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[第二十三章/− −4−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第二十三章 男と女(4)


「うっ……ううっ……」
「気がついた?」
 キーツが重い瞼を苦労して開くと、アイナが顔を覗かせているところだった。だが、瞬時にして、どういう状況なのか思い出せない。周囲の状況を確かめようとキーツは頭を動かそうとしたが、途端に頭痛がして断念させられた。
「こ、ここは……?」
 尋ねる言葉も不明瞭だ。口の中が切れているらしい。
「お爺さんの家」
「爺さん? ──ああ、ドワーフのか。すると──」
「無事に戻ってこられたのよ」
 そう微笑むアイナの顔を見て、ようやくキーツは記憶が戻ってきた。と同時に、全身の痛みがキーツを襲う。
「い、痛えっ!」
 大袈裟に顔をしかめるキーツに、思わずアイナは吹き出した。
「バカねえ! 生きてる証拠よ!」
 アイナは弾みで、キーツの腕を軽く叩いた──つもりだった。
「痛えって!」
 キーツは涙目になって、跳び上がりそうなくらい痛がった。
 ひとしきり喚き散らしてから、キーツは室内にアイナと二人だけだということに気がついた。
「他のヤツらは?」
「ああ、お爺さんは他のドワーフの人たちとここの守りについて話し合っているみたい。キャロルとデイビッドは遊びに。レイフが見てくれているわ」
「……グラハムのオッサンは戻ってないんだろ?」
「ええ……」
 アイナは表情を曇らせた。あの状況では捕まったか、最悪、殺されているだろう。いずれにせよ、無事では済まないに違いない。
「キャロルに話したのか?」
 キーツの言葉に、アイナはうなずいた。キーツはアイナ一人につらい役割をさせてしまい、深く悔いた。
「あの娘は強い子よ。悲しくて、泣きたくて、死んでしまいたいくらいだったのかも知れないのに、普段通りに振る舞ってくれている……」
「昔の話は?」
「それは──ねえ、話す必要があるのかな? それを話して、キャロルのためになると思う?」
 キーツは少し考えた。いや、考えるフリをした。答えなど、とっくに出ていた。
「……いや、思わねえ」
「だったら、神父様が話してくれたことは、私たちの胸の中にしまっておきましょうよ。知らなくてもいい真実もあるわ」
「そうだな。それがいいだろう」
 キーツは自分に言い聞かせるようにうなずいた。「──ところで、ウィルは? 治ったんだろ?」
 そう尋ねられて、アイナは浮かない顔をした。
「まあ、治ったことは治ったんだけどね……」
「だけど、何だよ?」
 アイナはウィルが魔法を使えない状況を説明した。それを聞いて、キーツの表情も硬くなる。
「なるほど。今、敵さんが雪崩れ込んできたら、ウィルがいてもここは危ないってことか」
「これからの戦い、厳しくなるわね……」
 呟くように言うアイナに、キーツは鋭い視線を向けた。
「そう言えば、あの男、お前の知り合いか?」
 アイナはその視線から逃れようとした。キーツはシュナイトのことを言っているのだ。
「キーツに言う必要はないと思うけど。あなただって、その剣の元の持ち主のこと、私に喋るつもりはないんでしょ?」
 痛いところを突かれた。キーツはゴロッと仰向けになって、天井を睨む。
「そうだな。──だがな、あの男がお前の知り合いだとしても、オレたちの敵だってことは確かだ。アイツがオレたちの前に現れたとき、お前はアイツを敵として撃てるのか? その覚悟だけは聞いておきたいものだな」
「………」
 アイナは答えぬまま、立ち上がった。
「おい、アイナ」
「……外で洗い物してくるわ」
 アイナはその場から逃げるように、キーツを一人残して出て行った。キーツはあえて呼び止めず、後ろ姿を見送った。
「やれやれ、問題はウィルばかりじゃなさそうだぜ」
 キーツは右手で顔を押さえて、唸りながら目をつむった。


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