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[第二十七章/− −3 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第二十七章 希望の光(3)


「バカな……」
 城の手勢をすべて率いてきたゴルバは、王都軍がすでに街へ侵入しているのを見て、声を失った。
 これまでセルモアの城壁は、幾多の敵をも退けてきた。それが敵軍襲来の方を受けて間もなくだというのに、こうまで早く城門を破られるとは。ゴルバはまったく予想だにしていなかった。
 だが、今さら領主の城に逃げ帰っても遅い。城そのものに防御はないも同然なのだ。
 それにドワーフの集落へ向かったマカリスターの騎士団が戻ってくれば、少しは勝機が見出せるはずだ。王都軍の隊列が伸びきった側面を突ければ、理想的である。
「皆の者、マカリスターたちが戻ってくるまで、ここで何としてでも踏みとどまるぞ! いいな!」
 さすがに百騎足らずの戦力で心許なかったが、やるしかない。兵士たちも覚悟したのか、各々、武器を手にし始める。
「さすがに突入はして来ないようですな」
 ゴルバたちの動きを見て、ダバトス将軍は肩をすくめた。こうなっては、こちら側から動くしかない。
「伝令! 第一部隊に攻撃の命令だ!」
「了解!」
 すぐさま伝令は走り、先陣を形成する第一部隊に命令を伝えた。約三百騎の騎馬隊がゴルバたちに向かっていく。
「呆気なく終わらないで欲しいものだね」
 カルルマン王子は退屈そうにあくびをした。
 王都軍の第一部隊は、ゴルバたちセルモア軍に肉薄した。三対一の戦力差。戦いとしては常道であろう。
 ゴルバは敵軍の突進を目の前に、大きく息をした。そして──
「こちらも行くぞ!」
 悪魔の斧<デビル・アックス>を振り上げて、自ら先頭を切った。部下たちがそれに続く。
 坂上よりセルモア軍、坂下より王都軍。
 両軍の衝突は、そんな地形の利もあって、勢いでセルモア軍が勝っていた。
 ゴルバが悪魔の斧<デビル・アックス>を振るう。それは黒き疾風となって、敵の命を奪っていった。その戦い方は、まさに鬼神。
「うおおおおおっ!」
 まるで獣のごとき咆吼を上げ、ゴルバは次々と敵を屠った。肉片と鮮血が道端を埋めていく。
 アッという間に十人近くがゴルバ一人に殺られ、第一部隊はひるんだ。このところ他国間との戦争がないブリトン王国では、実戦経験を持つ騎士が少ない。多くが初陣と言っても良かった。
 そこへ決死のセルモア軍が続き、第一部隊は編隊を崩されてしまった。これまでの訓練が意味を持たなくなる。
 結局、自分の命を守るのは自分しかいないことを彼ら──王都軍もセルモア軍も──は知った。そして、それは剣の力ばかりはなく、多少の運も左右することも。
 犠牲となっていく王都軍の兵士たちにしてみれば、ゴルバをその相手としたことが間違っていた。
 幾多の犠牲者の血を吸った悪魔の斧<デビル・アックス>は、さらに力を得たように、その形態を変化させた。ゴルバが初めて手にしたときは手斧程度だったものが、今は戦斧<バトル・アックス>に。そして、その刃は徐々に大きくなりつつあり、やがて大斧<グレート・アックス>にまで達するのではないかと思われた。
 それを手にするゴルバは悦楽の中にいた。人殺しが快感となっている。一方で神経は研ぎ澄まされ、向かってくる敵の動きがことごとく見えた。それをかわして、悪魔の斧<デビル・アックス>を振るう。面白いように敵兵が死んでいった。
 戦況はカルルマン王子たちのいる位置からも眺めることが出来た。ダバトス将軍は味方の劣勢に歯ぎしりしている。だが、カルルマン王子だけは笑っていた。
「あれが異形の者か。なるほど、人間離れした強さだ」
「申し訳ございません、殿下」
 やっとのことで声を絞り出すダバトス。だが、カルルマンはそれを気にした素振りもなかった。
