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ドワーフの集落が戦場と化した頃、セルモアの入口である城門は一転して呑気なものだった。もちろん、マカリスターらがドワーフたちと戦うことは知らされていたが、それが街の方まで及ぶ可能性は低い。それに数的有利は誰の目にも明かで、マカリスターたちの楽勝だと兵の誰もが考えていた。
そこへ街の外から、一台の幌馬車がやって来るのが見えた。おそらくは街や村を回っている行商人のものだろう。それにしても、《取り残された湖》の岸辺にある道は決して広くないのだが、物凄いスピードで飛ばしており、今にも湖の方へ車輪を落としそうな勢いだ。その様子からただ事ではないことが窺えた。
門番たちは万一に備えて城門を閉じた。そして、武器を手にして、幌馬車の到着を待つ。
幌馬車は程なくして城門の前に止まった。やはり服装からして行商人らしい御者が幌馬車より飛び降り、城門を叩く。
「お願いします! 城門を開けてください! すぐ後ろまで王都軍が迫っているのです!」
行商人の言葉に、門番たちは緊張を走らせた。真実であれば一大事である。
「ちょっと待て。今、確認する」
門番は城門の覗き穴から顔を出して、行商人を待たせようとした。だが、行商人は切迫した様子で、なおも城門を叩く。
「早くしてください! あの様子じゃ、何をされるか分かったもんじゃない!」
「だから、待てと言うのに! ──おい、どうだ!? 何か見えるか!?」
門番は城門の上に作られている見張り台の仲間に尋ねた。
その見張りは望遠鏡で、セルモアへと至る道を眺めた。
「! あ、あれは……!?」
まず、ブリトン王国の国旗が見えた。そして、整然と行軍する軍馬たち。その後ろには歩兵も弓兵もいた。
マカリスターたちノルノイ砦の騎士団が攻めてきたときなど比べものにならないくらいの大軍だった。少なく見積もっても三千。
「王都軍だ!」
見張りは驚きのあまり声を裏返しながら叫んだ。
「なんと! こんなときに!」
門番は歯ぎしりした。まさかドワーフの集落を攻略中に王都軍が侵攻してくるとは。
とにかく、領主の城にいるゴルバに知らせなくてはならない。
「ゴルバ様にご報告を! 王都軍、約三千だ!」
すぐに早馬が領主の城に向かって駆け出した。いくら堅牢な城門だと言っても、応援がなくては支えきれない。
その間にも、行商人は城門を叩き続けていた。
「本当だったでしょ!? 早く私を入れてください! お願いします!」
まだ、王都軍が城門に達するまでには時間がかかる。門番は一時、城門を開けて、幌馬車を中に入れてやることにした。
「早く入れよ!」
行商人は喜びながら御者台に上がり、幌馬車を城門の中に入れた。それを確認すると、門番は再び城門を閉じた。
「助かりました! ありがとうございます!」
行商人はオーバーなアクションで感謝しながら、門番の手を握ってきた。門番は苦笑する。
「お前も大変なときにセルモアに来てしまったな。まあ、命を助けてやったんだ。礼の一つもして欲しいものだな」
暗に袖の下を要求しているだと悟り、行商人はニンマリとした。
「そりゃあ、もう、お礼いたしますとも! こんなもので気に入っていただければ、ですけど」
と言って、行商人は腰に手を伸ばした。
門番が何を出すのかと興味深げに覗こうとすると──
やおら、行商人の右手から銀光が走った。それが門番の喉をかっさばく。
血がしぶいた。
門番は口をパクパクさせたが、それはもう声にならない。
「貴様、何をする!?」
もう一人の門番がその惨劇を目の当たりにして、剣を抜いた。
行商人は無表情に崩れゆく門番の死に様を見届けると、口笛を吹いた。
すると幌馬車の荷台から、六人の男たちが飛び出した。皆、武装している。
「謀ったな!」
もう一人の門番は怒りにまかせて斬りかかっていったが、相手は手練れ、逆に一刀のもとに斬り捨てられた。
下の騒ぎに見張り台の兵も顔を覗かせたが、それが彼を死に誘う結果となる。幌馬車から飛び出したうちの二人は手に弓矢を持っており、両者の射撃を胸に受けてしまう。
呆気ないくらいに堅牢であったはずのセルモアの城門は制圧された。
七人の男たちは、他にセルモアの兵がいないことを確認すると、幌馬車の近くに集まった。
「残念ながら、領主の城に伝令が走ったようだ。すぐにヤツらが駆けつけるだろう。我らは予定通り、城門を破壊し、味方の突入を待つ!」
「了解」
御者も務めていた行商人らしい男がリーダーらしく、他の六人はうなずいた。
やがて、街の城門に国旗が翻るのを、王都軍は確認し、志気を高め、進行速度を速めた。
その王都軍の総司令らしき人物に、屈強そうな一人の騎士が近づいた。
総司令らしき男は、まだ三十代前半と言ったところだが、着ている鎧に細やかな意匠を凝らし、いかにも高貴な出自であることを窺わせていた。しかし、その割には全体的に小柄で、顔も少し痩け、貧相に見える。ただ、眼だけは野望の色濃く、広い額と薄い唇はいかにも悪知恵に長けていそうだった。
その総司令に、屈強な騎士がほくそ笑む。
「うまく行ったようですな、殿下」
誰あろう、この王都軍を指揮する者こそ、ブリトン王国の第一王子カルルマンであった。
屈強な騎士の世辞に、カルルマン王子はまんざらでもない表情を見せた。
「父上が何度も手痛い目に遭ったセルモアの城壁、いかほどのものかと思えば、この程度の策略で落ちるとは。手応えのないことだな、ダバトス」
屈強な騎士──ダバトス将軍はうなずきながらも、その表情を引き締めた。
「殿下、油断は禁物ですぞ。あのバルバロッサがいないとは言え、その息子たち四人は化け物揃いと聞きます。領主の城を攻め落とすまでは──」
「分かっておる。皆まで言うな。そのために例のものを用意してきたのではないか」
ダバトス将軍を遮りながら、カルルマン王子はチラリと自軍の後方を振り返った。そして不敵な笑みを見せる。
「さあ、セルモアを手中に収め、あのくたばり損ないの父上に我が力を示すのだ! 全軍、突撃!」
カルルマン王子が命令を下し、王都軍約三千はセルモアに向けて突撃を開始した。