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やがて、一階に辿り着こうというところで、三人の耳に男たちの声が聞こえてきた。どうやら一階に警備の者が立っているらしい。ただ、時折、笑い声が聞こえるように、内容は下らない話らしく、すっかり油断しているようだ。おまけに階段の両側に立っているらしく、こちら側が死角になっている。階段の方を覗き込まない限り、グラハムたちが発見されることはないだろう。もちろん、こちら側からも相手が見えず、立ち位置は歩哨の声から判断するしかない。
グラハムはキーツに目配せして、歩哨を「やるぞ」と合図した。キーツもそれを理解する。それを見たアイナは、首を斬る仕草とバッテンを出し、「無用な血は流さないように」と注意した。こんなところで斬りつけて、血でも流されては、騒ぎにならないまでも、床に残った血痕から、他の者に見つかる恐れがある。それは承知だと、二人はうなずいて見せた。
グラハムは右を、キーツは左を担当し、タイミングを合わせて、なおも会話に夢中の歩哨に襲いかかった。
「!」
「なっ!?」
ガツッ!
ゴッ!
不意を襲われた歩哨たちは、一言くらいしか発することは出来なかった。悲鳴も助けも呼べず、グラハムとキーツの一撃をみぞおちに、あるいは後頭部に受けて、二人の歩哨は昏倒してしまう。もちろん、命に別状はなく、気絶しただけだ。
倒れそうになる歩哨の身体を受け止めながら、グラハムとキーツは周囲の様子を窺った。どうやら、領主の城の連中には気づかれなかったようだ。
しかし、気絶した歩哨たちをこのままここに放置するわけにもいかない。グラハムたちは、彼らを押し込んでおける部屋を探した。
アイナが台所を見つけた。兵たちの食堂用らしく、かなりの大きさだ。一行は気絶した歩哨たちをそこへ引きずって行くと、山と積まれた野菜の傍らに寝かせ、その上からムシロをかぶせた。深夜だけに、台所を利用する者は少ないはずだ。階段の所に歩哨が二人ともいなくなっていることは怪しまれるかも知れないが、発見までの時間稼ぎにはなるだろう。あとは運を天に任し、三人は階段の所へ戻った。
一階からさらに地下へ下ると、最下層まで城の兵士に出くわさなかった。やはり、街の外壁に自信があるだけあって、城内部の警備は手薄なのだろう。
階段を降りきると、目の前には一枚の鉄の扉があった。ここが、昔、どこからともなくやって来た魔導士が住み着いた場所であり、ゴルバやシュナイトたち兄弟の身体が、化け物じみたものに改造された呪われし所なのだ。
グラハムは扉のノブに手をかけようとして、一旦、止めた。
「どうした?」
キーツが怪訝な顔をする。キーツの右手は、いつでも剣を抜けるように柄を握っていた。
グラハムは深刻な表情で説明した。
「噂によれば、現在、この地下室を使っているのは、バルバロッサの次男シュナイトだってことだ。なんでも二年前に閉じこもってからずっと出てこないってことなんだが……」
「それがどうした? 相手は一人なんだろ? こっちは三人さ。アッという間に片づく」
「忘れたのか? バルバロッサの息子たちには、みんな、尋常ならざる能力を身につけているんだぞ。相手が一人だからと言って、舐めちゃダメだ。いいか、三人一斉でかかるんだ。それもひとかたまりにならず、散開して、一気に」
「チッ、アンタらしくもねえな」
「キーツ、オレはそうやって生き抜いてきた。少しはお前よりも人生を長く生きてきた先輩の言葉に、耳を貸すこったな」
「………」
二人は睨み合うように目を合わせた。それを見て、アイナは男のプライドというものにうんざりする。
だが、先に折れたのはキーツだった。
「分かったよ」
そう言ってキーツは、剣の柄を握り直した。
