で起きた大ムカデ騒動からの顛末を語った。
人一倍の好奇心があるアイナは、その話を聞いて、自分も遺跡に行きたかったと不平を言ったが、きっとその場にいてもキーツ同様にウィルに追い返されたであろう。それでもアイナは諦めきれない様子だった。
「それで、いつ戻ってくるの?」
「さあな。しかし、ヤツならば心配することはなかろう」
だが、夜になってもウィルは帰ってこなかった。
夕食も済ませた一同の中で、真っ先に立ち上がったのはアイナだった。ウィルの強さはよく分かっているつもりだ。だが、胸騒ぎがしていた。
「私、ウィルを探してくるわ」
言うよりも早く、アイナはクロスボウの装着を始める。明かりとなるランタンも準備した。
「そんなに心配することはないんじゃないか?」
キャロルに介抱されて、ようやくチックの吹き矢から目を覚ましたグラハム神父が鍋底のスープをさらいながら言う。今まで眠っていただけのクセして、ウィルの分も残しておこうなどという心配りは微塵もない。キーツも出て行ったきりで、どこをほっつき歩いているか分からなかった。
「でも、地下遺跡って色々な仕掛けがあって危険なんでしょ? そんなところに一人で行くなんて」
「ヤツは魔法を使うように、そっちの分野は詳しいはずだぜ。な〜に、きっと探索にかまけていて、時間を忘れちまっているのさ。オレも酒場で飲んでいると、よく時間を忘れちまうからな──いててて!」
隣でたしなめるようにキャロルに脇腹をつねられ、不良神父は悲鳴を上げた。
「とにかく、行ってみるだけ行ってみるわ」
不安を拭い去れないアイナは、小屋を出て行こうとした。
「待て。鉱山の中は不案内じゃろ? ワシも行こう」
一人で行こうとするアイナを呼び止め、ストーンフッドも立ち上がった。