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[第二十九章/− −3 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第二十九章 鮮血の王子(3)


 王都軍のダバトス将軍は、目前に見えるセルモア領主の城を睨みながら仁王立ちになっていた。この先はカシオスの防御陣によって、一歩も足を踏み入れることが出来ない。ダバトスには、ただ待つことしかできなかった。
 この間にも、ダバトスは兵たちを使って防御陣の規模を調べさせている。防御陣は城への道を閉ざしているだけかも知れないし、完全に周囲を覆っているのかも知れなかった。前者であれば、迂回してでも城を攻撃するつもりだ。だが、後者となれば打つ手がない。兵糧攻めでもして、敵が自滅するのを待つしかないだろう。小さな城であるから、備蓄も充分ではないはず。元々、籠城を前提にした造りではないのだ。意外と兵糧攻めでも早く落とせるかも知れない。
 しかし、それではカルルマン王子が納得しないだろう。そのような消極的な策を好まないお人だ。それを考えると、ダバトスの頭は痛かった。
 考えられる策は魔法による遠距離攻撃か、空からの襲撃だが、どちらの場合も高位の魔術師の力が必要となってくる。ここには同行させていないが、王都に帰ればいないことはない。今から使者を送って呼ぼうかとも考えた。だが、それにしたって三日くらいはかかる。時間的には兵糧攻めと大差ない。
 あと考えられる策は……。
 ダバトスが色々と思案していると、城の方角から歩いてくる人影が見えた。目を凝らすと、鎧を着た騎士らしい男が一人。防御陣の中を歩いて平気なのかと訝ったが、こちらから動くような真似はせず、油断なく男を迎えた。
「何者だ!?」
 ダバトス将軍は普通に会話できる距離もお構いなしに大声を張り上げた。男は両手を上げたまま、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「ノルノイ砦騎士団隊長、ジェームス・K・マカリスターだ」
 それは報告があった名だった。先程の戦闘で、王都軍の側面を襲ったのがノルノイ砦の騎士団だと、味方が口々に叫んでいたのである。ノルノイ砦と言えば、ここセルモアを監視するために作ったものだが、捕らえた捕虜によれば、数日前にセルモアへ寝返ったと聞く。それはまったく計算外の出来事で、彼らが敵に回らなければ、もっと優勢に戦いを進められていたはずだ。
 その裏切り者の隊長が単身で何の用だと言うのか。
「私、並びにノルノイ砦騎士団は投降します。どうか命の保証をしていただきたい!」
「何だと?」
 ダバトスは眉をひそめた。王国を裏切ったあとは、さらにセルモアをも裏切ろうと言うのか。
「そこで止まれ!」
 ダバトスが命じると、マカリスターは両手をあげた格好のまま、その場に止まった。腰には剣を下げている。ダバトスはその全身をねぶるように眺めた。
「正気か、貴様」
「もちろんです。私たちの忠誠は常に王国と共に。敵に身を投じたのも、すべては策略の一つであります」
 マカリスターは臆面もなく言ってのけた。ダバトスは気に入らない。
「では、聞こう。貴様の策略とやらを」
「ヤツらは兵の数こそ微々たるものですが、それを統べる兄弟たちは恐ろしき能力を持っています。我々の兵力を持ってしても、勝てるかどうか──」
 マカリスターは語りだした。ダバトスの背後には、いつでも不審な動きを見せたら射殺できるよう弓兵<アーチャー>が待機する。
「──そこで我々は一旦、ヤツらの仲間になると見せかけ、その寝首を掻くことにしたのです。とりあえず信用させるために、殿下の軍と戦うはめになった非礼、お詫びします。ですが、そのお陰でヤツらを油断させることが出来ました。戦いで疲れ果てた彼らを捕らえることに成功したのであります」
「真か?」
 ダバトスは疑わしい目を向けた。簡単には信用できなかった。
 だが、マカリスターは慇懃な態度を崩さない。
「もちろんです。私はそれをお知らせするために一人で参ったのです。どうぞ、殿下にお目通りさせてくださいませ。殿下であれば、私の話を信じてくださるでしょう」
「殿下にだと!? 図に乗るな! 貴様などが殿下と直接お話などできるものか!」
「いいではないか、ダバトス」
 不意に背後から声がして、ダバトス将軍は狼狽えた。
「で、殿下!?」
 やって来たのは誰あろう、カルルマン王子その人であった。
 それを見たマカリスターは跪き、臣下の礼を取った。
 カルルマン王子は背が低い方だが、権力者としての尊厳を最大限に見せつけながら、それを見下ろしている。
「マカリスターと言ったな。お前の話が真であれば、この度の大手柄となるな」
「ははーっ! もったいないお言葉でございます!」
「もう少し近くへ寄れ」
「殿下、お待ちください!」
 慌ててダバトスが間に入った。マカリスターと同じように王子に向かって膝をつく。
「何だ、ダバトス」
「このような輩を簡単に信用してはなりませぬ! とくと調べてからでないと」
「ダバトス、貴公、手柄を横取りされて嫉妬しているのか?」
 カルルマンはからかうように言った。ダバトスは唇を噛む。
「いえ、決してそのようなことは……」
「僕がいいと言っているんだ。それとも逆らう気かい?」
 カルルマンの冷たい視線を受けて、ダバトスは額から大粒の汗を滴らせた。
「わ、分かりました……」
 ダバトスは立ち上がると、周囲の兵に目配せした。そして、マカリスターから剣を取り上げさせる。
「念のため、武器は預からせてもらうぞ」
「……分かりました」
 マカリスターは抵抗もせず、ダバトスにうなずいた。
「マカリスター、もう少し詳しく話を聞こう。ついて参れ」
「はっ」
 マカリスターはカルルマン王子に促され、その後ろをついて歩き始めた。その眼が妖しく光るのを誰が見たことか。
「うわぁ!」
 兵士の一人が驚いた声を上げた。マカリスターの剣を取り上げた兵士だ。
 見れば、マカリスターの剣が誰も触れていないのに、まるで見えない巨人につまみ上げられたかのように、鞘から抜き放たれたのだ。そして剣は、そのまま空中を飛んでマカリスターの手にスポリと収まる。まるで魔法でもかけられているかのようだった。
「殿下ぁ!」
 ダバトスは自らの剣を抜いた。


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