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[第二十五章/− −2 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第二十五章 王都軍侵攻(2)


 ソロは背中に背負った巨大な半月刀を抜くと、特殊能力を発動させ、地面へと身体を埋没させた。半月刀の刃だけ地面から露出している。
「オラオラ、前にいるヤツはどきやがれっ!」
 ソロはそう言うと、物凄いスピードで地中を移動し始めた。
 奇怪な光景に、敵も味方も驚きを禁じ得なかった。何しろ、巨大な刃が斜面を登っていくのである。それも盛大な土煙を上げて。危なく刃に真っ二つにされそうになった騎士が横に飛び退く場面も見られた。
「なんだぁ!?」
 ドワーフたちに驚いている暇はなかった。刃が突進してくる。
 ザザザザザザザッ! ドーン!
 爆発でもしたかのようにバリケードが吹っ飛んだ。噴煙のような土煙が舞い、近くにいたドワーフたちが一斉に凍りつく。
 土煙の中から人影らしきものが現れた。ソロだ。
「お前ら、ぼーっとしてんじゃねえぞ!」
 ソロは半月刀を薙ぎ払った。一撃で二人のドワーフを屠る。血と肉が四散した。
「コイツ!」
 一人の逆上したドワーフがハルバードを手にし、ソロの背後から襲いかかった。ソロは振り返りもせず、跳躍する。そのまま襲ってきたドワーフの背面をとると、半月刀で串刺しにした。
「かはっ!」
 ドワーフは口から血を吐き出し、身体を痙攣させた。
 ソロは舌舐めづりをする。
「ケッケッケッ、やっぱり人殺しは最高だぜ!」
 ドワーフたちは、この凶人を遠巻きにしながら取り囲んだ。
 そこへ一人のドワーフがぬっと進み出る。
「貴様、バルバロッサの息子のソロだな?」
 それは戦槌<ウォー・ハンマー>を手にしたストーンフッドだった。握る手に力がこもる。
「何だ、お前は?」
 ソロは残忍な笑みを見せながら尋ねる。だが、その眼は凶暴な光を携えていた。
「フン! こんな老いぼれの名を聞いても仕方ないじゃろう」
「それもそうだな」
 ストーンフッドとソロは油断なく相手を窺いながら、その位置を変えていった。二人の雰囲気に、他の者たちは手出しできない。
「後悔する間もなく、その首を跳ね飛ばしてやるぜ!」
「やれるもんなら、やってみるがいい!」
 二人の足が止まった。
「だぁーっ!」
「ムン!」
 ガキィィィン!
 ソロの鋭い斬撃をストーンフッドは受け止めた。ストーンフッドはそれを押し返す。
「甘いわ!」
 ソロの体勢を崩した一瞬の隙を突いて、ストーンフッドは戦槌<ウォー・ハンマー>を振るった。それはソロの側頭部にヒットする──はずだった。
「!」
 ソロの姿が突如消え、ストーンフッドはたたらを踏んだ。
「こっちだ!」
 不意に背後で声が聞こえ、ストーンフッドは振り向こうとした。
 ガツッ!
 その首の後ろに衝撃が走り、ストーンフッドは前のめりに倒れた。それは空間移動で背後に現れたソロの仕業である。巨大な半月刀の一撃は、正確にストーンフッドの首筋を捉えていた。
 だが、鋭い斬撃は見事に決まったというのに、ソロの表情は強張った。なぜならば──
「うっ、く……」
 ストーンフッドはうつぶせに倒れながら、首筋を押さえて呻いた。ソロの凶刃を受けながらも生きているのだ!
