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[第二十一章/−1 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第二十一章 宿敵との再会(1)


 アイナはむしゃくしゃしていた。
 村の男たちは、アイナがハンターとして一人で生きていくことを快く思っていなかった。皆、早く結婚でもしろと言う。建て前は森に危険な動物は多いし、女のハンターなど、これまで村にいなかったからだが、本音は村のどんな男よりもアイナの腕が優れていることへのやっかみだ。第一、男としての立つ瀬がない。だから、やめさせたいのだ。
 先程、ジェイクが狩りの邪魔をしたのもそうだ。ジェイクはアイナよりも一つ年上のハンターだが、腕前は人並み。そのくせ、プライドばかりが高く、何かと言えばアイナにハンターをやめさせたがっていた。アイナが天涯孤独になったとき、下心みえみえで近づいてきたところを思い切り張り倒された恨みも根強く残っているのだろう。今日もアイナが追いつめた獲物の近くで大きな音を立てて邪魔をした。当然、獲物に逃げられたアイナはジェイクに食ってかかったが、それは気づかなかったと悪びれた風もなく、取り合おうともしない。終いには、早くハンターをやめて、自分の嫁になれと、ぬけぬけと言ったほどで、アイナは頭に来て、危うくジェイクに向けてクロスボウを発射しかけた。
 一度、冷静さを失ってしまうと、その後の狩りにも影響する。アイナはそう判断すると、今日の狩りはやめておくことにし、久しぶりに子供の頃、よく遊んだ丘の上へと足を伸ばした。
 丘の上には一本の大きな木が立っている。昔はその木に登り、生まれ故郷である村を眺めたものだ。
 そこから見下ろす村は小さかった。その村から、アイナは一歩も外へ出たことがない。せいぜい、周囲に広がっている森へ狩りに出掛けるくらいだ。それにしたって歩いて半日もかからぬ距離である。世界はどこまで広がっているのだろう。丘の上の木から眺めるだけでは、それを知ることは出来なかった。
 アイナが丘を登っていくと、一本の木だけが立っているはずの頂上に誰かがいた。遊びに来た子供かと思ったが、どうも違う。木の幹にもたれるように座っている人影は大人のようだった。
(誰だろう?)
 村の誰かかと思ったが、それも違った。服装は明らかにマントを羽織った旅姿で、近づくにつれ、その容貌もハッキリとする。知らない男だ。まだ若い。アイナより二つ三つくらい上か。その表情からは知的な雰囲気が感じられ、一目でこの辺の者ではないと知れる。
 男は小さな本のようなものに何かを書き記しており、そのせいで近づくアイナに気がつかなかった。
 アイナの足はなぜか自然に立ち止まり、男の顔を眺め続けた。声もかけず、ただ黙ったまま。風のそよぐ音だけが二人の距離を埋めていた。
 やがて、男がアイナに気づいた。何だか気恥ずかしくなるアイナ。
「い、いや、その……えーと……あははは……こんにちわ」
「………」
 男は表情を変えずにアイナの顔を見つめていたが、すぐに小さな本を閉じると、脇に置いていた革袋にしまった。そして、立ち上がって、それを担ぎ上げる。
 アイナは困った。男に何と声をかけていいのか分からない。村の知っている男たちならば、誰にでもざっくばらんに会話できるのに、この男と対すると本来の調子が出ないようだった。
 男はそんなアイナに何も言わず、その場を立ち去ろうとした。
「ま、待って」
 思わずアイナは男を呼び止めていた。男は黙って振り返る。
「た、旅の人でしょ? どこから来たの?」
「………」
「別に詮索するつもりじゃないんだけど、こんな何もない村に旅人が来るなんてこと、滅多にないから」
「この辺には、この辺にしかないものがある」
 男は初めて、まともに口をきいた。だが、男の言っている意味がアイナには分からない。
「この辺にしかないもの?」
 考え込むアイナに、男は向き直った。
「例えばサギタリス。この辺にしか咲かない花だ。マイロスもそうだし、フタガサキノコもこの地方独特のものだ」
「へえ。あなた、薬師か何か?」
「大陸の植物について調べている学者の端くれだ」
「じゃあ、大陸中を旅しているのね?」
「ああ」
 それを聞いて、アイナはパッと目を輝かせた。
「じゃあさぁ、じゃあさぁ、西の都に行った? 砂漠のシャムールは? 聖地ラムリアは? 双頭竜の大河や煉獄山脈ってどんなところ? 海も見た? 私、海を見たことないのよ〜」
 まくし立てるようにして迫ってくるアイナに、男はたじたじとなった。これでは好奇心旺盛な子供と一緒だ。
「ま、待て。私だって大陸のすべてを見てきたわけではない」
 男のその言葉を聞いて、アイナはガッカリした。
「な〜んだぁ、知らないのかぁ」
 さも残念そうなアイナを見て、男は少し気の毒と思ったのか、
「いや、知らないというわけではない。実際に行った所もあるし、本などを読んで、知識として知っている場所もある」
 とフォローした。たちまちアイナの表情が、また明るくなる。
「ホント?」
「あ、ああ」
 男の方も初対面の女性相手に、すっかり調子を狂わされてしまったようだ。
「ねえ、良かったら私に話してくれない? 私、生まれてからずっとこの森の外へ出たことないのよね。でも、興味はあったんだ。村の連中は、二言目には外の連中と関わるなって言うけど、私は村のためにも外から知識を得ることは悪いことじゃないと思う」
 男はアイナの言葉にうなずいた。賛同したのだ。
 そして、初めてアイナの左腕に装着されたクロスボウに気がついた。
「それは……?」
「え? あ、これ? 私の商売道具。こう見えてもハンターなのよ」
 アイナは少し照れくさそうに言った。村の連中がいつも言うように、野蛮な女とでも見られただろうか。
「じゃあ、森には詳しいんだな?」
「まあ、ね。庭みたいなものかしら」
「そうか……では、交換条件だ」
 男のいきなりの申し出に、アイナは目をパチクリさせた。
「交換条件?」
「私が見たり知ったりしている場所のことを君に話してあげよう。その代わり、森を案内してくれないか? さっきも話したとおり、私はこの地方特有の植物について調べに来たんだ。森に詳しい君が助けてくれると有り難い」
 アイナはその話に、一も二もなく乗った。
「いいわよ! これで商談成立ね。私はアイナって言うの。よろしくね」
「私はシュ……いや、ランバートという。よろしく、アイナ」
 アイナの差し出す右手に、ランバートは少し戸惑いながらも握手した。


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