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[第二十一章/− −2 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第二十一章 宿敵との再会(2)


「──というわけで、昔からセルモアの鉱山ではミスリル銀が発掘され、街の大いなる財源になっているんだ。しかも、現在は領主の手腕でどんどん街は発展しているし、余所から大勢の人たちが移り住むようになっている。まあ、そんなことが出来るのも、ブリトン王国の国王の容体が思わしくないからなんだが……」
 ランバートは隣を歩くアイナに話をしてやりながら、時折、森に自生する様々な植物に目を向けていた。そして、何かを発見したらしく、突如、話を中断させると、小走りに駆けていく。きっとランバートが探していた植物か何かだろう。二人で森を歩いていると、こうして話が途切れることはしばしばだ。
 アイナはちょっと呆れたように小さく息を吐き出すと、自分もランバートのそばに駆け寄った。せっかく《取り残された湖》という俗称のあるラ・ソラディアータ湖の伝承や、その近くにあるセルモアという街について話を聞いていたのに。
 ランバートは一輪の花を愛でていた。
「何?」
「レガロだ。この花自体はここから北に行った地域でも見られるんだが、花びらがピンクがかっている。普通、レガロの花は白なんだけどね。大きさも少し小さいようだ」
「ふーん」
 と言われても、アイナにはチンプンカンプンだ。森の草花はいつも見ているが、それをどうこう思ったことはない。それよりも森では折られて間もない小枝や、落ちている糞から獲物の存在を嗅ぎつけることに神経を使っている。
 ランバートは革袋から小さな本を取り出すと、それを開いて、書き込みを始めた。聞いた話によると、それはノートというもので、ランバートはそれに植物の絵や特徴に関するメモを書いているらしい。描いた植物の絵を見せてもらったことがあるが、それは見事な出来映えだった。村では紙で出来ているのは貴重な本くらいのもので、普通、字などを書くのは羊皮紙を用いる。もっとも字が書ける人間からして少ないのだが。
 こうしてランバートを連れて森を歩くのは何度目かになる。そのたびにランバートは色々な話をアイナにしてくれたが、今のように珍しい植物を発見するとそちらが優先になってしまい、散々、待たされることも少なくなかった。そうなると本職の狩りもおろそかになってしまう。最初の頃こそ、アイナは辟易していたが、最近はそれにも慣れた。それにアイナは、植物を目にするときのランバートの表情を見るのが好きで、つい口許が緩んでいるのを自覚していた。
 アイナの眼差しに気づいて、ランバートが顔をあげた。
「どうした?」
 ランバートとバッチリ視線が合い、アイナは思わず、顔を赤らめてしまった。
「な、ななな、何でもないわよ! じっ、時間、かかるでしょ? 私、ちょっとその辺で獲物がいないか探してくるから!」
「ああ、分かった」
「じゃあ、行って来る」
 顔から火が噴きそうな恥ずかしさを覚えながら、アイナは先へと進んだ。思わず足早になる。
「顔見てたの、気づかれちゃったかなぁ。もお、私のバカバカッ! 何を考えているのよぉ!」
 アイナは自分で自分の頭をポカポカやりながら、心を落ち着けようと努めた。だが、ランバートのことが頭から離れない。今ばかりではない。ここ最近、ずっとそうだ。
「どうしちゃったんだろ、私……」
 自問してはいるものの、とうに答えなど出ているのは分かっていた。だが、それを認めたくない気持ちがアイナの心の隅に存在する。両親が死んでから独りで生きてきたアイナ。男に頼らずに何でもやってきた。男に負けるものかと、歯を食いしばって。その生き方が、ここへきて突然、崩れようとしている。
 ガサガサッ!
 突然、茂みで音がし、アイナは我に返った。
「!」
 茂みから現れたのは、弓矢を構えた男だった。村のハンター、ジェイクである。
 小さな音を聞き逃さないアイナにしては、この突然の登場に反応が遅れた。武器であるクロスボウのスタンバイもしていない。
 ジェイクはアイナの姿を認めて、弓矢を降ろした。
「何だ、アイナか」
「何だとは、ご挨拶ね!」
 ジェイク相手に、アイナは少し自分の調子を取り戻した。
 ジェイクはアイナを眺め回した後、周囲に視線を巡らせた。
「一人か?」
「そうよ」
 ジェイクが何を言いたいか、アイナには分かっていた。アイナが最近、ランバートをよく連れて歩きながら狩りをしているのを村の連中は知っているのだ。もちろん、余所者のランバートを歓迎してはいないし、ましてやそんな男と村の女であるアイナが連れ添って森を歩くことなど、目障りでしかない。それを一番強く感じているのはジェイクだろう。
 だが、ジェイクの様子は少し違った。何やら緊張感を漂わせている。
「この辺はヤバいぞ。マウント・ベアの大物がいる」
「マウント・ベア?」
 マウント・ベアと言えば、この森でも一、二を争う危険な動物だ。生息数こそ少ないが、立ち上がると人間の倍くらいはあり、鋭い爪には毒が仕込まれている。凶暴で、熟練したハンターでも一人で立ち向かうのは危ない。
「さっき、マイヤー爺さんたちとこっちに追い込んだんだ。手負いだから、何をするか分からない。アイナ、一人で行動するのは危ないぞ。オレと来い」
 ジェイクの口調から、嘘ではないとアイナは判断した。話が本当ならば、ジェイクの言うとおり、一人で行動するのは危険極まりない。いくら腕におぼえがあってもだ。だが──
「ランバートが……」
 先程の場所にランバートを残してきてしまっていた。ランバートは武器を持っていない。マウント・ベアに襲われたらひとたまりもないだろう。
 アイナは真っ青になって、元来た道を駆け戻った。
「おい、アイナ!」
 心配そうに声を掛けてくれるジェイクに構っていられない。アイナは森の中を疾走した。


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