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[第二十七章/− −4−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第二十七章 希望の光(4)


 ウィルは地面に横たわっているデイビッドの首から、青い石のペンダントを取り外した。
 唐突なウィルの行動に、一同、面食らったが、その成り行きを黙って見守った。
 次にウィルは、仔犬の首輪に手を掛けた。首輪にはデイビッドのペンダントとお揃いの青い石が飾り付けられている。仔犬は抵抗することもなく、ウィルに任せていた。
 すると、ウィルが仔犬の首輪を外すや、途端に仔犬は意識を失ったかのように地面に倒れた。思わずキャロルが、アッと声を上げる。
 だが、ウィルはそれに構わず、首輪の青い石を取り外しにかかった。難なく成功する。そして今度はペンダントからも青い石をもぎ取った。
 アイナには、心なしかペンダントの青い石は光を失っているように見えた。逆に首輪についていた青い石はキラキラと光り輝いている。
 ウィルはその光っている青い石の方をペンダントに取り付け直した。そして再び、ペンダントをデイビッドの首へ戻す。
 するとどうしたことだろう。デイビッドの顔が血色を取り戻し始めた。細やかな睫毛が震え、鼻孔が動き出す。
 指がピクリと動いた。胸が上下している。男の子とは思えない可憐な唇がわずかに開き、息を吸い込んだ。
 それを見て、皆の表情も明るく変わっていった。
「デイビッド!」
「デイビッド様!」
「おい、目を覚ませ!」
「起きられますか、デイビッド様!」
 みんなの呼びかけに答えるかのように、デイビッドの瞳がゆっくりと開いた。そして、柔らかな笑顔を作る。それは初めて見る笑顔だった。
「皆さん、ありがとう」
 デイビッドは喋った。初めてまともな言葉で。
 驚く一同に苦笑を堪えきれないような表情を見せながら、デイビッドは上半身を起こした。
「な、なんだよ、こりゃ!? デイビッドは生き返ったのか?」
 キーツが興奮気味にウィルに尋ねた。が、ウィルは首を横に振る。
「生き返ったのではない。正しくは、戻ったのだ」
「戻った?」
 ウィルの言葉をキーツが理解できるはずがなかった。それはアイナたちも同じだ。分かっているのはウィルと当人であるデイビッドだけ。
「僕から説明します」
 デイビッドはそう言って、ゆっくりと立ち上がった。少し足がふらついたが、キャロルがすぐに支える。デイビッドはそんなキャロルの手に自分の手を添えながら、ありがとう、と微笑むと、キャロルは思わず頬を赤らめてしまった。
「すべてはあの日──ゴルバ兄さんが父上を殺しに来たときのことです。僕は父上に呼ばれ、寝室の抜け穴から脱出するよう言われました。そして、万一に備えて、僕に魔法を施したのです」
「魔法?」
 デイビッドは仔犬の首輪と青い石を拾い上げ、自らのペンダントも一同に見せた。
「この青い石は、人間や動物の魂を封じ込める力があるんです。父上はこれを使って、僕とサーラ──あっ、この仔犬の名前なんですが──の魂を封じ込め、それを入れ替えました」
「入れ替えた?」
「そうです。僕がサーラに、そしてサーラが僕になったんです。これによって、万が一、僕の身体を持ったサーラが捕まっても、仔犬の僕だけは逃げおおせるように」
 ここまでデイビッドに説明されて、ようやくアイナとキーツが得心した表情でうなずいた。
「だから私たちが助けたデイビッドは言葉も喋れず、人間らしい行動が一切、取れなかったのね!」
「道理でイヌっころにしちゃ、賢いと思ってたんだよ!」
 二人の様子にデイビッドはニコニコと笑った。人間らしい笑みだった。
「ですから、皆さんのことはこの仔犬で一緒に行動を共にして知っています。本当に僕を守るために色々とありがとうございました」
 デイビッドは心の底から礼を述べた。こうして面と向かって言われると、一同、照れる。
「そして、ウィルさん。僕を戻してくれてありがとうございます」
「礼には及ばない」
 ウィルは相変わらず言葉少なに答えたが、その笑みはいささか穏和さを含んでいただろうか。
 ここでキーツが頭をひねった。
「ちょっと待った! てことは、ウィル、お前はあのペンダントの意味に気づいていたのか?」
「ああ」
「最初から?」
「ああ」
「じゃあ、何でもっと早くオレたちに言わないんだよ!」
 キーツの文句はもっともであろう。もっと早くデイビッドを元に戻していれば、苦労は少なかったのではないかと思える。
 だが、ウィルに、
「敵はデイビッドを狙っていたのだから、仔犬の姿の方が安全だろう。違うか?」
 と、にべもなく言われ、キーツは、むむむ、と黙るしかなかった。
「これからは僕も戦います」
 デイビッドは表情をきりりと引き締め、一同に述べた。レイフが思い留めようとする。
「しかし、デイビッド様──」
「今まで僕は、皆さんが戦っているところを見てきました。それもすべて僕のために。これ以上、守られるだけなんて、僕には耐えられません。それに神父様まで犠牲になって……」
 キャロルの表情が翳った。その手をデイビッドが力強く握る。励ますように。そんなデイビッドにキャロルはうなずき返した。
 デイビットはグッと顔を上げ、決意を固めた。
「元々、この戦いの発端は僕の兄。そして、愛する父上を殺されました。もちろん、兄たちが父上にどのような仕打ちを受けていたかは知っているつもりです。しかし、だからと言って父上を手に掛けたことは許せません! 兄の間違いは弟である僕が正します!」
 十歳の子供とは思えぬほど、しっかりとした言葉であった。さすがにバルバロッサが後継者として選んだだけのことはある。
「いいだろう」
 ウィルはデイビッドを支持した。この男にはきっと年齢で差別することがないのだろう。
 そう言われては、他の者たちも反対するわけにはいかなかった。
「そういうことならば仕方ありません。でも、私からは離れないでください。必ずお守りします」
 レイフは騎士らしく剣に誓った。
「私もお供します。私の力をお役立てください」
 キャロルも付き従う。
「乗りかかった船よね」
 アイナはウインクして、デイビッドの意思を尊重した。
「まあ、自分の身は自分で守れなきゃ男じゃねえしな」
 ぶっきらぼうな物言いにも、キーツはデイビッドの勇気を認めていた。
「ありがとう、皆さん」
 デイビッドは力強い仲間を得て、気持ちを高揚させた。
 いよいよ最後の戦いが始まろうとしていた。


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