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[第二十七章/− −2 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第二十七章 希望の光(2)


 坑道からは、外の戦いが終わったことを知ったドワーフの女子供が、次々と出てくるところだった。その傍らに、レイフとキャロルがデイビッドらしい子供を介抱している姿が見えた。
「どうしたの!?」
 息せき切って、アイナが尋ねた。だが、一目見たデイビッドはぐったりとしている。
 キャロルは自らの手をデイビッドにかざし、何やら呪文のようなものを詠唱していた。彼女が神の使徒として目覚めたことをアイナたちは知らない。だが、ウィルだけは、それが聖魔法<ホーリー・マジック>だと気がついたはずだ。
「おい、どうしたってんだよ!?」
 答えない二人に苛立って、キーツがレイフの肩を強くつかんだ。
「すみません、私がついていながら……」
 レイフの声は、今にも消え入りそうだった。
 キャロルの聖魔法<ホーリー・マジック>も効果を表さなかった。
「カシオスがグラハム神父の死体を操って、坑道の中に侵入してきたのです。私もキャロルもグラハム殿が戻ってきたのかと思って、一瞬、気を緩めたのが命取りでした……」
 うわごとのようなレイフの言葉を、誰も聞いていないかのようだった。目の前の現実をなかなか受け入れられない。デイビッドを守ること。それが全員の戦う理由だったはずだ。それが──
 デイビッドの顔はまるで眠っているかのように穏やかだった。しかし、その胸は心臓の鼓動を止めており、徐々に顔色が青ざめていく。首から下げた青い石のペンダントが胸の上で転がっていた。
「ウソでしょ……」
 アイナは脱力して、その場に膝をついた。やはり、自分がそばにいてやれば良かったのではないかと後悔する。初めにデイビッドを助けてやろうと決意したのはアイナだ。それを貫くことが出来なかった。
 デイビッドの死に皆が打ちひしがれていた。
 キャロルが泣いた。アイナも涙をこぼした。キーツとレイフは悔しさに目を閉じた。そして、ウィルは──
 ウィルは足下にいる仔犬を見た。すると仔犬も視線を上げて、ウィルを見つめる。吟遊詩人と仔犬は、まるで無言の会話を交わしているかのようだった。それはどんな会話だったか。
 やがて、ウィルは意を決したように口を開いた。
「デイビッドは、まだ生きている」
 一同、ウィルの方を振り向いた。この男が冗談はもちろん、気休めを言うとも思えない。何のつもりなのか。
 ウィルは、安らかに眠るデイビッドの上に屈み込んだ。



 カルルマン王子が率いる王都軍は、街の城門をくぐり抜け、次々とセルモアへと押し寄せた。
 街の者たちは、見たこともない軍馬の群に恐れおののいた。無理もない。バルバロッサがセルモアに城壁を巡らせて以来、外敵の侵攻を許したことなど一度もないのだ。不変と思われていた平和は脆くも壊れ去った。人々は臆病な猫のように、物陰からその様子を覗き込むことしか出来なかった。
 しかし、幸いだったのは王都軍が街の者へ危害を加えたり、略奪などの暴挙に出なかったことだ。王都軍は悠然と街の大路を進み、領主の城のみを目指していた。
「敵を作ることは簡単なことだ」
 カルルマン王子は自軍の進軍に満足しながら、隣のダバトス将軍に諭すような口調で話しかけた。その間もすくみ上がっている街の者に笑顔を振りまくことを忘れない。
「しかし、味方を作ることは難しい。分かっているな、ダバトス。この街はいずれ僕のものになる。そのときに街の者たちから反感を買っていては、街を治めるのに苦労してしまう。それよりは、僕がこの街の救世主と言うことを皆に分からせた方が、どれだけ都合がいいことか」
「分かっております、殿下」
 ダバトス将軍はうやうやしくカルルマン王子に頭を下げた。
「ミスリル銀は、いい資金力になるからね。この街は絶対に押さえておかなくちゃ。資金さえあれば、父上がいくら延命しようとも、こちらは引き抜きでも何でもして、仲間を増やすことが出来る。そうすれば王位なんて、自然に僕のものさ。そうだろう?」
「はい、殿下」
「バルバロッサの息子──ゴルバって言ったっけ? こう言っちゃなんだけど、こちらに攻め込む口実を作ってくれるなんて、ホント、よくやってくれたよ。あとは僕が父殺しの逆賊を退治して、おまけに領土の支配権も奪っちゃえばいいんだからね」
「いよいよ、殿下がブリトンを支配するときがやって来ましたな」
「まったく。父上のお陰で、どれだけ待たされたことか。実の息子は僕だけしかいないってのに、何が不満で、王位を譲るのがイヤなんだろう」
「陛下の意志ばかりではないでしょう。大寺院の連中が画策しているとしか、私には思えません」
「坊主どもか! あいつら、僕が王位に就いたら、全員処刑してやる!」
 カルルマンは唾を飛ばしながら、吐き捨てるように言い放った。
 ちょうどそのとき、進軍する王都軍の先陣が停止した。やむを得ず、全体が進軍を停止する。
「どうした!?」
 カルルマンが問うより早く、ダバトス将軍が声を張り上げた。決して近くはない先陣の兵にまで声が届きそうな大きさだ。
 すぐに伝令が将軍の元へ走ってきた。
「敵が城より出てきた模様です!」
「数は!?」
「百くらいかと!」
「ちんけだね」
 そんな感想を漏らしたのはカルルマン王子だ。王都軍は三千。まともに当たれば瞬殺だろう。
 だが、ダバトス将軍は表情を引き締めていた。
「殿下。この道で戦うとなれば、包囲することも出来ません。確かに数の上ではこちらが有利ですが、その戦力を持て余す可能性もあります」
「一理あるな。──直接的な指揮は将軍、お前に任せる」
「はっ! ──伝令、路地に兵を配置! 敵を引き込んで、攻勢に出る!」
「了解しました!」
 伝令はそれを伝えるため、先陣へと駆け戻っていった。
「さて、向こうはどんな手で出てくるか、楽しみだね」
 カルルマン王子は面白そうに笑い、領主の城がある山腹へと視線を向けた。


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