「そちとて言っていたではないか。バルバロッサの息子たちは侮れぬと。僕は一方的な戦いは好きじゃない。これくらいの余興は必要だよ」
「はっ……」
「ただ、最後には僕の軍が勝たないとね。まあ、この大軍で負けるとは思わないけど」
 最後の一言の部分だけ、チラリとカルルマンはダバトスに視線を向けた。その鋭さに将軍は冷や汗をかく。
 普段から口調は柔らかい王子だが、実際は冷血漢であることを側近であるダバトスは知っていた。これまで王子の命令を果たせなかった者たちは、一つの例外もなく悲惨な末路を辿っている。ダバトスとて、いつ、王子に切り捨てられるか分かったものではない。
 何としても、セルモアを手中に収めねばならなかった。
「ぼちぼち援軍を送ってあげた方がいいんじゃないかな? あれじゃ、ひとたまりもない」
 カルルマン王子に言われ、ダバトス将軍はさらに第二部隊、第三部隊を送る羽目になった。
 だが、その途中で伏兵が現れた。ミスリル銀鉱山の方から、マカリスター率いるノルノイ砦の騎士団が駆けつけたのである。街の外は岩山ばかりなので、その出現を発見するのは困難であった。
 しかし、それはノルノイ砦の騎士団たちにとっても同じで、城と街を結ぶ大路に出た途端、敵に遭遇した形になった。しかも、王都軍が襲来したことは知らされていたが、まさか城門を破られているとは夢にも思っていない。
 マカリスターは思わず逃げ出そうかと思ったが、あまりにも間に合わず、戦いに突入してしまった。だが、それがうまく敵の側面を突く形になる。ゴルバが願っていた展開だ。
 ノルノイ砦の騎士団は、ドワーフたちとの戦いを挽回するかのように、王都軍を切り崩しにかかった。馬に乗っていれば、彼らの普段通りの戦いだ。水を得た魚のように戦場へ繰り出した。
 突然の伏兵出現に、さしものカルルマン王子も驚きを隠せなかった。無理もない。セルモアの戦力は城詰めの百人程度というのが事前情報で、さらに五百騎近くの騎馬隊を隠していると思いもよらなかったのである。
「どういうことか?」
 当然の事ながら、カルルマンはダバトスに問うた。だが、ノルノイ砦の騎士団がセルモアに汲みしたことなど、さしものダバトスとて知りようがない。
 一方、マカリスターも王都軍の旗を見て、目が飛び出そうになった。国旗の隣にはためくのは、カルルマン王子の近衛のもの。まさか王子自ら出向いてくるとは予想だにしなかった。
「殿下、だと? どうして殿下が……」
 これで完全にマカリスターは王国に反旗を翻したことになってしまった。もう、後戻りは出来ない。
「くっ! 全軍、突撃ぃ!」
 マカリスターはヤケクソ気味に命令を下した。
 縦長の大路に両軍が入り乱れる大混戦に発展した。戦闘規模は大きいものの、その地形の影響で、実際の戦闘は所々でちまちまと繰り広げられていた。こうなると王都軍は大軍の優位性を生かし切れなくなる。必然的に戦いは長引いた。
 ゴルバたちとは大きく遅れて、サリーレ率いる山賊団が戦場に駆けつけたとき、事態は混迷化していた。どちらが優勢なのか、即座に判定できない。
「これは一体……」
 馬を止めて、思わずサリーレは茫然としてしまった。
 だが、それを見て、血沸き肉を踊らせたのは元傭兵のマインである。
「こいつはすげえぜ……」
 舌なめずりまでして、マインは目を輝かせる。
 逆にビビッているのは小心者のホビット、チックとタックだ。
「戦争だ!」
「戦争だ!」
「殺される!」
「死んじゃうよ!」
 サリーレは判断に迷った。このような状況をカシオスも想定していなかっただろう。
 カシオスに指示を仰ごうかとサリーレが考えているうちに、マインが突出していった。
「マイン!」
 もちろん、サリーレは止めようと思った。だが、
「やっぱり、オレにはこっちの方が性に合っているぜ! 手柄を立てて、カシオスやゴルバに、オレを認めさせてやる!」
 と、マインが聞く耳を持つはずもなかった。
 戦いは混沌とし始めた。


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