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「何だと!?」
戦いの怒号と剣戟が響く中、マカリスターは報告に来た兵士に怒鳴り返した。それは騒然とした戦場で、報告がよく聞き取れなかったということもあるが、実際はその内容を理解していて、信じられないがために問い返したというのが正直なところである。
報告の兵士は、一度目よりもさらに声を張り上げた。
「王都軍が攻め込んできました! 至急、ここを撤収して、街の城門に集結せよと、ゴルバ様の命令です!」
「王都軍が……!?」
にわかには信じられないことだった。
確かに、ゴルバが父バルバロッサを殺したことは、王都へ報告が向かっている。しかし、それを聞いて、行動を起こすとなれば、あと二日は猶予があるとマカリスターは考えていた。それは王都とセルモアの距離もあったし、何より王都は国王ダラス二世の容体が思わしくなく、その機能を果たしていない状態だ。そんなときに迅速に軍を差し向けてくるとは考えづらかった。
だが、報告が事実であれば一大事だ。誰が指揮しているかは知らないが、王都から直接、派遣した軍であれば、少なく見積もっても三千から五千はくだらないだろう。こちらが数を掻き集めても、到底及ばぬ大軍だ。
マカリスターは即決した。
「よし、ここは撤収し、城門へ転進する!」
合図のラッパが鳴り響いた。ドワーフたちと死闘を繰り広げていたノルノイ砦の騎士団たちは戦いをやめ、集落の下に集結した仲間の元へ逃げ帰った。ほとんど斜面を転がるような状態だが、すぐにそれぞれの馬に跨る。
敵の敗走を知って、ドワーフたちは鬨の声を上げた。十分の一の戦力で、敵の駆逐に成功したのだ。ストーンフッドも高く戦槌<ウォー・ハンマー>を掲げた。
むしろ拍子抜けしたのはキーツとアイナだったろう。確かに戦いは敵側が不利だったが、まだまだ戦力を残していた。逆転する余地はあったはずだ。
「どういうことだ?」
キーツに尋ねられても、一介のハンターであるアイナに答えられるはずもなかった。
そこへウィルが忽然と現れた。
「ウィル、無事だったのね」
これまでのウィルであれば、アイナもその無事を確信できていただろうが、さすがに死ぬ一歩手前まで行っていたので、心配が口をついて出た。それに、未だウィルの腕に手枷はハマったままで、魔法を使えない状態だ。普段から青白い顔色を見ても、なんとなく冴えない感じがする。
だが、ウィルは無表情のまま、撤退する敵軍を眺めた。
「何かあるな」
ウィルはポツリと呟いた。それには元傭兵のキーツもうなずく。
「ああ、何かヤツらに、のっぴきならない事態が起きたんじゃねえか?」
そう言わせるのは、キーツの長年の勘だ。それで生き残ってきた。
「確かめる必要があるな」
さすがに数で劣るドワーフたちに追撃戦をやらせるわけにはいかなかった。こちらを集落の外へと誘き出す罠という可能性も捨てきれない。相手の意図が何なのか、探り出す必要があった。
「よし、オレが行くぜ」
「じゃあ、私も」
「………」
キーツとアイナが言い出すのを、ウィルはあえて止めるつもりはなかったらしい。
そこへ坑道の方角から、白い仔犬が走り寄ってきた。ウィルたちを発見するや、けたたましく吠え立てる。
「うわぁ! な、何だよ!?」
犬嫌いなキーツは飛び上がって悲鳴を上げ、アイナの背中に隠れた。アイナは思わず眉間を指で押さえるポーズを作る。
だが、普通の犬よりも利口であるはずの仔犬が、ここまで吠えるのは珍しかった。まるでウィルたちに何かを知らせようとしているかのようだ。
アイナの顔が強張った。
「まさか、デイビッドたちに何かあったの?」
三人は一様にうなずき合うと、デイビッドたちが隠れた坑道へと駆けだした。