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[第十八章/−1 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第十八章 決死行(1)


 扉から姿を現したシュナイトを見て、ゴルバは腰を浮かせたまま、動けなくなった。確かにゴルバ自身、ソロに呼んで来るよう命じたが、あれから一日経っても音沙汰なしで、よもや、このような深夜にシュナイトが現れるとは思いもしなかったのだ。
 シュナイトは悠然と執務室の中に足を踏み入れた。
「こちらは?」
 初対面のマカリスターがゴルバに尋ねた。
「すぐ下の弟で、シュナイトと言います」
 答えたのはシュナイト本人だった。ゴルバはまだ驚きに言葉を失っている。
「あなたが」
 バルバロッサの息子たち五人については、マカリスターも名前くらいは知っている。そして、またシュナイトが異形の者であることも。
「私はマカリスター。ノルノイ砦の騎士団を率いて、ゴルバ殿の傘下に加えていただきました」
 マカリスターはへつらうような態度を取った。シュナイトは他の兄弟たちに比べると優男と言った印象だが、やはり畏怖の念は拭いきれない。いや、むしろ、目の前のシュナイトには、ゴルバやカシオスとは異質な恐れをマカリスターは本能的に感じた。
 だが、シュナイトは自己紹介は済んだとばかりに、そんなマカリスターなどに目もくれなかった。兄すらも無視し、執務室の大きな書棚へと歩を進める。そして、何かを探し始めた。
「ひ、久しぶりだな、シュナイト」
 ゴルバはようやく話すことが出来た。しかし、シュナイトがまとう雰囲気は尋常ではない。
 ゴルバはそれを、長い間、地下室に閉じこもっていたせいかと考えた。
 シュナイトが二年もの間、閉じこもっていた地下室。それは今もゴルバの記憶に昏い影をこびりつかせている禁忌の場所。だから、シュナイトがセルモアに戻り、地下室に引きこもってから、ゴルバはそこへ近づこうともしなかった。そして今、二年ぶりに地下室から出てきたシュナイトは、ゴルバたちを異形の者へと変えた魔導士の妄執に取り憑かれているように思えてならない。
 シュナイトは書棚の前に立つと、上から順に眺め始めた。
「何を探している?」
 思わず、ゴルバは尋ねた。その書棚には羊皮紙に書かれた書類が山と積まれている他、父バルバロッサ個人の物も含まれている。ここから目的のものを引っぱり出すには、この部屋の本来の主でもないと無理だろうと思われた。
「おい、シュナイト?」
 返事のない弟をゴルバは訝った。そんな兄の言葉が疎ましいかのように、
「バルバロッサの日記だ」
 とだけシュナイト。
 だが、父を名前で呼び捨てにする弟にゴルバは違和感を覚える。シュナイトはデイビッドを除けば、もっとも穏和で、礼儀正しい男だったはずだ。それは他の兄弟たちと一緒に異形の者にされてからも変わらなかった。バルバロッサと意見を異にし、兄弟の中でも一番最初にセルモアを出て行ったものの、何がそこまでシュナイトを変えたのか。
「日記だと? そんなものをどうする?」
 ゴルバは不可解なシュナイトの行動に警戒心を覚えながら、さらに問い正した。
 シュナイトは書棚をあさる手を止めずに、
「少し調べものだ。別に構わないだろ?」
 と返答する。
 父の日記から何を調べようと言うのか。少なからずゴルバも興味を持ち、書棚に近づいたが、それよりもシュナイトと直接話せるチャンスであることを思い出し、かねてよりの提案を持ちかけた。
「それよりもシュナイト、力を貸してくれ」
「力を?」
「ああ。ソロから聞いたかも知れんが、オレは親父を殺し、セルモアの実権を握った」
「セルモアの実権? まだデイビッドが逃げているのだろう?」
 シュナイトにあっさり言われ、ゴルバは一瞬、言葉に窮したが、すぐに気を取り直した。
「ああ。だが、それも時間の問題だ。デイビッドが身を隠している場所は分かっている。問題は、デイビッドをかくまっている連中の中に、魔法を使う謎の吟遊詩人がいてな……」
「吟遊詩人……」
 シュナイトは、ふと、地下回廊で対決した美しき吟遊詩人を思いだした。その表情に笑みを浮かべる。
「ヤツとなら、先程、出会った」
「! な、なに!?」
「心配ない。ヤツには深手を負わせたし、あれで命を取り留めても、魔法は使えないようにしておいた。恐れることはないだろう」
「そ、そうか。いや、カシオスとソロが、その吟遊詩人に痛めつけられていたんでな、お前に力を貸してもらおうと思っていたところなのだ。さすがはシュナイト」
 ゴルバは喜びを言葉に表したが、内心、ウィルを敗退させたというシュナイトの力に脅威を感じていた。もし、シュナイトと争うようなことになればどうなるか。ゴルバには異形の力の他に、悪魔の斧<デビル・アックス>が手元にあるが、シュナイトにも兄弟たちが知らない切り札が残されているように思う。何と言ってもこの二年間、ずっと地下室に閉じこもっていたのだ。あの魔導士同様、どんな得体の知れない実験にいそしんでいたことやら。
「あとはオレの力を必要とせずとも、デイビッドを捕らえられるだろう。悪いが、オレはさっきも言ったように調べものがある。邪魔しないでもらおう」
「わ、分かった」
 ゴルバはここで引き下がるしかなかった。弟相手に情けないことだと思う。だが、シュナイトの影に見える、あの魔導士の呪縛がゴルバの気力を萎えさせた。


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