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マカリスターは朝食を済ませると、真っ直ぐゴルバのいる執務室へと向かった。
一刻も早く、こちらが攻勢に出るべきだと進言するためだ。でなければ、昨晩のように賊が侵入し、非常手段に訴えてくるかもしれない。マカリスターは賊が侵入した目的は、自分もしくはゴルバの命を狙ったものであると信じていた。
なにしろ、敵の戦力は乏しい。まともに正面から戦えば、こちらが勝利するのは明らかだろう。となると、敵は起死回生を狙って、暗殺者を差し向けてくるのではないか、というのがマカリスターの考えだ。
それにレイフのことも気になる。ゴルバたちの話によれば、セルモアから脱出する事は難しいと言う。それが捕まらないのだから、敵によって保護されている可能性があった。それはつまり、レイフが敵に回ったということになる。
マカリスターには逃亡したレイフに負い目があった。とっととゴルバ側に寝返ったばかりか、それに従わなかったレイフを牢獄に入れようとしたからである。元々、レイフはセルモアにノルノイ砦の騎士団を送り込むことにも反対だった。自分の意見を聞かなかった上司に対して、不満を抱かないわけがない。
これが逆の立場であれば、マカリスターは復讐せずにはいられないだろう。だから、レイフもそれに準じた考えをするに違いないと思うのだ。それが、これまでレイフに対して抱いていた反感が生んだ考えであることをマカリスターは気づきもしない。
殺られる前にこちらが殺らなくては。そこまでマカリスターは追い込まれていた。
執務室の前まで来ると、マカリスターはドアをノックした。
「マカリスターです」
「どうぞ」
中からゴルバの返事がして、マカリスターはドアを開けた。
執務室の机に鎮座しているゴルバは、両肘をつき、顔の前で手を組んでいた。その視線は伏せ目がちで、やや表情にも疲れが見えている。おそらくは昨夜の騒ぎから、ろくに寝てもいないのだろう。
「おはようございます、閣下」
マカリスターは、あえてゴルバを「閣下」と呼んだ。服従を誓っている証を見せるためだ。少なくとも今のところは。
だが、それに対してゴルバは反応を示さなかった。
マカリスターは気を取り直し、ゴルバの目の前に立った。
「昨夜の賊の正体、お判りになりましたか?」
問われて、ゴルバは視線を向ける。
「一人は死亡、残る二人は逃亡してしまったからな。ハッキリとした確証はないが、デイビッドをかくまっている連中と見て間違いないだろう」
ゴルバはけだるそうに言った。
「ヤツらの狙いは、閣下のお命だったのでしょうか?」
あるいは自分の命か、と問いたげに尋ねるマカリスター。
ゴルバは首を横に振った。
「違うな。ヤツらは地下で何かをしていたようだ」
「地下? 地下に何かあるので?」
「さあな。あそこは弟のシュナイトが住処としているところ。昔は色々な魔法実験の部屋でもあったようだが……。シュナイトに何か異変がないか尋ねようと思ったが、あれから地下室にこもってしまったようでな。侵入者たちの目的が何であったか、推測する事も出来ない」
地下室に対してトラウマのあるゴルバには、これ以上の対処が出来ず、肩をすくめて見せるしかなかった。
「これからいかがしますか?」
マカリスターは、昨日までの畏怖が感じられないゴルバにいささか戸惑いながらも、指示を仰ごうとした。
「もちろん、デイビッドをかくまっているドワーフたちの集落を攻撃する。シュナイトによれば、ヤツらに味方する吟遊詩人も、今は魔法が使えないと言う。絶好の好機だ」
「では、早速、攻撃の準備を! ──それとも何か他に心配事があるのですか?」
ゴルバの様子に、尋ねずにはいられないマカリスターだった。
ゴルバは視線を上に向ける。
「シュナイトのことを考えていた。戻ってきてからのあいつは、どこか尋常ならざるものを持っている気がするのだ。しかも、自ら進んで、あの地下室に閉じこもるなど……」
そう語るゴルバに、マカリスターも昨夜、ここで出会ったシュナイトを思い出していた。何でもバルバロッサの日記を探していると言うことだったが、そんなものを読んでどうするのか。確かに持っている雰囲気も薄気味悪いものだった。しかし──
「シュナイト殿は閣下の弟ではありませんか。そこまで恐れる必要もありますまい」
と、マカリスターはゴルバに諭してみる。それでもゴルバの表情は晴れなかった。
「弟だからこそ、だ。あいつが別人のように思える。カシオスやソロも、オレに完全服従しているとは思えないが、シュナイトはもっと危険な気がする。昨夜、久しぶりに顔を見て、そう思った」
「………」
「地下室にこもるシュナイト……。地下に忍び込んだ侵入者たち……。そう言えば、マカリスター卿の部下である、あの若い騎士が姿を消したのも地下だったな」
言われてみるとそうだった。マカリスターも次第に考え込むようになる。
「この地下に何かあるのか?」
呟くゴルバ。
マカリスターはハッとして、手を叩いた。
「閣下。セルモアには古代魔法王国の都市があったという伝説が存在したはずですが?」
「魔法都市……。確かに、そのような伝承は残っているが……」
ゴルバが顎ヒゲを触りながら思考をめぐらせていると、廊下の方から何者かが走ってくる足音が聞こえてきた。
「ゴルバ様、大変です! パメラ様の見張りをしていた兵が姿を消しています!」
兵士の一人が執務室に駆け込むよりも早く、ゴルバに報告した。それを聞いて、思わずゴルバは立ち上がる。
「何だと!?」
ゴルバは兵士からその後のことを聞きもせず、自ら執務室を飛び出した。