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「確か、この辺りだと思ったが……」
グラハムは何やら外壁を調べながら、ブツブツと呟いている。その手はすぐに止まった。
「ここだな」
懐から小さなナイフを取りだしたグラハムは、舌なめずりしながら、それを外壁の隙間に差し込み、微妙に動かした。まるで盗賊がカギをこじ開けるような仕草だ。実際、グラハムは鍵を開けていたのだが、そんなことは素人のキーツとアイナには分からない。
夜の静寂の中で、小さくカチリという金属音がした。
「開いた」
何が、と問う間もなく、今までただの外壁に見えていたところが、引き戸のように重々しく動いた。それはぽっかりと穴を開け、城の内部へと通じる入口になる。よく隠し扉の話は聞くが、それをキーツとアイナが目の当たりにしたのは初めてだ。
「す、すげえ」
「隠し扉がこんなところに……」
「いざってときの抜け穴さ。どんな城にもある代物だ。あのガキもここから逃げたんだろうよ」
グラハムが指摘したとおり、この抜け穴はデイビッドが使用したものだった。
「よく、ここにあるって分かったわねえ」
アイナは感心しきりである。
「昔、忍び込むときに、この城のことを充分に調べたからな」
「じゃあ、そのときもここから?」
「ああ。ここからバルバロッサの寝室につながっている。城の上の方だ。オレたちの目的地は、そこから下に降りて地下室だ。さあ、ここからが本番だぜ。命がけになる。引き返すなら今だが?」
グラハムは二人の意志を確かめるように、ジッと目を見つめた。キーツが不敵な笑みを見せる。
「望むところだ。命を惜しむ傭兵なんかいやしねえぜ」
アイナもそれに追随するようにうなずく。
「女だからって、余計な気遣いは無用よ。自分の身は自分で守る」
それを聞いて、グラハムは破顔した。
「よっしゃ! じゃあ、行くとしますか」
三人はこれまでと同じ順番で、抜け穴から領主の城へ侵入した。
抜け穴は人ひとりがやっと通れるくらいの狭くて急な階段になっており、三人は慎重に登った。両脇の壁は薄いらしく、所々では兵士たちの話し声なども聞こえてきた。それは逆を言えば、こちら側の物音も聞こえる危険性があるということで、三人は余計に神経を使わねばならなかった。城の兵士たち全員が抜け穴の存在を知っているとは思えないが──全員が知っていたら秘密の抜け穴にならない──、ここで物音を立てて、警戒を厳重にされるのは得策ではない。少なくともバルバロッサの寝室へ辿り着くまでは。
高さからすれば、それほどの段数はなかったと思われるが、一番上まで辿り着いたとき、心臓の鼓動は緊張のせいもあって早まっていた。
グラハムはここで立ち止まり、後ろの二人に「様子を見るから、ちょっと待て」と指でジェスチャーし、慎重に抜け穴の出口を開けた。
抜け穴は、バルバロッサの寝室の暖炉に通じていた。もし、暖炉を使っていたら、炎が吹き込んできたところだが、幸いなことに暖炉の使用はもちろん、室内には誰もいない。グラハムは首だけ伸ばして覗き込み、安全確認を行った。
「よし、いいだろう」
グラハムは大きな身体を窮屈そうに暖炉に通して、バルバロッサの寝室に足を踏み入れた。それにキーツも続く。最後はアイナ。手こずった二人に比べると、抜け出てきたアイナの動きは軽やかだった。
「ここが領主の寝室か」
キーツは物珍しそうに、室内を見回した。とは言え、ここは寝るだけの場所らしく、大きなベッドと書物が詰まった本棚が目立つ程度で、他は何もない。ただ、壁には護身用か装飾品なのか分からなかったが、鞘に収められた剣が二本、交差する形で飾られている。好戦的な人物だと噂されるバルバロッサの趣味としてうなずけた。
「見て」
アイナが何かを発見し、二人に声をかけた。見れば、床一面に敷かれた大きなカーペットに、黒いシミが広がっている。
「血だわ」
それはすでに乾ききり、靴底でこすると粉っぽく削れた。
「バルバロッサはここで……」
血の痕を見つめながら、グラハムは何を考えるのか。八年前に直接、話したときのことを思い出しているのか、それともここで息絶えた領主の死に様か。
キーツはその間に、二つある寝室の扉を調べた。暖炉の反対側にある扉は鍵が掛けられていたが、窓の向かいにある扉は開く。さすがにキーツもバカではないので、一気には開けず、恐る恐る扉の隙間から外の様子を窺った。どうやら扉の向こう側は通路になっているらしい。
「おい、そろそろ行こうぜ」
キーツはグラハムとアイナを促した。
グラハムはうなずき、キーツと身体を入れ替える格好で、外の様子を窺った。誰もいない。静かだ。深夜だけあって、定期的な見回り程度しか行っていないのだろう。
グラハムは扉を一旦閉めて、二人に向き直った。
「行くぞ」
キーツとアイナは緊張の面もちでうなずいた。
バルバロッサの寝室を出ると、グラハムは忍び込んだときの記憶を頼りに、躊躇なく通路を進んだ。やがて通路は下への階段に通じ、そこを降りていく。階段の下には歩哨がいるかも知れない。各々、即座に武器を手に出来るよう準備しながら、一段一段、慎重に降りた。