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[第二十二章/− −3 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第二十二章 ウィル復活(3)


「きゃあああっ、お爺さん!」
 キャロルがたまらず悲鳴をあげる。カシオスは愉快そうに笑った。
「ドワーフの頭は石頭とは聞いていたが、オレの忠告を聞かぬから、こういうことになるのだ!」
 嘲るカシオス。それでもストーンフッドは何とか身体を動かそうとしている。そのたびに血がしぶいた。
 そんなストーンフッドに、皆が注目していた。チャンスだ。ストーンフッドはその一瞬を作り出そうとしていたに違いない。アイナはその隙を見逃さず、口に含んでいた魔法の薬<マジック・ポーション>を数滴、下に垂らした。カシオスに動きを封じられたのは、今まさにウィルに口づけしようとしていた瞬間だったので、ウィルの頭はアイナの顔の下にあったのだ。うまくウィルの口に魔法の薬<マジック・ポーション>を垂らすことが出来れば……。
 だが、生憎そこまでうまく行くはずもなかった。垂らした液体は、ウィルの頬に落ちただけで、多少ながらも位置がずれている。これ以上はアイナの方から動けない。かといって、仮死状態のウィルが動けるはずもない。万事休す。
 そう思っている矢先に、トコトコと仔犬がやって来た。そして、驚いたことにウィルの頭に鼻面を押しつけるようにして傾かせる。まるでアイナの意図を察してくれたかのように。
 アイナは再び口に含んでいる魔法の薬<マジック・ポーション>の液体を垂らした。今度はうまくウィルの唇の端に落ちる。仔犬はさらに微調整して、アイナが垂らす液体をウィルの唇の上に落ちるようにした。
(このコ……)
 仔犬のあまりの賢さに、アイナは驚きを隠せなかった。だが、そんなことよりも、今はウィルに魔法の薬<マジック・ポーション>を飲ませることが肝心だ。
 液体は一滴一滴とウィルの唇に落ちた。それが口の中にまで達しているかどうかは分からない。ほとんどは唇から頬を伝って、こぼれてしまっている。アイナはウィルが飲んでくれていることを祈った。
 その間に、デイビッドはカシオスに捕らえられてしまった。カシオスは親しげにデイビッドの両肩を叩く。もちろん、デイビッドはそれに抗うことは出来ない。
「よく来たな、弟よ。さあ、オレたちの城に帰るぞ」
「うー、あううー!」
「? デイビッド、どうした? お前、喋れないのか? 本当にお前はデイビッドなのか?」
 マインからも話は聞いていたが、明らかにデイビッドの様子はおかしかった。兄弟として昔からデイビッドを知っているだけに、世話をしてきたアイナたち同様、何かのショックによる後遺症なのかとも考える。
「デイビッド様!」
 唯一、動けるキャロルが、デイビッドを助けようとカシオスに立ち向かっていく。だが──
「キャッ!」
 半分も走らないうちにキャロルは足がもつれて転倒してしまった。これもカシオスの髪の毛によるものだ。
「あまり変なマネはするな。子供だからと言って容赦はしないぞ。──さて、そろそろ他の者たちには死んでもらおうか」
 そう言って、カシオスはそれぞれの首に巻きつけている髪の毛を操作する。一瞬でアイナたちの首を切り落とそうと言うのだ。
 アイナは思わず目をつむった。
 ピン!
 シュッ!
「!」
 突如、死を招く髪の毛の手応えがなくなり、カシオスは驚愕した。それはアイナたちも同じだ。その隙にデイビッドまでキャロルの方へ逃げ出す。そのとき、すべての髪の毛は断ち切られていた。
 カシオスの髪の毛を難なく断つことが出来る人物は、この世界で一人しかいない。
 黒い影がカシオスの前に立ちはだかった。
「なに、貴様は……!?」
 カシオスの声が初めて震えた。
 美しき相貌が、ゆっくりと持ち上がり、カシオスを見つめる。それは死をも超越した壮絶さを含んでいた。
 もし、手元に《銀の竪琴》があれば、ふさわしい音色が奏でられたことだろう。
 魔人は不死身だった。だからこその魔人か。
 ウィルの復活である。
「ウィル!」
 甦った吟遊詩人の姿に、アイナはまた涙がこぼれそうになった。
「どうやら世話になったようだな」
 ウィルは床にへたり込んでいるアイナと、その傍らでお座りしている仔犬に向かって礼を述べた。だが、それも一瞬、すぐに鋭い眼光をカシオスに向ける。
 魔法を封じる手枷はウィルの腕を拘束したままだったが、その手には《光の短剣》が握られていた。ウィルの復活を証明するかのように、《光の短剣》が徐々に輝き始める。小屋の窓からは朝日も射し込み始めた。
「貴様、いたのか……」
 カシオスの表情は包帯に隠されているが、声は怯えを含んでいた。《魔銀の墓場》で、手ひどくやられたのだから無理もない。しかし──
「どうやら気づかなかったようだな」
 と、ウィル。
 それにしても小屋の中に踏み込むや、アイナたちを一瞬にして拘束したカシオスが、仮死状態で横たわっていたウィルに気づかなかったとはどういうことか。
 形勢逆転。カシオスは逃げ出すタイミングを計っているようだった。
 そのとき──
 昼間、チックとタックが侵入してきた窓から、またもや二つの小さな影が飛び込んできた。だが、その着地はチックとタックのように軽やかなものではなく、ドスンという重い響きだ。
「キャアアアッ!」
 その正体を目撃したキャロルが何度目かの悲鳴を上げた。
 それは二人のドワーフ族だった。ただし、首なしの。言うまでもなく死体だ。
 先程、集落の入口でカシオスが首をはねたドワーフたちの死体である。それが奇怪なことに、まるで息を吹き返したように起きあがってきた。
 これこそ、あの教会への夜襲でカシオスが見せた秘技──“死者のマリオネット”だ。
 カシオスに操られたドワーフの死体は、ウィルの背後を取っていた。ハルバードを振り上げる。
「おっと!」
「私たちもお忘れなく」
 それを遮ったのはストーンフッドとレイフだった。ストーンフッドは無理にカシオスの呪縛を振りほどこうとして負傷していたが、大した傷ではないようだ。不敵に首なし死体に挑む。


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