アイナもクロスボウの弓をワンタッチで広げ、鉄の矢をつがえる。
「よし、行くぞ!」
グラハムは勢い良く、鉄の扉を蹴破った。
執務室で、未だ書棚の前に立ったまま、父バルバロッサの日記を探し、いくつかの書物を手にとって読んでいたシュナイトが、突如、頭を上げた。その様子に、ずっとワインを飲んでいたゴルバが気づく。マカリスターは酔いつぶれ、豪快なイビキを立てていた。
「どうした?」
ゴルバは弟に尋ねた。
シュナイトは答えず、ローブの懐より、一枚のメダルを取り出した。ワインのビン底よりも一回り大きいかと思われるくらいのメダルだ。そのメダルは魔法の品なのか、淡い光を放っていた。
「侵入者だ」
「何?」
かなりの量のワインを飲んでいたゴルバだったが、反応はシャープだった。特に「侵入者」という言葉を聞けば、黙っていられない。父をその手で殺して数日。セルモアを掌握したとは言い切れぬゴルバにとって、その周囲は敵だらけと言っていい。
「先程、何者かが地下室に入り込んだ形跡があったんでな」
と、光るメダルを見せながら、シュナイトは兄に説明し始めた。
ちなみに地下室へ入り込んだのは、投獄寸前に逃げ出したレイフであるのは言うまでもない。
「このメダルに、地下室への侵入者の存在を教えてくれる仕掛けを施しておいたのだ。誰か不心得者が忍び込んだか、それとも……」
城の中の者で、地下室に足を踏み入れようとする輩はいないと思われる。皆、昔の忌まわしい出来事を知っているからだ。しかし、ここ数日間で、領主の城には余所者たちが増えた。カシオスの山賊団か、ノルノイ砦の騎士団ならば、地下室に興味を持つことはあれども、恐れはしないだろう。
だが、それ以外の侵入者の可能性も充分だ。そして、それは最悪となる。
ゴルバは悪魔の斧<デビル・アックス>を手にした。
「者ども! 出合え〜っ!」
自分の部屋に侵入されたシュナイトよりも、ゴルバの反応の方が過剰だった。近衛兵が飛んでくるよりも早く、執務室を飛び出す。
ゴルバはほとんど飛び降りるように階段を下って行った。
「あったぞ」
書物や実験道具に埋もれた地下室の中で、グラハムが手を上げた。
意外にも、目的のものはあっさり見つかった。小瓶に入った水色の液体。ラベルには古代語で何やら書かれているが、アイナやキーツにはさっぱりだ。だが、グラハム本人が手にして叫んでいるのだ。魔法の薬<マジック・ポーション>に違いない。
いささか、アイナとキーツは拍子抜けした様子だったが。
グラハムはその魔法の薬<マジック・ポーション>を、アイナに手渡した。
「こいつはアンタが持っておけ」
「神父様?」
グラハムの手から受け取りつつ、アイナは不思議な面もちになった。そんなアイナにグラハムは笑いかける。
「これから何があっても、アンタが届けるんだ。いいな?」
「………」
「まあ、念のためってヤツだ。役割を決めておけば、いざってときに対処がしやすくなる」
「それはそうかも知れないけど……」
「そんな顔をしなさんな。まだ、ヤバイことが起きるとは限っちゃいない。ただ、帰りもうまくいくって言う保証はねえからな」
「どうやらそのセリフ、当たりのようだぜ」
鉄の扉から外を窺っていたキーツが、水を差すように言った。
階段より、大勢の足音が聞こえてくる。なぜかはアイナたちには分からなかったが、三人の潜入がバレたらしい。
ここは最下層部の地下室。窓などもちろんなく、出口は城の兵士たちが雪崩れ込んでくる階段のみ。
絶体絶命。
キーツは扉から下がると、剣を抜いた。
その前を戦槌<メイス>と大盾<ラージ・シールド>を構えたグラハムが仁王立ち。
アイナは強く魔法の薬<マジック・ポーション>の入った小瓶を握りしめた。
扉の外には、城の兵士たちが、すぐそこまで迫ってきた。