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[第二十五章/− −3 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第二十五章 王都軍侵攻(3)


 鉱山の方向より、悠然と歩み来る孤影ひとつ。
 それは白昼の幻であったろうか。
 砂塵にマントがめくれ、あたかも黒き翼を広げているかのように見えた。
 黒き翼の主は孤高の神の使徒か、死を呼ぶ冥界の魔王か。
 その美貌に宿る魔性は、それらをも凌駕するかのようだった。
 彼の名は──
「ウィル」
 まだ遠目ながら、その姿を確認して、ストーンフッドは呟いた。
 周囲は戦場と化しているのに、この男の登場はいつも優雅で品を感じさせる。
「出たな」
 ソロは宿敵の出現に笑みを見せようとしたが、ただ顔を凍らせることしか出来なかった。ウィルより発せられる鬼気に気圧されたのだ。
 吟遊詩人ウィル、魔人なり。
「遅くなった」
 まるで知己に詫びるかのようにウィルは言ったが、それはストーンフッドに対してだったか、ソロに対してのものだったか。いずれにせよ、戦場には不似合いな口調だった。
「オレの目的は、まずデイビッドをかっさらうこと。そして、今度こそお前をぶっ殺すことだ!」
 ソロは自らを鼓舞するように喚いた。こうでもしないと、ウィルの雰囲気に呑まれてしまう気がしているのだ。ウィルは威嚇するような格好もしていなかったが、何度も剣を交えているソロには少なからず畏怖の念が植えつけられていた。
「試してみるか?」
 ウィルは無表情に言ってみた。ソロに対して、自信があるとも取れる。
 ソロは半月刀を構え直した。
「昨日のように逃がしゃしねえぜ! まだ、魔法は使えないようだしな」
 ウィルの手にはまったままの手枷を見て、ソロはようやく少し余裕が出てきた。剣の腕前だけの勝負ならば、特殊能力が使えるソロの方が有利そうだ。
 だが、ウィルはまったく意に介していない様子だった。それどころか、
「いい勝負になるだろう」
 とまで言ってのけた。
 完全に軽んじられているソロ。その顔が怒りに赤くなった。
「後悔させてやる!」
 ソロは凶相をさらに醜く歪ませると、その姿を忽然と消した。
「き、気をつけろ……ヤツは……」
 ストーンフッドが忠告しようとしたが、ウィルは皆まで言わせなかった。静かにうなずく。
 だが、地下回廊での戦いでも、シュナイトという存在はあったが、ソロの新しい能力に苦戦させられたウィルである。勝算はあるのか。
 ウィルはおもむろに疾走を始めた。乱戦になっている戦場を突っ切る。
 もはや、ドワーフ側は敵の侵入を阻むどころではなくなっていた。ソロの作った突破口以外でも、敵はバリケードを乗り越えて、接近戦がそこかしこで行われている。
 その直中をウィルは駆け抜けた。まるで黒き疾風のように。
「逃げてもムダだぜ」
 そんなウィルの耳にソロの声が達した。まるで耳元で囁かれているかのように。
「オレの空間移動のスピードは、お前が走る速度なんかよりも速い。それにそっちの動きは手に取るように分かる。あきらめな」
 だが、ウィルは完全に無視していた。疾走を止めない。
 その進行方向正面に、ノルノイ砦の騎士が一人立ちはだかった。剣を抜いて、ウィルに斬りかかろうとする。
 ちょうど剣を振り上げたところで、騎士の動きが止まった。そして、いきなり胸から巨大な刃が飛び出し、ウィルに襲いかかる。
 だが、ウィルは予測していたかのように楽々と跳躍し、奇怪な凶刃の一撃を回避して見せた。
 騎士の頭上を跳んだウィルにはよく見えた。騎士の胸から巨大な刃が生えている様が。背中から貫かれたのではない。ソロは騎士の体内から攻撃を仕掛けたのだ。
 もちろん、こんなことをされて騎士が無事であるはずがない。騎士は自らの身に何が起こったのかも理解できぬまま絶命した。
 味方をも盾に使ったソロの非道さ。ウィルの目に冷徹な光が宿った。
 着地後もウィルは疾走を続けた。
 そのウィルの耳に、またソロの声が。
「今のは小手調べだ。一撃じゃ殺さねえ。ジワジワといたぶって、絶望と恐怖に、その顔を歪ませてやるぜ!」
 それに対して、
「一撃で仕留める自信がないのだろう?」
 ウィルは冷たく言い放った。これまでとは違って、凄味が加わっている。
「いつでもいい。死にたいのならば、さっさとかかって来い」
 ウィルの言葉に、別空間を移動して、絶対に安全であるはずのソロは、思わず戦慄を禁じ得なかった。


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