「化け物か、貴様……」
 ソロはさすがに驚愕し、数歩、後ずさった。
「化け物に化け物呼ばわりされたくないがのう……」
 ストーンフッドは顔をしかめながらも、なんとか立ち上がった。
 ストーンフッドの首が無事だったのは、ドワーフならではの太い首と、全身を覆っているミスリル銀製の鎖帷子<チェイン・メイル>のお陰だった。もし、ミスリル銀製でなければ、首と胴は切り離されていたことだろう。
 ソロもすぐに思い当たったらしい。額の汗を拭い、残忍な笑みを取り戻す。
「ミスリルで完全防備かよ。だが、それならばそれで手はあるぜ」
 ソロは再び半月刀を構えた。そして、またしても姿を消す。
 ストーンフッドは決してダメージが少なかったわけではないが、戦槌<ウォー・ハンマー>を手にして、精神を集中させた。今のところ、ソロの出現地点を特定する術はない。出来ることは一つ。ソロが出現する瞬間を少しでも早く察知することだ。そこで相討ちにでも持ち込めれば僥倖だろう。
 ストーンフッドは五感を総動員して、ソロの出現を待った。
 ソロはなかなか現れなかった。ストーンフッドをじらしているのか、それとも──。
 その間にも、ソロが切り開いた突破口より、ノルノイ砦の騎士団たちが雪崩れ込んできていた。今も斜面を登ってくる敵に対して、ドワーフたちは投擲や熱湯攻撃を続けていたが、一度、敵に侵入されると、それを迎え撃つ者も必要になってくる。自然に侵入の阻止は難しくなっていった。
 だが、ドワーフたちとて、戦斧<バトル・アックス>やハルバードを手にすれば、戦士としての能力を見せつけることが出来た。訓練で鍛えられたノルノイ砦の騎士たちにも劣らない。
 次第にドワーフの集落内は剣戟の音が派手に響き、乱戦模様になってきた。
 こうなるとストーンフッドも黙っていられなくなってくる。周りにはストーンフッドを守ろうと仲間たちが戦っているのだ。ストーンフッドは加勢しようと動きかけた。
 そのとき──
「!」
 突然、目の前に刃が迫り、ストーンフッドは咄嗟に身をかわした。それでも反応遅く、刃はこめかみをかすめる。またしてもミスリル銀製の鎖帷子<チェイン・メイル>がなければ、負傷していたに違いない。
「よく、かわしたな」
 巨大な刃の影から、小柄なソロの身体が姿を現した。その表情は愉快そうだ。いくら完全防備で身を守っていると言っても、顔など露出している部分は多少なりともある。ソロは明らかにそこを突いてきたのだ。
「だが、いつまでかわしきれるかな?」
「………」
 確かに、今、ストーンフッドがかわせたのは奇跡に近い。何度も同じ攻撃を繰り返されたら、いつかかわしきれなくなるだろう。ましてや、この戦場だ。気を配ることは山ほどある。
 だからといって、顔をガードし、亀のように丸くなるわけにもいかないのがストーンフッドの性分だ。
「うおおおおおっ!」
 ストーンフッドは雄叫びをあげながら、ソロに攻撃を仕掛けた。戦槌<ウォー・ハンマー>を振り回す。
 それに対して、ソロは余裕を見せるかのように、姿を消すこともなく、ストーンフッドの攻撃をことごとく回避した。半月刀で戦槌<ウォー・ハンマー>を受け止めるようなこともしない。明らかに見切っていた。
「どうした、どうした? それでお終いか? まったく、あくびが出そうな攻撃だな」
 ソロに挑発され、ストーンフッドはムキになった。大きく振りかぶる。
 そのとき、ソロが笑みをこぼした。
 ストーンフッドの会心の一撃は、命中する寸前になって目標を失った。ソロがまた空間移動をしたのだ。
 その一撃に渾身の力を込めていたストーンフッドは空振りしてしまい、思わず身体のバランスを崩した。その一瞬の隙を突いて、ソロが姿を現したとき、ストーンフッドの目が大きく見開かれる。
 ソロはこの瞬間を待っていたのだ。身体のバランスを崩している今、ストーンフッドに攻撃を避けることは不可能である。
「死ね!」
 ソロが勝利を確信した刹那──
 左斜め後ろより飛来するものを察知し、ソロはストーンフッドにトドメを刺すのを中断した。そして、半月刀の側面を盾代わりにして、飛来した物体を受け止める。
 カン! カン! カン!
 それは何の変哲もない、ただの小石だった。それも三つ。しかし、狙いは正確で、さらに投げられた距離とスピードを考えれば、明らかにソロの出現地点を予測し、出現前に投げなければ間に合わなかっただろう。その意味するものは深く、驚嘆に値する。
「何奴!?」
 ソロは思わず、小石が飛んできた方向を見やった。


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