←前頁]  [RED文庫]  [「神々の遺産」目次]  [新・読書感想文]  [次頁→

[第二十五章/−1 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第二十五章 王都軍侵攻(1)


 これから戦いが始まろうというのに、マカリスター率いるノルノイ砦の騎士団は、極めて整然とした隊列を組み、ドワーフの集落へと迫った。
 領主の城もドワーフの集落も街からは離れているので、その様子は遠目からしか眺められなかったが、街の者の目にはのどかな行進に映ったことだろう。戦の物々しさがまったく感じられなかった。
 一方、迎え撃つ側のドワーフたちも敵の出方を窺う形で、頑丈に張り巡らせたバリケードの中、それぞれの武器を所持しながら、息を殺して待っていた。
 よって、双方の接近は実に静かに行われる結果となった。
「ミスリル銀鉱山のドワーフの諸君! 私はノルノイ砦のジェームス・K・マカリスターである! 今日は、セルモア領主ゴルバ公の名代として来た!」
 マカリスターは騎士団の先頭に立ち、固唾を呑んで見守っているドワーフたちに向かって、高らかに声を発した。
 だが、マカリスターの「セルモア領主ゴルバ公」という言葉に、ドワーフたちは激怒した。彼らにとっての領主はバルバロッサであり、正当な後継者であるデイビッドに他ならないのである。ゴルバをセルモア領主として認めたつもりはなかった。
 ドワーフたちはマカリスターの言葉を否定しようと、声を挙げかけたが、それをストーンフッドが制した。その統制は見事で、ドワーフたちの怒声はピタリと止まる。
「まずは話を聞け」
 ストーンフッドは鋭い眼光を皆に向けて、言い含めた。
 マカリスターはドワーフたちの反応にひるみかけていたが、すぐに気を取り直して、言葉を続けた。
「諸君たちの中に、領主殿の弟であるデイビッド公を連れ去った者がいるという情報が入った! そこで、その犯人とデイビッド公を我らに引き渡してもらいたい! もし、協力が得られぬとあらば、鉱山の者たち全員が企んだものと見なし、武力行使に出る!」
 マカリスターの物言いは高圧的だった。元より、攻撃を加えるつもりでいるのだ。それをわざわざ宣告するのは、正当性を訴える芝居でしかない。
 今度こそ、ドワーフたちは我慢できなかった。怒号が地鳴りように轟いた。
 血気にはやったドワーフの一人が、スリングで石を投擲し、それが偶然にもマカリスターのこめかみをかすめた。ドワーフは飛び道具の扱いなど不得手であったが、そんなまぐれ当たりでもマカリスターをひるませるには充分である。石で切ったマカリスターのこめかみから血が伝い始めた。
「おっ、おっ、おのれぇぇぇぇぇっ!」
 マカリスターは慌てて、こめかみを押さえた。表情が見る見る豹変する。
「全員突撃ぃぃぃぃっ!」
 後ろに下がりながらの号令は情けなかったが、ノルノイ砦の騎士団が突撃すると、その群衆の中にマカリスターの姿は飲み込まれていった。
 ノルノイ砦の騎士団たちもまた、飛び道具の扱いには長けていなかった。もっぱら剣を使った接近戦を得意とする。だから馬に乗ったまま、相手を蹂躙するのは彼らの常套手段とも言えた。
 だが、数で劣るドワーフたちは、その点を充分に考慮していた。数人がかりで、鉱山より切り出した大きな岩を転がし、向かってくる騎士団へ押し出す。ドワーフの集落は一段高いところに位置しているので、岩を坂道まで押し出せば、あとは勝手に転がっていくだけだ。しかも坂道はせまいので、それを馬に乗ったまま避けることは不可能だった。
「危ない! 避けろ!」
 先頭の騎士が気づいて叫んだが、後続も雪崩れ込むような状態では、迅速な方向転換は難しかった。先陣の騎士たちはパニック状態に陥りながら、転がってくる岩の下敷きになる。
