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[第二十二章/− −2 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第二十二章 ウィル復活(2)


 キャロルをなだめ、キーツを休ませたアイナたちは、仮死状態のウィルに魔法の薬<マジック・ポーション>を飲ませようとした。グラハム神父が命をかけてアイナたちに託したものである。アイナはその小瓶をグッと握りしめた。
「これで助かるのですね?」
「多分な」
 レイフとストーンフッドは魔法の薬<マジック・ポーション>の効果に注目した。ここまで来たらグラハムを信じるほかない。アイナは寝ているウィルの傍らに膝をついた。
 ウィルは仮死状態と言うこともあり、普段の顔色よりも血の気を失っていた。果たして、魔法の薬<マジック・ポーション>によって意識を取り戻すのか。
 アイナは意を決したように、まず自分の口に魔法の薬<マジック・ポーション>を含んだ。口移しでウィルに飲ませようと言うのだ。
 だが──
 アイナが顔を近づけようとした刹那、入口の扉が突然、開いた。一同の視線が集まる。一瞬見ただけで、人間だと分かった。
「!」
 ストーンフッドとレイフは、すぐさま自分の武器を取ろうと動いた。この集落では、人間がいることの方が珍しい。その人間が目の前に現れたということは、村の者ではない──つまり、追っ手を意味する。奇跡的に脱出に成功したグラハムが戻ってきたと考えられなくもなかったが、それにしては体型の線が細すぎた。
「何奴!?」
 ストーンフッドが問うた。この小屋の主人が訪問者にのんびりと尋ねるようなものではなく、それは詰問だ。
 答えはない。突然の来訪者は、長髪を腰まで伸ばした痩身の人物だった。奇妙なのは、腕は指先から、顔はその全体をくまなく包帯が覆っていた事だろう。まるでミイラ男だ。それでいて眼だけが強い光を放っていた。
 その男の姿を見て、気がついたのはキャロルだった。キャロルは包帯の下に隠された、その人物の素顔を知っていた。
 そして、レイフもまた、その包帯姿を見ていた。それは忘れようと思っても忘れられるものではない。ノルノイ砦の騎士団をたった一人で服従させた男。
「あの人は私をさらったときの!」
「あなたはあのときの!」
 それだけを聞けば充分だった。ストーンフッドは戦槌<ウォー・ハンマー>を、レイフは長剣<ロング・ソード>をつかんだ。
 が──
「!」
「うっ!」
「くっ、またか!」
 突如、ストーンフッドとレイフの二人はもちろん、アイナまで動きが封じられた。まるで金縛りにあったような感じである。ストーンフッドとレイフは、共に武器を構えようとした格好から、少しも身動きできなくなる。レイフがこれを体験するのは二度目だ。アイナもウィルに屈み込もうとした途中で固まっている。
「か、カシオス……」
 レイフから来訪者の名前が漏れた。
「ん? お前は……そうか、よく城を抜け出してここまで逃げおおせたものだ。マカリスター卿もお前がどこへ逃げたのか気を揉んでいたぞ」
 カシオスは含み笑いを漏らした。
「ま、マカリスター隊長が……?」
「恨まれて、命を狙われるのではと心配していたようだ。まったく、一つの砦を任された隊長だというのに、これでは器量が分かるというものだな」
 そうカシオスが言いながら中に入ってくると、入口の扉が何もしないのに閉じる。
 ストーンフッドとレイフ、そしてアイナは、カシオスの髪の毛に身体の自由を奪われていた。キャロルは、連れ去られたときの恐怖が甦ったのか、その場から手出しできない。そして──
「デイビッドは……そこか!」
 奥のベッドから騒ぎに気がついたデイビッドが起き出すところだった。だが、状況を把握していないのかl子も見せない。それはアイナたちが知り合ってから、ずっと同じ反応ではあったが。
 ベッドの傍らにいた仔イヌが、デイビッドに危険を知らせるように吠えた。それでもデイビッドは平気で、のこのことカシオスの方へと近づいた。
「どうした、兄が懐かしいか?」
 カシオスは低く笑った。
「いけません! デイビッド様、こちらに!」
 キャロルが必死にデイビッドを呼び止める。デイビッドはそれに反応した。キャロルには特になついている傾向がある。
「デイビッド、こっちに来い!」
 カシオスが声を荒げた。しかし、デイビッドはそれを無視する。
「チッ!」
 カシオスは舌打ちすると同時に、デイビッドにも髪の毛を絡みつかせた。こうなっては腕づくだ。デイビッドの足が止まる。自分の意志に関係なく。
「デイビッド様!」
 少女の悲痛な声。だが、デイビッドもキャロルの方へ行こうとしているのに、カシオスの髪の毛が邪魔をする。しかも、今度は逆にカシオスの方へ足を向かせた。
「あうあっ、ううううっ、うーっ!」
 デイビッドは抵抗しているつもりなのだろう。だが、顔は歪んでいるものの、首から下はカシオスに支配されてしまっていた。
「そうだ、デイビッド。こっちに来い。兄者も待っているぞ」
 アイナはそれを黙って見ているしかなかった。口の中にはウィルに飲ませようとしていた魔法の薬<マジック・ポーション>が入ったままだ。何か喋る事も出来ない。なんとかカシオスの隙をみて、ウィルに飲ませたいが……。
「ぐぐぐぐぐっ!」
 一方、ストーンフッドは全身の力を振り絞って、呪縛を解こうと奮闘していた。それを見て、カシオスが嘲りを浴びせる。
「やめておけ! 無理に動こうとすると──」
 ピッ!
 小さいながらも嫌な音がした。肉が裂ける音。見ればストーンフッドの二の腕から血が噴き出すところだった。


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