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[第二十章/−1 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第二十章 見えない敵(1)


 ガシャン!
 派手な音を立てて、酒瓶が割れた。
 その音にハッとするキャロル。どうやらグラハムたちの帰りを待っているうちに、いつの間にかテーブルでうたた寝していたようだ。そして、何かの拍子に酒瓶に触れ、落としてしまったらしい。
 その音を聞いて、暖炉の前で揺り椅子に座っていたストーンフッドとデイビッドに付き添うようにしていたレイフ、そして仔犬が、キャロルの方を向いた。皆、心配そうな表情だ。
 ただ一人、デイビッドだけが眠ったまま。
「ご、ごめんなさい」
 キャロルはバツの悪そうな表情をすると、割れた酒瓶を片づけようとイスから立ち上がった。
「大丈夫ですか? 私が片づけておきましょう」
 レイフが優しく、そう言ってくれた。それに首を振るキャロル。
「いえ、私が壊したから」
 そう言って、レイフの申し出をやんわりと断った。
「このところの疲れが残っているのだろう。ワシたちが起きて待ってるから、アンタは休んだらいい」
 いつもはぶっきらぼうな喋り方のストーンフッドも、この少女と話すときは態度が軟化する。キーツがいれば、不公平だと抗議するところだろう。
 みんなの心遣いに感謝しながら、
「大丈夫です。眠くなったら、ちゃんと寝ますから」
 と、キャロルは笑顔を見せた。小さいながらも、しっかりした少女であることは、知り合ったばかりのレイフでも分かる。その後は誰も何も言わなかった。
 キャロルは身を屈めて、割れた酒瓶の破片を拾い集めた。酒瓶はグラハム神父が昔から愛用していた物である。酔っぱらって道端で寝ていたときも、不思議と割れずに、今まで使用し続けてきた。それが割れてしまうとは……。
「イタッ……!」
 指先を破片で切ってしまい、キャロルは小さく声を上げた。思わず、ストーンフッドたちの方を窺ってしまったが、気づいた様子はない。
 キャロルは血が滲み出す指先をジッと見つめた。
 何だか、悪い予感がする。
(神父様に何もなければいいけど……)
 キャロルはグラハムたちの無事を祈った。



 ゴルバは荒い息をついた。グラハムが放った《気弾》によって、どうやら肋骨にヒビが入ったらしく、息をするのも苦しい。思わず、ゴルバはその場にしゃがみ込んだ。
 グラハムは絶命したにも関わらず、両手を突き出した格好で仁王立ちのまま倒れもしなかった。その額はパックリと割れ、顔から首、そして神父の礼服へと血を流し続けている。だが、眼は生きているかのように、カッと見開かれたままだ。
 ゴルバは強敵に対し、畏敬の念を抱いた。世界にはまだまだ、自分が及ばない強者たちがいるのだということを思い知らされた気がする。毒霧という特殊能力と呪われし武具、悪魔の斧<デビル・アックス>を持ち、セルモアの掌握、さらにはブリトン王国の支配者になるという野望を燃やしていたが、それを実現させるのは容易ではないことを痛感した。しかし、もう後戻りは出来ない。自分の父を殺してまで、望んだ道なのだ。誰かに倒されるまで、進むしかない。
「ゴルバ様!」
 逃げた二人の侵入者──アイナとキーツ──を追っていったはずの兵士たちが戻ってきた。侵入者を捕らえた様子はなく、どうやら取り逃がしたらしい。
 部下たちの手前、威厳を保とうとゴルバは立ち上がりかけたが、途中、またもや吐血した。それでも気力を振り絞って、足を踏ん張る。
 そんなゴルバの壮絶な姿を見て、兵士たちは言葉を失った。この畏怖こそ、下の者を支配するのに必要なものだ。
 ゴルバは兵士たちの顔を見渡した。
「侵入者はどうしたか?」
「はっ! バルバロッサ様の寝室まで追い込んだのですが、そこで姿を消していました。窓から逃げようにも、あの高さから飛び降りたとは考えにくいのですが……」
 兵士の言葉を聞いて、ゴルバには侵入者たちがどのようにして脱出したか分かった。
「抜け穴を使ったのか……。それにしても、その存在を知っているとは……。デイビッドの手引きか?」
「は? 何でしょうか?」
 ゴルバの呟きに、兵士は怪訝な顔をした。ゴルバは兵士たちに向き直る。
「侵入者たちは寝室の抜け穴を通って、外に逃げたはずだ! すぐに追え!」
 一喝のようなゴルバの命令に、兵士たちは緊張した敬礼を返し、各々、四方へと散った。こんな真夜中に探索するには人手がいる。城中の人間を叩き起こすことになるだろう。カシオスの山賊団やマカリスターの騎士団に手を借りてもいいが、余所者である彼らでは、周囲の地形が分からないだろう。暗い中、ケガなどをする可能性もある。忙しい最中にそんなことが起きては、足手まといになるだけだ。
 再び誰もいなくなって、ゴルバはうめき声を上げた。《気弾》を受けた胸がひどく痛む。ゴルバはよろよろと自分の寝室へ戻ろうと歩み始めた。
 仮に侵入者の追跡に失敗しても、この街にいる限り、いくらでもチャンスがある。それに、だいたいの行方は見当がついていた。朝になったらマカリスターにでも兵を率いさせて、ドワーフの集落を襲撃させよう。それまで休息が必要だった。


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