「うわぁーっ!」
「は、早く後退しろ!」
 折り重なるように倒れていくノルノイ砦の騎士団たち。下敷きになった騎士や馬のお陰で、一旦は岩も停止するが、ドワーフたちが続けて岩を転がすと、玉突き状態になって、再び坂道を転がり始めた。
 いきなりの劣勢にマカリスターは歯ぎしりした。
「何をしている!? 正面がダメならば、迂回しろ!」
 マカリスターは剣を振りかざしながら、部下たちに指示した。
 ノルノイ砦の騎士たちは下馬すると、坂道からの侵攻を諦め、高台になっているドワーフの集落を目指して、斜面を登り始めた。ただ重い鎧を装着しているため、登っていると言うよりはもがいていると表現した方が正しいかも知れないが。
 そんな敵の動きに、ドワーフたちは敏感だった。バリケード越しに並んだドワーフたちは、前もって集めておいた小石を手に取ると、登ってくる騎士たちに対して投げ始めた。コントロールは最悪だったが、まぐれで顔面ヒットするものもあり、騎士たちの登坂は遅滞を生じた。それでも全身を鎧で覆っているので、思ったほどの効果は上げられない。
「どけどけ、危ないぞ!」
 投擲作戦の効き目が薄いと判断するや、ドワーフたちは次の手に出た。大鍋に沸かしておいた熱湯を、登ってくる騎士たち目がけて浴びせかけたのだ。
「ギャアアアアッ!」
 熱湯は鎧のつなぎ目から入り込み、肌を火傷させた。しかも鎧を着ているので、簡単に拭い去ることもできない。熱湯を浴びた騎士は狂ったような叫び声を上げながら、もんどり打って坂下に転がった。
 中にはそのあおりを食って、落ちてきた騎士にぶつかり、連鎖的に巻き添えを喰らう騎士もいた。
 ドワーフたちの手強い抵抗は、マカリスターをより苛立たせる結果となった。
「なんというザマだ! ノルノイ砦の騎士ともあろうものが!」
 自分たちは王国の騎士の中でもはみ出し者ではあるが、日頃から演習を繰り返していたので、実戦には自信があったつもりだった。それが正規の訓練も受けていないようなドワーフたちに翻弄されるなど、認めたくない事実である。
 だが、もしこちら側にレイフがいたならば、この状況は予想したことだろう。騎士団の有効的な戦いは、広々とした戦場で、馬に騎乗しての機動力にこそある。このような攻城戦はそれを生かすことが出来ず、持ち味を殺されてしまっていると言ってもいい。
 反対にドワーフたちは地の利を生かした戦いで、敵の気勢をそぐことに成功していた。彼らがこのように集団で戦うのは初めての経験であったが、守って戦うという方法にはバルバロッサといういい手本がある。過去、バルバロッサは幾度も王都軍を街の城壁におびき寄せては、返り討ちにしてきた。規模と場所は異なるが、基本的なものは参考にしたことが多い。
「チッ、苦戦しているようだな」
 突然、マカリスターの傍らに姿を現したソロが、戦況を見て舌打ちした。マカリスターは冷や汗をかく。
「敵の抵抗もなかなか手強く……。しかし、数ではこちらの方が勝っています。持久戦に持ち込めば、徐々に形勢はこちらへ傾くでしょう」
 マカリスターは緊張しつつ、ソロに言った。この場にゴルバはいないが、このソロがマカリスターのお目付役と言っていいだろう。こんなところで失敗しては、あとでゴルバに何と言われるか分かったものではない。
 だが、ソロは不満そうだった。
「持久戦だぁ? そんなに待っていられるかよ! オレが突破口を開いてやるぜ!」
「し、しかし──」
「うるせえ! オレ様が協力してやるって言ってるんだ! 有り難く思え!」
「……は、はい」
 ソロに凄まれては、マカリスターも引っ込むより他になかった。


<次頁へ>


←前頁]  [RED文庫]  [「神々の遺産」目次]  [新・読書感想文]  [次頁→