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[第二十章/− −3 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第二十章 見えない敵(3)


「行くぜ!」
 先手必勝。キーツがまず仕掛けた。何より、時間をかけて戦っていられない。先程、木を切り倒された音で、他の兵士たちがこちらへやって来るのは予想できた。
 速攻こそが必要だった。で、ある以上、こちらの攻撃が届かない地中に潜られるのは厄介である。キーツはそれを防ごうと思った。
 《幻惑の剣》を上から振り下ろすと見せかけて、狙いは足下。移動力を奪ってしまえば、地中に潜っても大した意味をなさないと考えたからだ。
 キーツの作戦通り、ソロはまず肩口を防御した。《幻惑の剣》の切っ先が、そこを狙っていると錯覚したに違いない。だが、視認したキーツの攻撃より、実際はもっと下である。常人ならば、その変化に対応することは不可能である。しかし──
 キィィィィィン!
 キーツの攻撃は、ソロの巨大な半月刀によって阻まれていた。ソロの身体に対して、あまりにも半月刀の刃が大きいため、足下への攻撃をもフォローしていたのである。
「ならば!」
 キーツは攻撃パターンを変更した。上下左右の攻撃が通用しないのならば、直線的な攻撃だ。突きである。キーツは素早く剣を突きだした。
 だが、それも簡単に防がれた。ソロは刃の側面を向けて、全身をカバーするようにしたのだ。まるで大きな盾に身を隠すようなものである。これはまさに、ソロの身体の小ささと半月刀の並はずれた大きさがもたらした防御であった。
「面白い剣を持っているな」
 すべての攻撃をはね返しながらも、ソロは《幻惑の剣》が持つ効果に感心していた。
 だが、それに対してキーツには余裕がない。《幻惑の剣》を持っていながら、ここまで完璧に攻撃が通用しないとは思ってもみなかったのだ。
 そのキーツの視界の隅を動く影があった。アイナだ。キーツの苦戦を見て取ったアイナは、ソロが気を取られている隙にその背後に回り込んだのだ。
 正攻法をモットーとするキーツにしてみれば、たった一人の相手に二人で挟み撃ちにするという手段は気乗りしないものだったが、四の五の言っていられない。このままでは、やがて城の兵士たちが駆けつけて、キーツたちの方が数的不利になる恐れがあった。
 キーツはソロの気をこちらに引きつけようと、次々に攻撃を繰り出した。もちろん、ソロには全て見切られている。
「どうした、これでお終いか? だったら、今度はこっちから仕掛けさせてもらうぞ!」
 キーツの攻撃を凌ぐのに飽きたソロは、反撃を宣言した。キーツの《幻惑の剣》が大きく弾かれる。
(殺られる!)
 そうキーツが覚悟を決めた刹那──
 ビュッ!
 アイナがソロの首の後ろ目がけて、クロスボウを発射した。アイナの腕前ならば百発百中のはずだ。
 そして、その通り、ソロの首を鉄の矢が貫くはずだった。
 ──ただし、ソロの身体が、突如、消えさえしなければ。
「!?」
 何が起こったのか理解する間もなかった。目標を失った矢は、その先にいたキーツ目がけて飛来する。
「げっ!?」
 キーツは思わず目をつむった。
 しかし、矢は紙一重のところでキーツの身体をかすめ、林の奥に消えていった。もし、アイナがソロとキーツの身体が重なる一直線上で発射していれば、キーツに当たっていたことだろう。しかし、アイナは万一のことを考えて、キーツだけは発射角度から外れるポジションでクロスボウを撃っていた。
 とは言え、すっかりキーツは肝を冷やしていた。
「あー、危なかったぜ」
 心臓を押さえるようして、キーツは口をパクパクさせる。アイナは周囲の警戒を怠らないようにしながら、キーツがいる所に駆け寄った。
「また地面に潜ったの?」
 アイナは耳を澄ませた。移動中ならば、音が拾えるかも知れない。
「潜ったってよりは、消えたって感じだったけどな」
 夜の闇の中、二人は背中を合わせるようにして立ち、ソロの出現を待った。だが、気配は皆無。そのまま逃げてしまったのか。
 風が木の枝や下生えを揺らし、ざわざわと音を立てる。遠くからは、二人の居場所を嗅ぎつけた城の兵士たちの声。近くなっている。早くこの場を離れないと。しかし、ヘタには動けないプレッシャーのようなものが、二人を釘付けにしていた。
 と──
 アイナはお尻を撫で上げられる感覚を覚え、電光石火の素早さで、背後に立つキーツにビンタを喰らわした。
 パシーン!
「何すんのよ、スケベ!」
 言葉の方が後になる。
 キーツは頬を押さえながら、涙目を浮かべ、キョトンとアイナの顔を見ていた。
「な、何するって、オレが何をした?」
「私のお尻、触ったでしょ!」
 暗くてよく分からないが、きっとこのときのアイナは顔を真っ赤にしていたに違いない。
 だが、キーツには事情が飲み込めていないようだった。
「は?」
「どさくさに紛れてそんなコトするなんて、サイテーよ!」
「オレはしてないぞ、そんなこと! 手はもちろん、身体でだって触れちゃいない!」
 すっかり大声を出して、わざわざ追っ手に居所を教えているようなものだが、二人は言い分を譲らなかった。
「ウソ言いなさい! ただ触れたどころじゃないのよ! いやらしく撫で上げたじゃないのよ!」
「だから、やってないって! オレは少なくとも、自分のやったことを認めるくらいの潔さは持ち合わせているつもりだ!」
「あなた以外の誰がいるってのよ!?」
「だから、それは──」
「キャッ!」
 パシーン!
 二発目のビンタがキーツの頬を張った。あまりにも強力だったので、思わずキーツが尻餅をついたほどだ。
 だが、それでもアイナの怒りはおさまらないようだった。
「一度ならず、二度までも! 言ってるそばから、また触るなんて!」
「こ、コラッ! 今、向かい合っていたオレが、どうやってお前の尻を触れるんだ!?」
 キーツにそう言われ、ふと考え込むアイナ。
「そう言われれば……」
「ケッケッケッ、愉快だな、お前ら。ただ殺すのが惜しくなってくるぜ」
 ソロの声がして、アイナは後ろを振り返った。
 そこにはソロの姿はなかった。代わりに奇妙なものが空中で蠢いている。それは手だった。
 手だけが宙に浮かび、まるでクモのように指を動かしているのだ。
 奇怪な光景に、アイナとキーツは声を失った。先程、半月刀の刃が地面を走っていたのよりも強烈だ。
「な、な、な、何よ、コレ……!?」
 さすがのアイナも、あまりの気味悪さに後ずさる。だが、手に続いて、顔も現れた。ソロの顔だ。


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